七月四日「遺伝子強化ハリガネムシ」
凛との生活も約二週間がすぎた。
凛は数日前にハリガネムシのサンプルを頼りに研究を始めている。
凛曰く
「ここの設備、こんな状況下においては最高の設備よ」
だそうで毎朝松葉杖を使って行って夕方に俺が車椅子を押して帰っている。
一方俺の回復はやはり異常に早く、今は主に調理場の食材管理を任されている。
しかし俺の回復の早さは内側、つまりは神経等に限定されており他人から見ると重症だ。
そんな俺のもう一つの仕事……というより日課は凛がいる研究室に昼食を運ぶ事だった。
研究室のドアを二回叩く、誰かの返事が聞こえたら重い金属製のドアを開けて中に入る。
「拓人さん!」
ドアを開けると凛が目を輝かせて俺に近づいてこようとした、松葉杖がまだ危なっかしいので俺からも近づく。
「どうした、そんなに腹が減っていたのか?」
凛は少し顔を膨らませて
「違うわよ、拓人さんを待ってたの」
「お、俺を」
「うん! 私の中で拓人さんの事、わかったの!」
凛の目が俺の目を捉える、頬は興奮したように少し赤く目は大きく見開かれてまだ輝いている。
「な……なんだよ」
俺の事……凛の中での俺の事って……
凛が自分を落ち着かせるように深呼吸して、頬を紅葉させたままゆっくりと口を開いた。
「わかったの!あの時拓人さんの左足が動いたのか! それに神経の異常回復の事も!」
「あ……そう」
そういう事か……この研究馬鹿に期待した俺が馬鹿だった。
俺は落ち込んだ気持ちを持ち直して
平然を装う
「で……待ってたってのは?」
凛が新しく貰った少し大きめの白衣から紙を取り出して俺に押し付けた。
俺は押し付けられた紙を開く
・あの時の左足はお前が動かしたのか
・神経の回復にも関わっているのか
「……なんだこれ」
「それをラダーに聞いて欲しいの」
「ラダーに?」
「いいから聞いてみて」
俺は目をつぶって心の中でラダーに語りかける。
「左足を動かしてくれたのはお前なのか?」
しばらくしてから頭の中に声が響く
[Yes]
「神経の回復にも関わっているのか?」
[しんけい?]
戸惑っている俺を見て察したのか凛が少し考えて
「……電気を送るチューブかな」
「電気を送るチューブだとよ」
[それ、代わり、ラダー、同じ]
凛にそのまま伝える
「なるほどね、ラダーはちゃんと機能を果たしてるのね」
「機能?」
凛は机に置いてある紙束から一枚の紙を渡してきた
「遺伝子強化ハリガネムシが作られた理由、本来の用途の説明資料よ」
・電気信号伝達機能の対策について
脳からの電気信号が伝達されず、身体が動かない症状について私達は
ハリガネムシを使った対策を考案した。
蟷螂などに寄生してその体を操る事もできると言われているハリガネムシ。
その機能を遺伝子改良により強化し電気信号伝達に生かそうと考えている。
石持 豊
「なるほど……わからん」
凛は大袈裟に溜息をついて
「簡単に言うと神経とかの代わりになるってこと、電気信号を独立して伝えれるの」
「それがなんで俺の回復やあの時の行動に繋がるんだよ」
凛はまた大袈裟に溜息をついて
「一時的にラダーが電気信号を流したのよ、そうすれば痛みによる脳か
らの制止も筋肉には届かない」
「ふむ」
「回復についてもほぼ同じ、ラダーが代わりをしているから休まったの、その分早く回復したのね」
俺は少し考えて
「つまりラダーのおかげって事?」
「まあ……それでいいわ」
そんな会話をしていると頭にラダーの声が響いた
[big big big big]
「でかい……?」
[big horsehair worm big horsehair worm]
「でかい……ハリガネムシ!?」
いきなり黙っていきなり叫んだ俺に驚いた凛、しかしすぐに状況を察したようで
「大型が近づいてるのね」
「ああ、修二さんに伝えて来る……いや伝えに行くぞ」
「何言ってるの、車椅子の私が行っても遅くなるだけよ」
「しかしお前が危険に」
凛は俺の胸倉を掴んで引き寄せた、とても真剣な顔をしている。
「異常事態よ、わかってるの、遅れると何人も死ぬかもしれないのよ!」
「……わかった」
俺が頷くと凛は顔を緩めて
「私を心配するなら早く車椅子を持ってきて、もちろん修二さんに伝えた後に……ね」
と笑顔を見せた