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第5話 勇者と魔王のマクラ投げ

 草木も眠る楽園の片隅、空を覆うほどの大樹の根本。

 

 二人の喧騒が夜に響いている。


「さてそろそろ寝ましょうか。明かりを消しますよ」


 そう言ってパジャマ装備の勇者は、ランプのツマミに手を伸ばすと――


「待てぇい! なに灯りを消そうとしとるのだ!!」


 制止の声と同時に放たれた枕は、――ボスンっ。と勇者の顔面にて音を立ててから、力無く床へ落ちた。


 先ほどまでの余韻と、眠気の所為か心なしかいつもより穏やかだった表情は、ほんの少し枕で隠しただけで、あら不思議――


 ――名状し難い、魔王すらも震え慄く形相へ早変わり。


「ひぇっ!? あぁ、ゆ、勇者よ。待つのだ。マクラ投げというのを知らぬのか? おのが無知を晒したなっ」


「…………あまり上手な命乞いとは思えませんよ? 魔王陛下」


「ひっ……、まぁ待て、これはマクラ投げと言ってだな。枕を互いに投げ合い親睦を深めるという、パジャマパーティに欠かせぬひっじょぉに大切な儀式なのだ! 」


 緋の瞳に微かに涙を浮かべながら、魔王は捲くし立てる。ここで押し切れなければ、待っているのは死。


「睡眠とは生活の基盤でろう? ならばそれを支える枕の重要性は語るまでもなかろうて。そしてそれを投げ合うことにより、信頼を育もうというこのマクラ投げの素晴らしさも分かるだろう?」


「それで言いたいことは終わりましたか?」


「待て! 勇者は少し怒りっぽ過ぎる。さぁその握りこんだグーを開いて枕を持て。そう、そうだ。さぁマクラ投げを始がふっ――ッ!?」


 ――ズパァン! 綿の詰まった枕とは思えない音を鳴らし、衝撃に身を任せ魔王はベットにひっくり返る。


「ぷぁぐっ――。痛い!? くっそぅ、次は我の番だ。ふふふははははっ!! 我に枕を渡したことを悔いるがいい! 必殺! |狂乱昏睡枕投げぇえええ≪マッドヒュプノシス≫!!」


 魔王はすぐさま跳ね起き、落ちた枕を大きく振りかぶって放つ――が、


「くくく、この技を喰らった者はたちまち睡魔に襲われ、意識を保つのも困難という奥義って掴むな! ズルイ! 我も喰らったんだから勇者も喰らべぷらッ!?」


 顔面を捉えること無く、勇者の手に収まった狂乱睡眠枕はその倍以上の速度で、魔王の顔面で炸裂する。


「ひぐぅっ、だがまた我の――――」


 落ちた枕を掴もうとした魔王の手は虚しく空を掴む。


 枕と次の攻撃権をその手に収めた勇者が、ベッドに倒れていた魔王を見下ろしている。


 なんたる威圧感であろうか。一切の容赦のない冷たさと、暗い愉悦の熱が同居した視線に魔王はただただ恐怖するしかない。


「やめ、ちょ、ぁああ……むぐぅ!? ぷはっ、ゆう――むぅうぐぅうむぐむぐむむうぅう…………――」 


 顔面に枕を押しつけられた魔王は、しばしバタバタと必死にもがいていたが、抵抗していた手足も、ほどなくベッドに沈んだ。


 白いシーツに広がる美しい金の川を氾濫させ、手足は細くしなやかで袖から覗く白い肌は――。


「――まったく、貴女は本当に騒がしすぎますよ」


 勇者は目を逸らし立ち上がり、沈黙した魔王に毛布をかけてため息一つ吐いて、ランプへと手を伸ばす。



 慢心と言っていいだろう。勇者は日頃の経験則を過信しすぎていた。これで魔王はすでに意識を夢の彼方へ飛ばしているだろうと……。


 今までだったらそうであったろう。しかし今日、今夜、今この瞬間だけはパジャマパーティへの飽くなき執念が、魔王に力を与えたのだった。


「隙ありじゃぁああああああ!! 油断したな勇者よ!」


 魔王は幼い言動とは裏腹に、その体は長身で細くありながら、肉付きもいい。


 故に正面からの力比べでは敵わなくても不意打ちならば勇者に一本取ることは可能なのである。そう、例えば背後から飛び込むようなタックルをかまし、ベッドへと押し倒すぐらいなら……。


「ふぅっはははっははは勝利だ! 今宵は記念すべきパジャマパーティ一回目にして、我の勝利記念日となるであろう。称えよ。褒めよ。くはははははは」


 勇者の上に馬乗りになり勝ち名乗りを上げる魔王は、その溢れるほどの笑顔さえなければ、さぞ鬼気迫るものであっただろう。この鈍感冷徹勇者とて、命の危機に身を震わせたかもしれない。


「…………私はこのまま突き上げ、ピストン運動を開始すればいいのでしょうか?」


 いつもの様にドギツイ下ネタで魔王の調子に水を差すも――


「な、何を言っ――……む? むぅ? 勇者お前……」


 魔王の笑顔が純真無垢の子供のものから、イタズラが成功した悪ガキ染みたものへと変貌する。 


「顔が赤いではないか! くふふはは、これは傑作だ。散々我をカラかっておいて、この程度で顔を赤らめるとは、くふふふふ、中々|初心≪うぶ≫ではないか」


「……魔王様。即刻どいて頂けない場合は、双方にとって、いえ魔王様にとって望まないことになりますよ?」


 仰向けに倒れる勇者。その上にまたがる魔王は丁度腰の上であり、否応なく勇者の感覚は鋭敏になっていく。


 のぞき込んでニヤニヤと笑う顔はまだいいが、落ちる金の髪が柔らかな匂いを引連れて、勇者の鼻孔をくすぐる。


 なによりこのアングルからなら、勇者が魔王のニヤケ面に嫌気がさして、ほんの少し視線を下げたならダボダボなパジャマでは守りきれない至宝が――


「ふふふふ、なに照れるでない照れるでない。おねぇさんな我が優しくしてやろうではないか。これは思わぬ弱みを握ってしもうたわ。む? もしや勇者お前童――くっ、ギブ! ギ、きゅぅ……」


 危うく絞め殺す寸前で、勇者はそのか細く白い喉から手を離す。


「あまり調子に乗られると対処に困りますね……」


 今度こそ幼稚な魔王が、夢の彼方へ旅立ったと確認し、勇者は不相応に発育した体を抱きかかえ魔王のベッドへと運び、毛布にくるんで縄で縛り、一層深いため息をついた。


 ランプの灯りを今度こそ消して、自身もベッドへと入りようやく目を閉じる。











 勇者が目を閉じどれほどたったか。ようやく意識が緩く解けてきた頃、勇者を呼び戻す声がした。


「……なぁ勇者」


「……縄で縛ったのは喧しいからです。騒ぐようでしたらそのまま湖の底を見てきていただくことになりますよ」


 まっくらな中で、2人は言葉を交わす。


「我とお前が出会って随分たったな。あの日、我とお前が出会った日を――」


「…………魔王様。もう夜も遅いです。私も眠いですから」


「そうか……すまなかったな。おやすみだ勇者よ」


「えぇお休みなさい魔王様」



 夜の帳は深く下り、楽園は静かに眠る。


 平和を望む限り、楽園はいつまでも楽しく豊かにあり続ける。

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