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ある世界  作者: 灰色
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第一話

 「人を見つける魔法があったらよかったのに」

 青年がひとりごちた。太陽はまだ真上に至っていない時刻。青年はその場に腰を下ろそうとして屈んだが、背負った大剣がつっかえてしまい、すぐ座るのを諦めた。ぐるりと辺りを見回して、見覚えのあるような無いような道を見据える。木を払い土を踏み固めただけの簡素な舗装の道を睨んでみても、頭に何かが閃くことはなく、空を見上げた。随分高いところを鳥が飛んでいる。

 ここは東大陸中央に横たわる森だった。大陸を横断する川に沿うようにできているこの森は、豊かな地形を持ち、ここにのみ生息する鳥も多い。さらに森を縦断する道は街と村を繋いでいるため、多くはないが人通りもある、はずなのだが。現在人影はゴーグルの青年のみと、実に淋しい。

 青年の独り言は続いた。

 「そうすれば僕がハルを探しに来なくてもよかったし、現に今だって」

 ここでわざとらしいため息をひとつ。独り言にしてはずいぶんと大きく、はきはきと発せられる言葉は、更に一つ大きく息を吸ってから締めくくられた。

 「こうして森で迷子になることもなかったのに!」

 「おー、全くだ」

 突然現れた別の声に青年が振り向くと、道なき道から銀髪の青年が現れる。身軽な格好にマント、腰には装飾の入った物の良さそうな剣。木と木の間を縫うように出てきた青年は、空に向かっていたぞーと叫んだ。

 「コウ!見つけるの早かったねー」

 「お前…確かに迷子のときは出来るだけ声を出してろって言ったけど、よくもまあそんなでかい声で喋れるな」

 コウと呼ばれた銀髪の青年は体中についた草木を払いながら言う。そして作業をしながらそういえば、と口を開いた直後、そのコウの側頭部に何かが勢いよくぶつかり、鈍い音が響く。

 「シュンー!探したよ!」

 「わあ、トトもありがとう」

 何かは妖精だった。手のひらサイズよりもひと回り大きい妖精、トトは羽もない体を浮かせ、器用にコウの周りを旋回する。被害者は頭の右側を押さえながら覚えてろよと低く呻いた。



 「それにしても早かったね。どうやって探してくれたの?」

 ひとまず元いた街に戻るため、森を南下する道中、シュンが聞いた。迷っていた時間はそこに至るまでを含めても一刻ほど。この広い森の中で人ひとり見つけるのだ、そう易々行くものではなかったはずだ。

 「おいらが森の鳥たちに聞いたんだよ!」

 トトの説明では、人の情報は少なく、最終的に場所を知っているという鳥が案内してくれたらしかった。ただ、鳥は空を飛んでの道案内となるため、コウは道なき道を散々歩かされたようで。そうか、だからあんな所から出てきたんだね。コウの怒りもご尤もである。

 「だいたいお前はなんで一人で森に入ったんだ。絶対迷うのに」

 「入りたくて入ったんじゃないよー」

 シュンは自覚ありの方向音痴だ。そのくせほんの半月前にひとりで旅に出たというのだから、実は正真正銘の馬鹿なんじゃないかとコウはこっそり心配している。こんな奴だから、出会ってまだ五日程だというのにずるずると保護者のようになってしまっているのだ。この馴染むスピードの速さは、コウの無遠慮とシュンの度を超えたマイペースさに起因している。

 「街を歩いていたら安っぽいチンピラにからまれちゃって」

 逃げてきたら森にいたのだ、というのはシュンの言い分だ。おそらく嘘は言っていないだろう。道くらい見ながら逃げろ、とも言いたいところだが。

 「安っぽいチンピラくらい返り討ちにしろよ。その背中の無意味にデカい剣は何なんだ」

 シュンは指摘された剣を肩越しに見やる。身の丈ほどあるだろう大剣は少しの傷があるくらいで、コウはそれが実際に使われているところを見たことがない。おさがりだと聞いているので傷も新しいものではなさそうだ。これはいざって時に使うんだ、と胸を張るシュンに、いざっていつ?とトトが悪気ない質問をした。



 「…で?」

 「で?」

 二人と一匹は今朝まで泊っていた宿を出て、街の中央広場で昼食をとっていた。太陽は真上。そろそろ目的地を決めて発たねば、今日中に次の街、あるいは村に着けなくなってしまう。

 「この街ではお前が探してるっていう幼馴染の情報はあったのか?」

 サンドイッチを口いっぱいにほおばったシュンは数回頷いて肯定する。

 「うん。宿のおじさんが覚えてた」

 今日僕にからんできたチンピラぼこぼこにしてったんだって、とけたけた笑うシュンにコウは目を点にする。

 「幼馴染…ハル?女じゃないのか?」

 「うん、女の子だよ」

 気が強い子でねーと言われて、コウは想像していた“ハル像”を作り直すことになった。

 シュンは単身旅に出たまま連絡が取れなくなったという幼馴染のハルを探している。コウは成り行きでハル探しを手伝っているのだが。この頼りないにも程があるシュンが心配して探しに来るような“女の子”だ。さぞ内向的で大人しい人を想像していたが、そいつ絶対シュンより強いだろ。

 「その幼馴染、別に探さなくても平気なんじゃないか?」

 「え?あー…」

 以前聞いた話では、そのハルは自ら望んで旅に出たらしかった。旅人と連絡が取れないのはよくある話で、それが心配になって探しに来たというのにはどうも違和感を感じる。

 シュンは自分の説明不足に気付いたのか、言葉を選んでいるようだった。

 「旅に出た理由が理由だったから…というか…」

 理由?

 そこまで言ってシュンは言葉を濁す。少しの間をおいて、笑わないでねと念を押した。

 「北大陸に行くって」

 「「……え」」

 笑うというか。コウとトトはそろって一歩引くような感想だった。それはそれで酷い。


 北大陸。正式名称はルインディア。東大陸と西大陸の北に位置する大陸だ。しかし北に大陸があるという事実しかわかっていない。というのも二つの大陸と北大陸間の海域は常に時化状態で、その海を越えた船はなく、あるのは目撃情報のみなのだ。一昔前は未踏の地を目指した冒険者も多く、北大陸は世界中の旅人の夢の地だった。しかし結局到達者は現れないまま流行も下火になり、目指すものはおろか、北大陸の話をするものもめっきり居なくなってしまったのだ。


 「今時北大陸に行くなんて、どうかしてる。そもそもどうやって」

 「うん、でもハルが行くって言ったんだ。絶対に目指しているよ」

 言い切るねえ。コウはあきれたように肩をすくめる。だから心配なのさ、とシュンは苦笑した。で、話を戻すけど。

 「そのハルが次に向かった場所は?」

 シュンは相槌を入れつついそいそと地図を広げる。大陸図の現在地『スタンバー』を指差して、そこから北へ。

 「次は『コルク』だね。乳製品が有名な村なんだって」

 「…それしかねえだけだ」

 「コウ行ったことあるの?」

 「まあな」

 先程シュンが迷子になっていた森を抜けた先にある小さな村。本来観光地ではなく旅人はもっぱら通過するだけの生産メインの村だが、今日はそこでまた一晩ということになりそうだ。


 今から出発すれば夕方にはつけると見込んで荷物をまとめ、街の北出口を目指し歩きだしたとき、背後からシュンには聞き覚えのある声がかかった。

 「また会ったなあゴーグルの兄ちゃん!」

 うわあ。シュンがやる気のない声を出す。振り向くとそこにいたのはなんとも安っぽいチンピラ三人組。どうやらというか何というか、今朝シュンにからんできたというチンピラはこいつらのようだ。どうやらシュンを探していたらしい。根に持つタイプは実に面倒くさいが、幸いこいつらものすごく弱そうだ。

 「まあ適当にあしらって逃げれば…って」

 コウが剣を抜き臨戦態勢に入るのと、シュンが脱兎の如く北へ走りだすのはほぼ同時だった。あまりの行動の速さにそこにいた四人と一匹は呆気にとられる。躊躇いもないとは。

 身の丈ほどある剣を背負った青年は、その重みなどまるで感じていないような驚きのスピードで更に距離を開いていくのだった。



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