13.生徒会室にて
今日、時雨が化学室へと歩いた廊下の途中に、生徒会室はあった。
目印もなく、一見空き教室にしか見えない。しかし、前を歩く忠平は何の迷いもなくドアを開けた。
「よぉ、吹雪いるか」
部屋の中から、全校集会で顔だけは見たことのある顔ぶれがこちらを覗いている。
なぜか、その視線は前にいる忠平をすり抜けて時雨に向けられているように思えた。初対面の、しかも複数の視線は、それだけで凶器だ。時雨がかたまっていると、ホワイトボードを消していた少女がこちらへと歩み出た。
「はいはい。今日はどうしたの?」
「あぁ、悪い。もしかしてまだ会議中だったか?話し合いじゃなさそうだったから開けたんだが」
「丁度終わったところだから大丈夫よ。何か用事?」
この少女が、忠平が書類を取り上げるときに名前を出していた(黒瀬)なのだろうか。1年の時雨には、生徒会長くらいしか分からない。わざわざ聞いてくるということは、もしかしたら本当は約束なんてしていなかったんじゃないか、と時雨は思った。
「図書委員の書類をな。預かってきたんだ」
相手の反応を見るに、忠平が生徒会室に来ることは珍しくないのかもしれない。だからこそ、いつもと違う時雨に視線が集中したのだろうか。
「へぇ、珍しいわね。あんたが委員会なんて・・・あぁ、ジャンケン弱いものね」
「説明する前に察して謝るのヤメロ」
否定できない忠平の手から書類を抜き取りながら、少女はごく自然に時雨に目を向けた。
「1年生?あなたも図書委員なのかしら」
柔らかく、少女が微笑んだ。小首を傾げた。綺麗な黒髪が、ふわりと揺れる。
たったそれだけのことで、なぜか時雨の心臓は大きく跳ねた。
「あ、あぁ・・・」
上手く口が動いてくれない。
「委員会の時に少し話してな。面白そうだからつれて来た。」
「可哀そうに・・・忠平のいうことなんて聞かなくていいのよ?」
「え、いやオレは・・・」
「別に無理やり連れてきたわけじゃない誘ったらついてきたんだ」
2人の会話が、遠くに聞こえる。心臓が走った後のようにせわしない。時雨は落ち着くために小さく息を吐いた。
「そうなの?えっと・・・」
「あ、オレ、渡部時雨、っす」
「渡部君ね。私は黒瀬吹雪。2年だけど、忠平とは幼馴染なの。この人に嫌なことをされたらいつでもいって頂戴ね」
「ドーモ・・・」
ダメ押しのようにほころんだ吹雪の表情が、時雨にとどめを刺す。
この短時間で、時雨はすっかり吹雪に惹かれていた。一目ぼれに近いかもしれない。
「失礼だな、今日誘ったのはちゃんと意味があるんだぞ」
「そうなの?・・・本人もポカンとしてるけど。」
それもそのはず。時雨は忠平に誘われるままについてきただけなのだから。
「ここ。なにか気づかないか」
忠平が取り上げられた書類の上をトントンとたたくと、吹雪はそれまでと打って変わって冷ややかな目で書類を見据えた。
「あの2人が、委員長と副委員長・・・?」
「やっぱり問題児か」
硬い表情のまま、吹雪がぎこちなく頷く。
「といっても、2人とも表だってバカやるタイプじゃないのよ。身だしなみとかは比較的普通なんだけど、格下だと認定した相手をいじめたり好き勝手する小悪党よ」
碌なもんじゃないわ、と吹雪はバッサリと切り捨てた。
「それで、この2人からこの書類を奪ってきたってことは・・・」
「好き勝手やってくれたんでな。先輩として(ちょっと)だけ(口出し)させてもらった」
(ちょっと)でも(口出し)程度でないことも時雨は知っている。
吹雪も察したらしく、ほどほどにしなさいよ、と小言を投げた。
「あんたがコレを持って来た理由は分かったわ。でも、渡部君を連れてきたのは?」
書類を届けるだけなら、忠平一人でもいい。ましてや、時雨は1年生だ。この場にいる意味といわれても、ピンとこない。時雨も答えを求めて忠平を見上げた。
「放っておいたら、コイツの場合奴らと衝突しそうだったからな。俺が生徒会に根回しをするところを見ておけば、少しは安心するかと思ってな」
今日の委員会で、時雨はあの2人に何度怒鳴ろうと思ったか分からない。今回は我慢できたが、次は分からないということだろう。
「というわけだ。渡部。俺がコイツに頼んだから、あのバカ共が好き勝手しようが止めてくれる。好きにさせておけ。下手に刺激するとあぁいうタイプは何をするか分からん」
忠平の隣で、吹雪もしっかりと頷く。そこには、幼馴染ならではの信頼と安心感があった。
「そーよ。私の生徒会は甘くないんだから」
全校集会で一番聞きなれた声。千歳は楽しそうに吹雪の肩に腕を回した。
「おい、吹雪が嫌がってるだろ」
「少年、ミッキーの言うように勝手する奴は生徒会がとめてやるからね」
「無視かオイ。というその呼び方やめろ」
「だから、下手に首つっこまずお姉さん達に任せなさい。悪いのはそいつらなんだから、あんたが目ぇつけられて苦労することないわ。」
口調は砕けているが、千歳の言葉には忠平と同様の重みがあった。これが2年の歳の差か。それとも2人の性格か。
時雨は、パワフルな千歳に気圧されつつぶっきらぼうに頷いて見せた。




