14. まだ平穏だった昼休み
その日は、まだ平穏な昼休みだった。
向かい合って弁当を頬張る忠の機嫌が、心なしかよかったくらいだ。
昨日は委員会があるからと不機嫌だったのに、今日は表情が柔らかい。
「忠、今日なんか機嫌いいね。いいことでもあった?」
大方、今日帰ってきた模試の結果が良かったとかそんなとこだろう。そうあたりをつけて聞いた僕に、忠の答えは予想もしなかった角度から飛んできた。
「そうか?・・・あぁ、渡部のことがあったからかもな」
「ワタベ・・・?」
聞きなれない名前だ。
「昨日、お前が案内してウザがられた1年がいたろ。あいつ、昨日委員会で一緒になったんだ。渡部っつーんだと」
「う、ウザがられてなんかないと思うんだけど・・・」
あの反応は、3年に急に声をかけられたからだと思いたい。
僕は本当にウザがられてたんじゃないかなんて考えを、お茶と共に飲み下した。
「それで?その渡部君がどうしたのさ」
委員会が同じだったというだけで、どうして機嫌がいいことにつながるのだろう。
「昨日の委員会、委員長になった2年が面倒でなぁ」
忠は興に乗ってきたのか、弁当をつまむことも忘れて語り始めた。
委員長、副委員長が勝手な事ばかり言っていたこと。
渡部君が、その二人にキレそうになっていたこと。
「で、仕方ないから生徒会室に連れて行ってみたんだ。あいつらと話せば、少しは抑止力になるんなじゃいかと思ってな」
「そんなにピリピリしてたの?」
「そりゃぁもう、今にも噛みつきそうな目でにらんでたぞ。ありゃ年上だろうが言いたいこと遠慮なしに言うタイプだな」
「実際、僕にもあの態度だったしね」
とても、大人しく引き下がるタイプには見えない。
「許してやれよ。3年にいきなり声かけられたら、誰だって驚くだろ」
「別に、怒ってるわけじゃないけどさぁ」
忠の話を聞いて、僕には気になっていることがあった。
「随分気にかけてるね。その、渡部君のこと」
吹雪への接し方を見ていても分かるように、忠は大概世話焼きだ。それにしても、今回の渡部君に対してはいつも以上に気にかけているように思える。
「そうか?面白いやつだから、これからも声をかけようとは思ってるが・・・」
僕の気がかりなんてお構いなしに、忠は思い出したように箸を動かし始めた。
「昨日なんか、吹雪に会った瞬間真っ赤になって固まってたんだぞアイツ。」
「えっ・・・?」
「笑えるよな、お前にはあんなに強気だったのに。女である吹雪相手じゃまともに話せないなんて、訳が分からん」
それは、俗にいう(恋)じゃないでしょうか、忠平さん。なんて、とても言えない。
僕は黙って弁当が終わったついでに渡部君に手を合わせた。
忠は鈍い。恋愛沙汰となれば、しばらくは気づかないだろう。
自分では気づけないくせに、気づいたら最後、吹雪に近づく悪い虫は一匹たりとも許さないのがこの男だ。お気に入りらしい渡部君も、例外ではないだろう。
「・・・・ソウダネ」
後輩の淡い片思いを、部外者がこんなところでつぶすことも無い。
僕は弁当を片づけながら、気のない相槌をうった。この様子なら、僕の感じた気がかりは杞憂だったかもしれない。
そんな僕の希望的観測は、
「変な奴だろ?・・・なんとなく、放っておけないんだよなぁ」
忠の漏らした独り言ともつかない言葉にあっけなく散ったのだった。
同じころ、教室で昼食を済ませた吹雪の手元に、うっすらと影が落ちた。
読んでいた文庫本から、顔を上げる。
「よぉ、ちょっといいか」
「!えぇ、何かしら」
吹雪は静かに口角をあげ、精一杯柔らかい表情を装った。昨日、忠平と話したばかりの図書委員の委員長様だ。
「昨日さ、三木センパイに書類渡してもらうように頼んだんだけど」
「えぇ、ちゃんと預かってるわよ」
先輩なんて思っていないくせに白々しい。吹雪は内心毒づきつつも、そっけなく頷いた。
「それさぁ、ちょっと間違えてたから一旦返してくれない?」
「間違い、ね・・・教えてくれれば、私が修正しておくわ」
委員長の顔が、わずらわしそうに歪む。苛立ちはありありと伝わってくるが、ここで退くわけにはいかない。吹雪はさりげなく背筋を伸ばした。
「説明しづらいから・・・持ってんだろ」
「お生憎様。昨日は生徒会室で受け取ったから、そのまま受理して生徒会室よ。修正なら私がしておくか、放課後生徒会室に来てもらうしかないわね」
生徒会の目がある中で不正ができるものならやってみればいい。挑発するように、吹雪は相手の目をみて笑って見せた。
「あんまり調子に乗るなよ。黒瀬。」
「それはこっちの台詞かしら。忠平が怒ると面倒くさいわよ」
キレると、更に面倒なことになる。牽制半分、親切心半分の忠告だ。
「チッ・・・もういいよ」
「そう。修正ならいつでも請け負うから言って頂戴ね」
本当は修正なんてないのだろう。深追いはしない。
一度背を向けた小悪党は、あ、と呟いて首だけで吹雪に向き直った。
「そういや、あの1年もお前らの仲間か?」
「1年・・・?」
「なんだっけ・・・あぁ、渡部だよ。あのクソ生意気そうな1年」
昨日知ったばかりのその名前に、吹雪は思わず眉をひそめた。
相手の言葉が汚かったからではない。
「・・・少なくとも、私は昨日初めて話したわ。どうして、そう思ったの」
「へぇ、そうなんだ?三木センパイが気にしてるみたいだったから、お前らみたいに幼馴染なのかなって思ったんだけど」
「違うわ。・・・忠平は世話焼きだから。」
「ふぅん、そっか。了解」
相手は納得したように何度か頷き、今度こそ席へと戻っていった。
(気にしてた、ねぇ・・・)
昨日の放課後、忠平の後ろで緊張したようにうつむいていた後輩を思い出す。
その後、授業が始まるまで吹雪の手の中で物語が進むことはなかった。
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