八月一日「訓練」
「まだだ! 手を抜くな!」
「ラダーとタイミングを合わせて!」
「レベルをあげろ! まだ甘い!」
「ラダーに身を任せて右だけに集中!」
凛と修二さん、二人の師が俺に向かって叫ぶ。
俺は汗だくになりながら右手を動かす事に集中する。
紀坂さんが発明した不規則に飛び回る羽の生えた球体を右手に持った剣で切りつける。
左手は力を入れていないにも関わらず同じように動いている。
「もっと真剣にやれ!!」
……一応これは俺が望んでやっている事だ。
話は数日前、治安維持隊の二人に助けられた翌日に遡る。
「俺を鍛えてください?」
何かの資料を整理している修二さんに頭を下げる
「とりあえず頭を上げろ……で、
鍛える?」
修二さんが怪訝な顔をする
「はい、昨日俺に力が無い事を実感して……せめて凛を守れるくらいにはなりたくて」
修二さんは資料を置いて何故かニヤついた
「ほう……そんなに凛を守りたいか」
「はい、凛だけは絶対に守りたいです」
「なるほど……だってよ、よかったな凛」
「え?」
後ろを向くと機材を抱えた凛が居た
「そ、その……光栄だわ」
「そ……それはよかった」
凛はコホンと咳払いして
「で、ハリガネムシと戦うの?」
「まあ、そうなるな」
凛は目を輝かせてぐいっと近づいてきた
「ラダーとの連携を試してみない?」
修二さんが興味を示した
「ラダーつったらこいつに寄生してるハリガネムシの名前だっけか……そのラダーとの連携ってのはどういう事だ?」
「ラダーの力、体を動かす力を使って身体能力を底上げするんです」
例えば、と凛が説明を始めた
「剣道で言えば二刀流、両手を同時に使うのはかなりの訓練がいる……ですよね」
あらゆる武道を習得している修二さんに凛が同意を求める。
修二さんが頷いたのを見て凛が説明を再開した
「右手は拓人さんがいつものように動かす、左手はラダーが動かす、そうすれば二刀流も同然なのよ」
「まてまて、ラダーが剣を操れるとは思わんぞ」
「ラダーは人間の赤ちゃんのように覚えが良いハリガネムシよ、鍛えれば連携も可能なはずよ」
それに、と凛は付け加える
「上手くいけば人間の限界を超えた動きが出来るかもしれないわ」
「なるほど……」
「どうかしら?」
「ちょっと待ってくれ」
俺は顔を下に向けて目を瞑る、そして心の中でラダーに語りかける。
「凛を守る為に力を貸してくれるか?」
[ラダー、マモル、リン、ノー]
「ダメなのか?」
[ラダー、マモル、ユー、マモル]
「俺を守る?」
[ユー、マモル、ミー、マモル]
……なるほどな
ラダーは俺が俺自身を守るのには協力する、そうすればラダーは俺という安全な寄生主を守る事が出来る。
そういう事なのだ。
俺はまたラダーに語りかける。
「凛は俺にとって大切な存在だ……分かるか?」
[ラダー、イット、リカイ]
「もし凛が死ぬような事があれば俺はどうなるかわからない」
家族も友人もいない中、俺を支えているのは凛なのだ。
「凛を守るで俺も救われるんだ……だから」
[イエス・サー、ラダー、リン、マモル]
[リン、マモル、ユー、マモル、ミー、マモル]
「……ありがとう」
[……イエイエ?]
ラダーの言葉に少しニヤついて俺は目を開けて顔をあげた。
「凛、修二さん、頼みます」
「俺はまだ了承して無いんだがな」
凛が少し笑って修二さんに言う
「まだ、ですよね」
「……一本とられたな」
「よろしくお願いします」
俺はもう一回頭を下げた
そして……現在に至るのである。




