その日暮らしのオッサン虎穴に飛び込む
同行依頼、冒険者達が、自身の受けた依頼に個人的に同行を依頼するシステムだ。
冒険者とは行う調査や、討伐、護衛、採集などの街の外へ出ての活動が多くなる者達の総称である。
当然、俺も採集依頼などで街の外へと足を運ぶので冒険者という括りに該当する。
そこで最初の話に戻るが、同行依頼とは自身の力だけで、依頼の達成が困難な場合、同協会、他協会に依頼という形で出す協力要請である。
通常でも、依頼の請負人が一人での達成が困難であると協会が判断した場合は、協会自体が他協会や自分の協会から同行者を選別し依頼を出す形となっている。
この場合は、報酬は均等割りになり、手数料などは取られない。
だが、冒険者が、特定の人物に名指しで依頼をする場合は、依頼主である冒険者が報酬を支払い。手数料も治める。報酬は依頼を達成したものを分ける事ができるので、問題では無いが、手数料は完全に依頼主の自腹なので、その限りではない。
だから、同行依頼が来るのは名の知れた冒険者か、気心の知れた間柄の者達同士で、ということになる。
俺は薬草の採取や、その他の雑務をこなす駆け出し冒険者である。悲しい話だが、死地で背中を預けられるほどの信頼関係を築いた人間もいない。そんな俺に高い手数料を払って同行を頼むのはどう考えてもおかしい。
「同行、依頼?」
釈然としない思いで、俺の発した言葉には戸惑いの色が強く出ていた。
「討伐の同行は大変危険なものです。依頼は断る事もできます。断ったとしても依頼を受ける前であればペナルティはありません」
エリーゼもおかしいと思っているのだろう。立場の許す範囲で警戒を促して来る。
「依頼者は?」
「えっと……」
何故か依頼人の名前を言い淀むエリーゼ。
「問題のある人なの?」
だとしたら嫌すぎる。
「そう言うわけではないのですけど……魔法士の、メルティー・バーネット様です。魔法協会のAランク魔法士です」
なにそれこわい。
「え?え、ええええええランク?なんで?なにそれ?」
Aランク魔法士は奇跡の体現者と言われている。天候を操り、空間を超え、空を切り取るとまで言われている。退魔師であった俺だってそんな真似は出来ない。と言うかやろうと思わない。魔力に溢れているこの世界と違い、俺の世界は魔力が乏しい。魔力をもって生まれてくると言ってもたかがしれている。そんな事をすれば、体内の魔力は瞬時に枯渇し、即座にあの世行きだ。豊潤な魔力があるリディアでは強い魔力をもって生まれてくる人間が多くいるが、その中でもケタ違いの魔力を身に宿すAランク魔法士は俺の居た世界では化物認定されて然るべき存在だ。討伐対象にすらなりうる。
「お、落ち着いて下さい。私にもわかりません。魔法協会の中でもAランクの魔法士は3人しかいません。その中の一人がカオルさんに同行依頼を出すなんてなんと言ったらいいか……今世紀最大の謎ですね」
その通りだけどさ、異例の大抜擢に疑問符一杯のその顔はなんだか微妙に傷つく。俺ってそんなに弱そう?
「とにかく、何かあると思っていいと思います。報酬だっておかしい。街道沿いの魔物を討伐するだけでこんな額……」
ちょっと待て。一体今なんと言ったこの娘は……。いま、聞き捨てならんことを言ったな。
「いくらだ?」
「へっ?」
「報酬は?」
「い、1ゴルドです」
「よし、受けよう」
ゴルドの下にはガルドとリジュという通過単位がある。ゴルドは金貨、ガルドは銀貨、リジュは銅貨、という風に区別され、大体の相場が100リジュで1ガルド100ガルドで1ゴルドとなっている。普通に生活するには、ガルド銀貨があれば事が足りる。
そこそこの宿に泊まっても、一泊で5ガルドほどである。ゴルド金貨なんて庶民はまず見ないだろう。
それが一枚だ。即答してやった。
「うわあ、報酬言った途端に即答ですか」
なんだか、残念なものでも見る目をしているエリーゼ。ええい小娘!俺が今までどんな思いで生活してきたかわからんだろ!
朝から晩まで働いて1ガルド行けばいいほうだったのだ。安宿に止まれればまだいい。何日も野宿などという日もあった。この依頼を達成すればしばらく衣食住に困ることはない。お金は大事だ。大事なのだ。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず。俺の国の諺だ」
「どういう意味ですか?」
「危険を侵さねば、大したものは得られないという意味だ」
ざっくりと言えばこんなもんだろう。
「それがお金ですか」
「お金ではない。安定した生活と言え」
その言葉を聞くや否や大きな溜息を吐くエリーゼ。深い哀れみと、一抹の蔑みが同居したような視線を向けてくる。器用である。でもそういうのやめて。
「分かりました。でも本当に気をつけて下さいね」
そう言ってエリーゼは依頼を受けるたという意味で押す判を依頼内容の書かれた用紙へと押す。これで後戻りはできない。
後は準備を整え、指定の時間に、集合場所へと向かうだけだ。