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第4話 魔王と勇者のパジャマパーティ

 ここは果て無き楽園。


 湖からほど近い、天を突くような大樹の根本。その洞にひっそりと間借りするように夜を明かす二人のお話。



「勇者よ。これより|宵闇饗宴≪ダークエンドパジャマパーティ≫を始めようぞ!」


 そう高らかに宣言したのは、ベッドの上に仁王立ちの魔王陛下に他ならない。パジャマのブルーチェックが、見た目だけは聡明で意志の強そうな魔王に爽やかな可愛らしさを添えて、勇者の陰謀によりワンサイズ大きい余り気味の袖は、残念な中身の幼稚さを演出し、トドメとばかりに被った白いボンボン付きのナイトキャップが、鋭いはずの容貌を完璧に中和している。


「くだらないことを言うのは止めてください。日が落ちたら寝るものですよ」


「魔王にそのような常識が通じるものと思うでない! 道理を踏み越えてこその魔王ぞ! さぁ宴だ。飲んで騒いで共に夜を明かそうではないか!」


 どこに隠していたのか、果物をいそいそと広げ始める魔王。


 備蓄用食糧とは別の物であるからして、昼間に姿を見なかったのはこれを集めに行っていたからだろう。


「そのパジャマパーティというのは何なんですか? 寝巻きは用意しましたが……」


 5日前にそんな事を言っていたと勇者も覚えてはいたが、なぁなぁになってあまり気に留めていなかった。


「ククク。無知よな勇者。ものを知らぬお前に教えてやろう」


「いいえ結構です。たった今興味が死滅しました」


「え!? ちょっと聞くのだ。まったくお前はせっかちだな。いかんぞ? そう言うのは大抵損をするのもだ」


「進行形で損をしてるのでわざわざお聞かせ願わなくとも大丈夫です」


「むぅまぁいい。我の|人間≪さる≫にもパジャマパーティが分かるように解説してやろうではないか。心して聞くがいい。


 魔王は所作がいちいち大仰で、そのたびに揺れる金糸がランプの光で淡く光る。


「――え? あぁ言いたいのなら言ってください。話半分に聞くふりをしてますから」


「何をボーっと見て、ってそれ聞いてないじゃないか!? 話半分な上に、聞くふりってもう全然聞く気がないではないか!」


「あんまり長くなるようでしたら、ベッドに入っていいですか?」


「寝る気満々!! 我の話は子守唄かっ!?」


「こうも騒がしくては子供も寝付けませんよ。ちゃっちゃと話して寝てください。」


「むぐぅう……では聞くがいい。パジャマパーティとは!」


 不満げに頬を膨らませながらも話し始める魔王に、勇者は気持ちのこもっていない相づちをする。


「本来ならばその起源から語り、派生と発展にまで話を広げるところだが、今日は簡略しよう。なにせ夜は短いからな」


「その短い夜は睡眠の為にあるのですが……」


「簡単にいえば仲良くなる儀式である! 無防備な寝巻きで、無防備に語らい、無防備に戯れ、無防備に寝る。それが親睦の儀、パジャマパーティなのだ!!」


「……そういうものですか」


「100聞くよりも、1の行動の方が理解に易い。さぁ杯を持て!」


 魔王はどこから不格好な杯を出して勇者に手渡す。

 

 中に注がれたのは果実の搾り汁。勇者の記憶にないもので、魔王手ずから絞ったのであろう。


「宴の始まりだ! カンパイ!」


「……乾杯です」


 コツン。と杯を合わせて、2人は同時にグっと杯を煽り――


「ぶはっ!?」 魔王がすぐに噴き出した。


 かろうじてベッドに零さない配慮のおかげで、勇者のゲンコツを避けられたと魔王は知らないであろう。


「ゴホゴホッ。くぅうううう、酸っぱい!! 酸っぱすぎだ!」


「そうですか? 飲めないほどじゃないですが……子供ですね魔王様」


 勇者は一瞬止まった手を傾け、杯を空にしてみせる。


「ぐぬぬぅ。おのれ小癪な勇者め。しかとその眼に魔王の散り様を焼き付けるがよい」


 酸っぱい果汁の入ったビンを両手で掴み、意気込む魔王。


 濡らした布巾を用意し、魔王の持ってきた果物から口直し用にと渋くない熟れたものを選別する勇者。


「ごふっ!? くぁふ……あ、鼻、鼻に入った痛い! 酸っぱくて痛い!!」


「ほら拭きますから顔向けてください」


「うわっ、ぷ。やめ、自分で、自分で出来るから、むぐ、うぅ」


 勇者はやれやれといった態度で、ゴシゴシと顔が赤らむほど力を入れて拭いてやり、始め抵抗していた魔王も、不満そうな呻き声は聞こえるが大人しく顔を突き出している。


 まるで親子の様でありながら、外見の差がないだけに奇妙な光景である。


「口直しにこれでも食べてくださ――」


 果物を渡そうとした勇者の手が止まる。


 それを不思議そうに見つめる魔王。ぽかんと口を大きく開けて、尊厳も何もない雛鳥顔負けの人任せっぷりである。


「あっ!? 食べた! 我が取ってきたのに!!」


 自分の口に果物を運び咀嚼する勇者に、非難半分期待半分の眼差しを向ける魔王。


「ど、どうだ? 旨いか?」


「そうですね。熟れて甘いです。よく見つけてこれましたね」


「そうか! そうであろうそうであろう! ふふん。なにせ我が見つけてきたのだからな!!」


「果樹林の方は良いですが、深い森の方にはいかないで下さいね。迷子になっても私は探しにいきませんから」


「ふんあんな何もないとこ、頼まれたっていかんわ。どれ、我も味見を――」


「あ、それは――」


 勇者の制止を聞かずに、ひょいと果物を口へ放る魔王。学習というものを知らないのであろうか。


「渋ぅううううううい!! シビシビする!? 勇者ぁ舌が、舌がシビシビするのだ」


「はぁ本当にそそっかしい人ですね」


 

 ドアの隙間から洩れる光はまだ消えそうにない。楽園の夜は始まったばかりである。

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