18.目の前と記憶の中に広がるのは
大通りに沿って歩くと、少し古い電気屋さんがある。壊れてしまったイヤホンの代わりを買いに立ち寄った、土曜日の昼下がり。
「あ」
試聴用のイヤホンを付けていた僕の耳にも、その声はしっかり届いた。
「渡部君。買い物?」
「・・・まぁな」
店内を流れる音楽が、微妙な沈黙を埋めるように響く。渡部君も気まずそうにしているし、反応しなければよかったかもしれない。無難な言葉を探して視線を彷徨わせていると、先に渡部君が口を開いた。
「あれ。そういや、オレあんたに名前教えたっけ。オレ、あんたの名前知らねェんだけど」
「そっか、自己紹介してなかったもんね。僕は忠から聞いたんだよ。君と委員会が一緒だったこととか、吹雪のところに連れて行ったこととかね」
やけにご機嫌だった昼休みを思い出す。
「忠・・・あぁ、三木さんか」
渡部君は反応に困ったように僅かに目を眇めた。昨日の喧嘩のことを思い出したのだろう。
「あの人、あの後大丈夫だったのかよ。結局礼も言えてねぇんだけど」
「大丈夫だよ。昨日の放課後、うちに来てグダグダ愚痴ったら吹っ切れたみたい。学校にもばれてないよ」
「なら、いいけどよ」
本音を言えば、彼にはあまり忠に近づいて欲しくない。2人を離すのが無理なら、僕も彼と親しくしておこう。なにかあれば、すぐにでも間に入れるように。
「改めて。僕は若松叶。忠、吹雪とは幼馴染なんだ。よろしくね」
僕が型通りの自己紹介をすると、渡部君は小さく僕の名前を復唱して頷いた。
「そういえば、渡部君も買い物?僕はイヤホンが壊れちゃってさ」
「親に言われて、仕方なく電池買いにきた」
細々と、糸を手繰るように会話が続く。
「あー・・・イヤホンなら、こっちの方がいいと思う」
渡部君は手近に並んでいたイヤホンを手に取り、突きつけるように僕に差し出した。そのぶっきらぼうな態度が、やっぱりどこか(あの娘)を彷彿とさせる。
「今、あんたが聞いてたのより音質いいけど値段変わらないんだよ。だから、そっちよりはこれのがいいと思う」
「へぇ、そうなんだ。詳しいね」
「別に。たまたま2つとも買ったことあっただけだよ」
有難くお勧めを受け取り、レジへと向かった。そこまで音へのこだわりもないから、何でも構わない。自分の買い物も終わったのか、渡部君も気の抜けた足取りで僕の後ろを歩いていた。会計済ませ、流れのままに渡部君と出口へと歩く。外は大通りらしくせわしなく車も人も行き交っていた。
「じゃ、オレこっちだから・・・」
「あぁ、うん。ありだとうね、選んでくれて」
軽く手を振って、それぞれの休日に戻る、ハズだった。戻れば、よかったのだ。
鈍い衝突音と、人の悲鳴。そして、赤い水溜り。
歩道に乗り上げた車の先に、人が倒れていた。交通事故だ。
「ヒッ・・・」
後ろで、渡部君が息をのむ音が聞こえた。車のドアが、慌ただしく開く。
「だ、大丈夫ですか!?」
血溜まりをつくっている人間が、無事なわけがない。
僕は引っ張り出された記憶を再び隅に追いやりつつ、そちらへと歩み寄った。
目の前も記憶の中も、そっくりな赤い水溜りが広がっていたんだ。




