その日暮らしのオッサン 自身の転落に涙する
世界観については、後々、話の中で補足する予定です。
俺が異世界、リディアに飛ばされてから一年と少しが過ぎようとしていた。
未だ帰ることの叶わない日本で過ごした日々は既に思い出の一ページになり始めている。
リディアの科学レベルは中世のヨーロッパぐらいしかなく。当然家電製品などはこの地にはない。
よって、日本で生活していた頃よりも厳しい環境なのかというと一概にそんな事はなく、俺の元いた世界とは全く違う文明を発展させてきたしたこの地では、魔法を使った技術が科学に代替するものとして生活に根付いている。
蛇口を捻ると水が出る俺の世界に対し、魔力を使って水を得るこの異世界は文明の発端の根底が違うので比べられるはずもない。
どちらが便利なのかといえば一長一短である。リディアにおいて魔力を行使し、どれだけの事ができるのかというのは、個人の力量に依存する。個人で俺のいた世界でもできないような事象を起こす者もいれば、そうでないものもいる。
例えば、天候を操る、などということは俺の居た世界の技術を持ってしても不可能だが、この世界にはそれを出来る者が僅かながらいる。
対して俺の世界は、道具を用いることによって誰が、何をしようとある程度均一の結果を残す事ができる。
例えばこれからある場所に移動するとなると、車を使えば、皆、大体同じ時間で目的地に着くことが出来る。リディアではちがう。空間を転移する魔法を仕える物がいれば、目的地への移動時間などないようなものだし、突出した力をもたないものが同じ普通に歩いて移動するとなると、隣の町へ行くのにも、数日掛かるのだ。
個人の能力による差は、俺のいた世界以上に激しい、能力的に有益な者はとことん優遇され無益な者はその逆だ。
そして俺はというと、元いた世界での経験をもとに戦士協会という組織に身を置き、冒険者として日銭を得て暮らしている。
冒険者といえば聞こえはいいが、言ってみればなんでも屋だ。町の外に行って、薬草を集めて来いだとか。壊れた壁の修理だとか。荷物の運搬だとか。そんなものばかりである。
護衛や討伐などの、危険度の高く、報酬もある程度の額に指定されているものは実績のある冒険者に優先的に回される。駆け出しの俺は、必然的におこぼれの任務に回されるわけだ。格差を感じる。
平和な筈の日本にいた俺が、このような血なまぐさい職種と接点を持つ理由だが、俺の元いた世界では裏稼業とまではいかないが、退魔の名門、神崎の頭首候補として、この世ならざるものとの戦闘を生業としてきた。この世界のように豊潤な魔力のない俺の世界では、力を持って生まれて来るものは極端に少ない。正真正銘の特異体質である。常人の範疇から外れるその魔力を用い、様々な技法を用いて戦うのだ。
そんな俺だから、リディアにきて魔法を見た時も対して驚かなかった。
魔法が当たり前に使われているという話には唖然としたが……。慣れてしまえばそんなことはどうでも良くなってきた。
いずれは日本に帰るつもりだが、今はまだ帰る方法が不明なのだ。次元を超える魔法など、魔法が当たり前のリディアでさえ伝説の大魔法と呼ばれ、実在すらも疑問視されているものだ。
なんの因果か、そんな眉唾現象に巻き込まれてしまった俺は、帰るまでの繋ぎの職として、名門退魔一族から、その日暮らしの冒険者にジョブチェンジを果たし細々とした生活を送っている。
世界の悪意を感じる。なんか、涙が出てきた。
「お早うございます。カオルさん……ってどうしたんですか?」
気が付かない内に戦士協会の受付に立っていたらしい。受付のエリーゼの前で涙を流していたらしい。
少々引き気味にこちらを見ている。エリーゼは俺が拠点としている街、ヘーゼルにある戦士協会ヘーゼル支部の受付をしている少女だ。長い栗色の髪を後ろで束ね、整った顔をしたエリーゼはヘーゼルの戦士達にもファンが多い。ギルドが混み始めると、複数ある受付の内、何故かエリーゼの前にだけ行列が出来るのだから、その人気たるや恐ろしい物がある。
「いや、目にゴミが入っただけだから。それより何か手頃な依頼は?」
まさか、現状を嘆いて泣いていますなどとは言えず、適当に誤魔化し、依頼の斡旋を受ける。
戦士協会ってより、ハローワークだな、此処。
しかし、実績も信用も乏しい俺に回される依頼なんてどうせ薬草採取や食堂の皿洗いなどの雑用だろう。そんな高括っていた俺は次にエリーゼが発した言葉にしばし唖然とする事になる。
「カオル・カンザキ様宛に魔法師協会の方からモンスター討伐の同行依頼が来ています」
な、なんだ、と?