その日暮らしのオッサン、メルティー氏と会う
武器屋を後にした俺が次に向かったのは、俺に同行依頼を出したAランク魔法士の合流地点。名前は確かメルティー・バーネットだっけか?俺は聞いたことの無い名前だが、Aランクの魔法師だ。やはり有名なのだろう。まあ、俺もリディアに来て1年と日が短い。詰め込める知識にだって限りがある。もともと異世界の住人の俺が全く違う世界の有名人を知らなくても無理もないだろう。
日々の生活を送るのがやっとで、そんな事を気にしている余裕などなかったのも、原因ではあるのだが……
しかし、あの時は金に釣られて受けたが、やはり解せない。Aランクの魔法士ともあろう者が有象無象の冒険者のこの俺を名指しで指名。そして街道沿いの魔物を討伐するだけで一ゴルドという馬鹿げた報酬。
本来、この程度の依頼。少し腕に覚えの有る冒険者複数名で挑めば、危なげなく達成できる依頼である。相場は確か50ガルドがいいところだったな。
倍以上の報酬だ。しかも俺一人への配当。おかしいな。うんおかしい。今更ながら少し警戒しなければと思う。
しかし、しかしだ!考えても見てくれたまえ。一年という月日は短くもあり長くもある。こと異世界に転移してからの俺の一年は、日本に住んでいた頃の俺の一年とは比べ物にならんほど長いのだ。
なぜか、時間の流れとは相対的なものであるからだ。あらゆる事象に左右され時間の流れは伸び縮みを繰り返す。俺の異世界転移後の生活は口にだすのもはばかられる程にきつかった。朝から晩まで続く重労働。だというのに、半路上生活という安定しない財政状況。寒空の下、楽しげな声の聞こえる民家の喧騒を聞きながら明かした夜は地獄だった。そんな過酷な環境で過ごす俺の一年がそんなに短いワケがない。
そんな一年を過ごし、顔なじみのホームレスもそこそこに増え、社会的弱者としての地位を盤石にしつつあった俺があくる日の朝、いつものような遊んだ心構えで戦士協会に顔を出したら。降って湧いた様な高収入のバイト……依頼を斡旋してくるではないか。
「カオルさんはまだ若いし実績もありませんから。下積みだと思って今は耐えて下さい」
などと言って、いつも低賃金の3K職ばかりを斡旋してくる戦士協会の受付嬢が、だ。
そりゃ、俺だって鴨にだってなりますとも、ネギだって背負っていきますとも。
だいたい俺はもう若くねえ。後三年立てば三十路なんだよ。オッサンに片足突っ込んでんだよ。いやいや気持ちはまだまだ十代を忘れてないよ。でも、朝起きると思うんだよ。最近、疲れが取れなくなってきたって。どんなに気持ちが若かろうが、俺の身体は刻一刻と老いてるんだよ。年齢的にももうつぶしが利く時期は終わってるんだよ。後はもう若い頃に培ったものを活かした職に就くしか無いじゃんとか思って。戦士協会とかそれっぽいところに入ったら。戦闘職とはかけ離れた仕事ばかり押し付けられていつの間にか日用大工とか得意になってるし……あれ?俺ってこれ、なんか手に職付いたんじゃない?あれ??新しいことを始めるなんてもう無理だって思ってたけど。これは、もしかして新しい可能性?
自分の行く末に微かな光明を見出しかけた俺は、いつの間にか件のAランク魔法士との待ち合わせ場所へとたどり着いていた。まあ、今後の身の振り方を決めるにしても、一応この依頼を達成してからにしよう。なんか思考がすこぶる回り道をしていたようだが、とりあえず依頼人の事が分からないうちは用心したほうがよさそうだ。最初はそう考えていた。どうしてああなった。
待ち合わせに指定された場所は、ヘーゼルの南門の前、冒険者の集合場所としては可もなく負荷もなくと言ったところだ。ヘーゼルには北と南の二箇所に門が設置されている。町に出入りする人間は全てどちらかの門を介しているわけだ。と言ってもここはなんの特色もない小さな街だ。門だってそんなにでかいワケじゃない。申し訳程度の簡素な木製扉がついた出入口を果たして門と呼んでいいものなのかとは思うが、そこは現地人が門と呼んでいるのだ。よそ者がそれは違うと異を唱える事はあるまい。
かれこれ十分は待っただろうか。メルティー・バーネットという人物を俺は知らないが、なんせAランク魔法士だ。オーラとかなんか色々違うのだろうからすぐに分かると踏んでいたのだが……
「なんか、それっぽいのが居ない」
集合時間は過ぎているはずなのに、それっぽい人間の影も形もない。なんだ?場所、間違えたのかな。
急に不安になるが、なんだか馬鹿馬鹿しいのでやめた。なんだって初デートで早く着き過ぎた時の乙女みたいな心境にならにゃいかん。気持ち悪。
「お、いたいた」
背後から唐突に掛けられた声。驚いて背後を振り返るとそこには整った容姿の若い女。若いというか……幼い?年の頃一六、七と言ったところだ。少なくとも俺とは一回り近く離れてそうな気がする。
「魔法士協会から派遣されました。メルティー・バーネットです。カオル・カンザキさんで間違いない?無いわね。うん」
全く気配を感じさせずに俺の後ろに立った少女は、黒い三角帽を被って、黒いケープを羽織り、黒いスカートを履いている。魔法士ギルドの正装だ。そしてこの娘、何が可笑しいのか、顔を綻ばせコロコロと笑っている。
箸が転がっても可笑しいお年頃ですか?
なんというか……
「意外ですか?Aランクの魔法士がこんな年端もいかない小娘だから」
まあ、その通りなんだが……。見た目よりは落ち着いた態度や。警戒レベルは低いとはいえ、俺に気配を悟らせず後ろに立つだけの技量を鑑みるに、ランクの高さも伊達では無いのだろう。素直に謝ってしまうことにした。ついでに胡麻も吸っておこう。
「失礼しました。いやはや驚きました。そのような若さで魔法士協会の実質上の最高位魔術師の肩書をお持ちとは。さぞかし優秀な魔法士なのでしょう。戦士協会より派遣されました。カオル・カンザキです。今回は私の様な無名の冒険者に同行を依頼していただき。幸栄の至でございます」
恭しく頭を下げる。少々やりすぎかもしれないとも思ったが、なんせ初対面だ。しかも相手はAランク魔法士やり過ぎくらいでちょうどいいだろう。
そしてこの手の相手に胡麻を擦る場合はとことんまで下でに出ることだ。プライドなど犬に食わせろ。そんなんじゃ腹は膨れねえんだよ。
「ぶ、ぶふ……」
え、なに?なんで顔真っ赤なの?なんでそんなにプルプル震えてるの?なんでそんなに息止めてるの?
なんかそれ必死で笑いをこらえてるように見えるんですけど。
「もう、無、理。あはははははははははははははははは!だめ、死ぬ、死んじゃう」
ダムが決壊するように爆笑を始める少女は、笑いすぎで立っている事もままならないのか、地面に四つん這いになり。地面を拳で叩いている。
「あ、あの」
俺の言葉に、なんとか笑いをこらえ涙目になりながらも俺を見ようとしたメルティー氏だったが……
「ぶっ、あはははははははっは!やっぱ無理。あはははははは」
そんな時間が、数分続き、やっと爆笑をやめた息を切らせているメルティー氏に状況の飲み込めない俺は恐る恐る声を掛けた。
「あの、初対面ですよね?」
そう、問いかける俺にメルティー氏は未だに俺を見る度に爆笑をぶり返しそうになりながらも答えた。
「い、いえ、今日で、ップ、にど、二度目よ。会って、るわ。初め、て、ぶふ、会ったのは一週間前の夜」
なんとかそこまで話したメルティー氏だったが、ついに耐え切れなくなったようで、またも爆笑を始めた。
そういえばここって結構人通り有るんだよ。皆様の目に、俺達は一体どういう移り方をしているのだろう。