七月二十八日「交わりの時」
何度かハリガネムシの群れと遭遇した所で凛の武器は無くなったようだ。
「群れ多くないか……」
「何処かに生殖に特化した、いわゆる母体みたいなのがいるんだと思うわ」
「はぁ……」
女王蜂みたいなものだろうか。
そんな会話をしながら歩いているとラダーがいつもより大きい声を伝えてきた。
[ビッグ! ビッグ! No.01!」
俺は皆に止まるように言って凛に相談をした。
「凛、ラダーがNo.1って言ってるんだけど」
「No.1……パワーね」
「パワー?」
「医療用ハリガネムシとしては力と寄生能力が強すぎた最初の個体ね」
デカイというのは力が強いって意味だろうか、ラダーの英語は間違ってる事があるからわからない。
慎重に進もうとしたその時、地面が大きく揺れた。
揺れが収まってしばらくすると地面から無数のハリガネムシがまるで地面に生える棘のように突き出してきた。
「総員退避!」
誰かの号令を聞いて凛の手を掴む
「凛! 逃げるぞ!」
周りでは次々に人が突き刺されている。
俺は凛の手を引いて走り出した。
俺達を追うように次々と飛び出てくるハリガネムシ、ラダーの補助が無いとやられていただろう。
しばらく走り、雨がポツポツと降って来た所で凛が止まった
「拓人さん! ヤバイかも!」
「何が!」
こんな状況で止まる事よりヤバイ事なんてあるのか
「よく周りを見て! 地面からのはもういないわ!」
凛に強く言われて周りを見渡す。
周りには俺達を囲む様にハリガネムシがいた。
[レフトライトストレートバック]
さっきからラダーが発していたこの言葉は地面からの物ではなく俺達を囲むハリガネムシの事だったのだ。
「凛、武器はあるか」
「メスとナイフなら……」
「ならなるべく俺の後ろにいろ」
「どうするの?」
囲まれているのが問題なのだ、道さえあれば逃げ切れる。
俺は左手を前に突き出した、ラダーに信号を送るように頼む。
「拓人さん……もしかしてラダーの信号使ってる?」
「そうだ」
「その、雨でこの距離だったら届かない……」
「なっ!?」
ハリガネムシを一箇所に集めれない、俺達の手元にあるのは近接系のメスとナイフ、そしてチェーンソーだけである。
一気に特攻をかけて突っ走るか……駄目だ、体力が持たないし横から攻撃されたら終わりだ。
こいつらがどくのを願うか……格好の獲物を前にしてどかないヤツなどいないだろう。
色々と考えながら飛んでくるハリガネムシを切り裂いていく。
このままではチェーンソーのバッテリーが切れると同時に終わりだ。
様々な武道を心得ている修二さんなら、身体自体に兵器を取り込んでいる紀坂さんならこの状況でも突破出来ただろう。
いつかは来ると思っていた、こんな世界で長く生きられるとは思っていなかった。
横目で凛を見る、ハリガネムシを真っ直ぐと睨むその顔に絶望は無い。
感じ取れるのは一秒でも長く生きようというもの。
そう、俺だけの問題ではないのだ。
俺が諦めれば凛も死ぬ。
「……よし」
無理でもいい、無茶でもいい。
俺が死ぬのはいい、でも凛は駄目だ。
ハリガネムシの知識を豊富に持つ凛、彼女ならばこの世界の突破口を作り出せるかもしれない。
俺は自問自答する。
俺は無理でも凛をこの場から逃がす事は出来るか。
出来る可能性はある、俺が近づいてハリガネムシを引きつければいい。
この状況を脱した凛が皆の元にまで帰れるか。
可能性は少ないだろう、今まで生きてこれたのもラダーのおかげだ。
ならば……
「凛、ラダーの寄生ってのは他の人に移せるのか?」
「……駄目よ、犠牲になるのは」
ばれていた、察しが良すぎるのも厄介だ。
「……お前はこの状況を二人で脱出出来るとでも思ってんのか?」
「無理ね……二人だったらね」
凛はそう言ってハリガネムシの奥を見た。
「お……おお!」
右方向のハリガネムシの向こうから何人もの人が手に武器を持って走ってきたのだ。
「左からも来てるわ!」
その人達は圧倒的な勢いでハリガネムシを倒していく、しかしその動きはハリガネムシを倒す為の動きでは無い、道を切り開く為の動きだった。
切り開かれた道から二人の女性が走ってきた。
ヘルメットを被ってるからわかりにくいが、おそらくセミロングとショートカットの女性のうちショートカットの女性が俺と凛に話かけた。
「治安維持隊の卯月です、あなたたちを救護しに来ました」




