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加重グミ (所要読了時間:約8分)

作者: 感情鉱石

 加重グミ(所要読了時間:約8分)


~一粒食べるたびに、体重が二倍になるグミを受け取った青年。常日頃より痩せ型に悩んでいたため、体重が増やせると聞いて老婆からグミを買う。~


「加重……グミ?」

 私が手にとったグミにはそう書かれていた。

「ええ、そうでございます。こちらは加重グミと言いまして、一粒食べるほど、体重が増えていくのでございます。全部で50粒。食べ終わる頃には貴方様のコンプレックスも綺麗になくなっていることでしょう」

 老婆はニタニタ笑うと、私を見てそう言う。

 一袋千円というボッタクリもいいところのグミを売っている老婆を見つけた、というのがこのグミとの出会いだった。頭の先から爪先まで怪しさを垂れ流している老婆に対して関心がわき、その上これまた怪しそうなグミを売っているのだから、目を離すことができなかった。

 確かに私は痩せていることがコンプレックスである。

「いや、でも、そんなグミなら身体に悪いんじゃ?」

「心配ご無用。この製品は最新の精製技術にホニャホニャで、食品メーカーのお墨付きがフニャフニャ……」

 老婆の説明はあまりにも長かったので、私の記憶はそこで途切れている。


 気が付くと家に帰ってきていた。

 こきたないボロアパートを居城としている無職の私は、たまに来る就活の面接以外は、とくにすることがないので手に持っていたグミを頬張ってみることにした。

 袋には、特になんの怪しさもない。スーパーの端っこにあるパン屋の袋みたく、ただの透明なビニールに「加重グミ(50個)」と書かれたシールが貼ってあった。中のグミを取り出して見るが――やはりなんの変哲もないただのグミだった。ただ、食べてみると、

「むぐ、むぐ……こ、これは!」

 爽やかなグレープの味が口いっぱいに広がり、優しく鼻へ抜けていった。噛めば噛むほどジューシーな甘みが溢れてくる。一体、ただのグミにどうしてここまで果汁を詰め込むことができようか。

「美味い……美味いぞ!」

 私は、このグミが食べれば食べるほど体重の増えることなど忘れて、一つ二つと食べ進めた。

「このくらい美味いなら、全然、千円払っても文句はない……」

 四個ほど食べ、その味にも慣れてきたところで、ようやく「体重が増える」という効能を思い出してきた。どうにかしてグミを買わせようとしてきた老婆のセールストークだろうが、こんなに美味い菓子に出会えたのだから、あまり文句も言うまい。

 私は半ば形式的というか、儀式的な気持ちも含めて「体重を測ってみよう」と思い、洗面所に向かおうとした。

 あぐらをかいていた膝をとき、立ち上がろうとした瞬間、自分の体の異変に気づく。

「あれ、なんだ……重い?」

 漬物石を背中に何個も背負っているような、なんとも言えない重量に押しつぶされそうになっている。

「重い……重い! まさかこれ、効果は本物だったのか?」

 いざ「重い人間」になってみると、その大変さが身にしみてわかってきた。まず膝が笑って、まともに立つことができない。どうにか二足歩行ができるようになっても、いきなりの体重変化に身体がついていけてないのか、全身の関節がきしむ。

 なんとか洗面所につき、片足ずつ持ち上げて体重計に乗ると……

「バキッ!」

 という音を立て、真っ二つに割れた。

「測定……できないじゃん……」

 ここまできて、ようやく不安になってきた。体重計を破壊するほど超重量級になってしまったのなら、おそらくもう、人としての生活はできないのではないか……? 数メートル移動するのにもこんなに体力と精神力を使うのだから、働いてお金を稼ぐなんて一生できないんじゃないか? もう……人として生きていくことなんて……

「ううっ……ううっ……」

 こらえきれずに、私は二十歳にもなって泣き出してしまった。しゃくりあげるように嗚咽し、これから訪れるであろう人生の絶望に、精神的にも物理的にも押しつぶされそうになっていた。


 しばらくしたら泣き疲れて、そのまま床で寝てしまっていたようだ。

 涙となっていろいろな感情が出たせいか、気分的には少しスッキリしていた。ただその代わり、ものすごく喉が乾いているので水を一杯飲んだ。

 体育座りで、コップを持つ。なんとなくわかってきたのだが、この体勢が一番楽だった。しばらく何も考えず、じっとしている。

「ピンポーン!」

 ミノムシのように部屋に佇んでいると、我が居城のチャイムが鳴った。来る客といっても新聞の勧誘か宗教の勧誘なので、普段は居留守を決め込んでいる。なので今回も物音を立てないように、やり過ごそうと思っていると

「突入―ッ!」

 という掛け声とともに、木製の古びたドアが蹴破られた。

 黒いスーツを着た男たちと、白衣を身にまとい咥えタバコをした女性が現れた。

「え、ちょ、え」

 まったく状況がわからず、ただただ困惑していると、

「キミかね、加重グミ買ったの」

 ぷはあと煙を吐きながら、体育座りのままの私に近づけてくる。よく見るとこの人、出るところは出ていて、なかなか美人だった。便所座りのような下品な座り方でこちらを見る。

「そ、そうですけど」

「ふーん……まあ、研究に参加してくれるならいいか」

「研究?」

 頭に引っかかったワードを、そのまま口に出す。

「あれ、オババからなんも聞いてないの?」

「オババ……」

「キミにグミ売った、おばあちゃんよ」

 ああ、と納得した。あの老婆のことか。

「説明されたけど……あんまり聞いてませんでした」

「…………なるほどネ」

 女は黒服たちに「とりあえず、スーツ着せて」と言った。

「あの、スーツって?」

 私が質問するよりも先に、黒服たちに身体をまさぐられ、ゴツいスーツを着せられる。

「うわ、な、なにするんですか!」

「それはな、六千度の灼熱でも耐えられるように設計された、耐熱スーツだ。見た目は潜水服とか、宇宙服みたいだろ?」

 ただでさえ重い肉体に、さらに重量のあるものを着せられ、立っていることすら難しくなってきた。

 顔の部分は丸く透明になっていた。女が「パカッ」とその部分をあけて、残りのグミを私の口にねじ込んだ。

「んぐっ!?」

「おら、飲み込め」

 吐き出さないように口を抑えられ、ごくり、と飲んでしまった。

 瞬間、先ほどとは比にならないような重力がのしかかってくる。一気に食べたからか、ゆるやかな変化だが、もう立つことは完全にできない。

「キミの任務は、地球の中心核マントルまで行って、その内容を具体的に無線で説明することだ。健闘を祈る」

 バンッ! と顔のパネルを閉められ、私はとうとううずくまる。

「う、うぅ、うぐああああ」

 声にならない悲鳴を上げ、ミシミシと床も鳴いている。とうとう突き破り、そのまま地中へ埋もれていく。

「なんで……なんでこんな目に……」

 そんなつぶやきが届くはずもなく、暗闇の中へと深く、深く沈んでいった。


 あれからどれくらい、下へ沈んだだろうか。「マントルへ着くまでは、電池節約のため無線は使うな」と言われていたので、連絡はしなかった。

 数時間もゴリゴリ進んでいくと、足元に、なにかがぶつかって止まった。ほんのりと暖かさも伝わってくる。

 見ると、この空間だけはぼんやりとオレンジ色に光っていた。核自体が熱によって光を発しているのかもしれない。

「ん、なんか、到着したみたいです」

「……ああ、こちらのカメラからも見えている。なにか異常はないか」

「はい……特には」

「そうか、では……」

 その後、様々な指令が出てきて、それに対して色々と答えていった。「暑いか」とか「痛くないか」とか、いろんな質問があった。

「ありがとう、いい研究データがとれた。お疲れ様」

「いえ……あの、僕は帰る時どうすれば」

 私がそう尋ねると、

「……」

「あの、すいません」

「……」

「あの……」

「……帰る方法はないよ」

 と女が言った。

「え、それって」

 聞いたと同時に、無線は切れた。

 地球の、真ん中に、私は一人取り残された。

「まあ、そうだよな……こんなに重ければ、引き上げるの、もう無理だもんな」

 ぼんやりとしたオレンジの核が、さらに滲む。

 それを抱きしめて、顔のパネルを外す。途端に涙は蒸発し、まともに息もできない、焼けただれるよりも前に、身体中の水分がなくなっていくのが分かる。

「あったかいな……ここ」

 絶命しても、この手は絶対離したくない。と、私は抱える腕に力を込めた。


「良かったんですかね、なんも知らなかったみたいですけど……」

「ああ? いいのよ。説明聞いてないほうが悪いし……」

 それに、と青年が埋まっていった穴を見つめて言う。

「無職やフリーターが一人いなくなったって、誰も気づかないでしょ」

 その声は、真っ黒な穴に響いて消えた。


会話って難しいですね。もっと頑張ります。

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