その日暮らしのオッサン文化の違いに不覚をとる
俺はもう未来永劫酒は飲まん。異世界に飛ばされてきた。ストレスから日に日に飲む酒の量は増える。一週間前の夜。とうとう俺は記憶をなくすまで飲んでしまった。
あの空白の一夜でまさかメルティー氏にそんな醜態をさらしていたとは……。
メルティー氏はその夜、俺の使った術に興味を持ったらしく。わずか一週間で俺の素性を調べあげ、依頼という形で俺と会うまでにこぎつけたらしい。なんというか執念を感じる。ちょっと怖い。
俺とあった直後に彼女が大爆笑したのは、そんなみっともない姿を既に見せているとも知らずに、俺が取り繕った態度で敬々しく頭を下げたのがツボに入ったらしい。
それにしたってあそこまで笑うことは無いと思う。どうやら彼女の性格はあまりよろしくないようだ。
今更よそ行きの態度で接しても、いちいち笑われそうなので、今はいつもどおりの態度で接することにしている。
「で?貴方があの晩、私の火球を消したのは何?」
街道を歩きながらメルティー氏が質問を繰り出してきた。やはり、もっぱらの関心は俺の使った術にあるらしい。だが、それを教えるにしても一つ問題がある。いや、別に異世界くんだりまで来て退魔の術は門外不出!とか言って秘する気はありませんよ。別に知られて困るものでもないし。でも、一つ言えるのは……
「すまん、メルティー氏、俺はそのあの晩、自分が何をしたのか全く覚えて無いんだが」
醜態を晒した挙句、彼女の魔法を打ち消したことだけは分かった。だが、それ以外の状況が全くわからん。メルティー氏に俺が何をして術を相殺したのか聞いてみた所で。
「それが分からないから貴方に聞いているのよ」
とジト目で言われた。ごもっともです。
「まあ、再現するのが手っ取り早いわね」
……え?
「再現?」
「私が貴方に同じ威力の火球を飛ばすから。その火球を消してちょうだい」
なにそれこわい。
「いや、危な……」
「追加報酬で1ゴルドってとこね」
「バッチこーい!!」
「変わり身早いわね」
呆れたように呟くメルティー氏。
お金はいくら有っても困りません。困らんのです。
「まあ良いわ。その気になってくれたようだし。後、そのメルティー氏って妙な呼び方やめてくれない?普通に呼んでくれればいいいから」
ほう、よそよそしいのはご不満でしたか。だったら親しみを込めた愛称を叫ぼうではないか。
「メルちゃん!」
ぱっと思いついた愛称を口にしてみる。
「ぶっ殺されたいの?」
「よし、メルティー。早速。その晩の状況を再現してみよう」
神速で訂正した。これより先。彼女の呼び方はメルティーで安定することとなるだろう。
「なんか。調子くるうわね。魔法協会にも変なの多いけど、あなたも大概ね」
一度溜息を吐くとメルティーは俺から少し離れた位置に転移した。
「おお……」
初めて見た転移魔法に素直に感動する。
「何よ」
仏頂面で聞いてくるメルティーに今感じた事を述べる。
「すごいな。それ」
ただそれだけのことで顔が真赤になる。どうやら動揺しているらしい。
「こ、これぐらい。出来たところで自慢にもならないわよ。て、転移魔法の得意な術者は自分以外も転移させられるし……」
なに、この娘もしかして照れてる?
何この可愛い生き物?更にいじり倒したいのをぐっと堪える。後が怖そうだ。
「なあ、お前、ひょっとして褒められ慣れてない?」
「ば、馬鹿にしないでちょうだい!私をだれだと思ってるの・天才魔法士、メルティー・バーネットよ。賛辞の言葉なんて聞き慣れてるわ。オホホ、オホホホホホホホ」
激しく挙動不審だ。まあ、若くして転移魔法を使えるのだ。天才ではあるのだろうが、自分で言っちゃう辺りがいろいろと残念だ。
「とにかく、私が放ったファイヤーボールを消し去ること。良いわね」
「了解……」
人格は残念だが、メルティー・バーネットという少女はやはり天才なのだろう。常人であれば強すぎて持て余す様な並外れた魔力をコントロールして、やすやすと魔力の篭った火球を作り上げてしまう。
一週間前の夜、込める魔力の量を間違えたと苦々しい顔で言っていたが、魔力が強すぎるゆえの弊害だろう。彼女の場合込める魔力をギリギリまで抑えようとすれば、かなり微細な調整が必要になる。
卵の黄身を、潰さずにつまみ上げる様なものだ。
出来上がった火球をまっすぐと俺へ向けて飛ばしてくる。
なるほど、予想はしていたが、この火球は俺の魔力をぶつけた程度では相殺できない。受け流す事はできるが、彼女は打ち消したと言った。
打ち消す瞬間、僅かな魔力が俺の手のひらから放出されたと言っていたから答えは多分こんなもんだろ。
俺は火球のある一点に向かって魔力を乗せた掌打を突き出す。同時に放出される僅かな魔力、放出された俺の魔力は、火球のある一点を打ち崩して、霧散して消えた。
「それよ、それだわ」
メルティーはつかつかと俺に詰め寄ると両肩を掴んでガクガクと揺すってくる。
「何をしたの?あんなこと普通はありえないのよ!あってたまるもんですか!一体どんなイカサマを使ったのかしら?ほら吐け!とっとと吐け!」
何が彼女をここまで豹変させるのだろうか。初めてあった時、彼女が爆笑病に掛かるまでの短い時間、落ち着いた雰囲気の貴方はどこへ行った。帰って来い。メルティー・バーネット。まあ、この残念な感じの少女がメルティー本来の姿なのかもしれないが。
付き合いの浅い俺には彼女の人となりは分からんが、一つだけ確実に言えることは渾身の力で身体を揺すられていては話すに話せない。
「はーなーせー」
舌噛むっての。
「あら、ごめんなさい。あまりにも理不尽な事が目の前で起こったものだからつい殺意が」
何この子本当に恐い。
「とにかくだ、今やったことは、俺の持っている技術を応用したものだ。本来はああいった使い方はしないんだが……実際にあの晩の俺がやったのはこのことで間違いないか?」
「ないわ」
「そうか。じゃあやったことは簡単だ。メルティーの放った炎には魔力を練ねりこんであるな?」
「当たり前じゃない。普通の炎があんな綺麗な球体になるわけ無いでしょ」
「その魔力の固まりは一点に力を加えられると簡単に霧散する」
「え?」
「魔力の綻びだ」
「なにそれ?」
「森羅万象には必ず他の箇所よりも弱い部分、すなわち綻びがある。そこに形のあるなしは関係ない」
「鉄にも風にも水にも、勿論魔力にだってそう言った部分は存在する。そこに楔となる力を必要量撃ちこめば後は勝手にに崩壊する」
「言っている事はなんとなく分かるわ。でも、カオルさん。あなた一体どうやってその綻び、とやらを見つけているのかしら?」
「見りゃ分かるだろ」
「分からないわよ」
「え?」
「え?」
どうやら俺は、彼女にとんでもない秘密を暴露してしまったらしい。
だってしょうがないじゃん。俺の知ってる退魔師は魔力の流れを見るなんて能力、当たり前に備わってたんだから。