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第3話 魔王と勇者のマイホーム

 楽園。ここはありとあらゆる娯楽がある場所。


 だが彼らに、家はまだない。


「家を欲しい」


「子供の駄々にしては大きなものをねだりますね魔王様」


「いや違うであろう!? そもそもなんで我がホームレスなのだ!?」


「なんでと言われましても……ここ楽園ですからね。あ、服も脱いじゃってもいいですよ?」


「またかっ!? いいや脱がんぞ。勇者よ、お前は事あるごとに我を脱がそうとしてないか?」


「ふむ。家ですか。遊び道具と違って、ほいと出せるものじゃないですね」


「スルーされたっ!?」


「ベットぐらいならありますよ?」


「え? ならなんで我はここ数日ずっと草の上で寝ていたのだ?」


 まだ髪に草がついているのはそのせいか、と得心がいったようで勇者は頷き、とりあえずその草を取ってやる。


「そうなのですか? てっきり魔王というぐらいですから、寝る必要もないと思いまして……」


「そうか……? いやそうかも知れぬな。うむ! 昼夜共に支配してこそ真の魔王ッ!」


 どこのスイッチが入ったのか、天に拳を突き上げて笑いだす。


 しかしその姿はやはり幼げで、真の魔王の面影は微塵もないのであった。


「では真の魔王陛下は家などと軟弱なものはいらないですよね。そもそも楽園は快適ですから無くたって困らないでしょう?」


 いつものように丸めこめたと、勇者は薄っぺらい笑顔を浮かべる。


「ふふふ……ふはははははは! 甘いぞ勇者よ! なるほどお前の言う通り家のあの要らぬ!」


「いえ、どうしてもと仰るのなら、小さな小屋――――――」


「そう城だ!! 魔王に相応しい居城を打ち立てよ! 勇者が言ったのだ。魔王に家などという軟弱なものは不要。その通りだ。魔王に必要なのは城だ」


 鬼の首を取った勢いではしゃぐ魔王は、勇者の周りをぐるぐると回りだす。


 心なしか勇者の能面も渋い。


「……………魔王様? 言うなればこの楽園そのものが陛下の城に―――――」


「そうだなまず城壁だな。うんと高く、強固なヤツだ。見張り塔は4つ四方におくのだ。我が魔王城の様に堅牢な城になるぞ!」


「私は簡単に入っていけましたが……」


 いつもなら勇者のちゃちゃで勢いを削がれるはずの魔王も、今日は違う。


 誕生日のプレゼントを選ぶ子供のように、朱の瞳を輝かせて満面の笑みだ。


「ぬぐ……、ふん。ともかくだ。城壁はそれでいいな。あとは城だが、大きさはそんなに要らぬ。だが雰囲気というものがなくてはいかんぞ。重厚かつ厳粛な威圧感を秘めてなくてはな」


 ふんぞり返っているがために気付けない。自身の行く末を見ない魔王は、その傲慢さゆえに悲劇の主役になると知りはしない……。


 そうせめて、この時魔王がしかと勇者の顔を見ていれば……その浮かぶ笑顔の不審さに気づいていたならば、運命は避けられたであろう。


 ――――ドスン。


「え? 勇者? これは一体……」


「マサカリです魔王陛下。材料がなければ何もできませんからね。石材の加工は素人には無理ですが、木で組上げるのならばまだ、何とかなるでしょう」


「お、重いぞ!? 勇者よこれは重い。我こんなの持てなっ――――」


「とりあえず一万本ほど必要ですので、今日中によろしくお願いします。私は設計をしていますので、あぁ湖の向こう側と果樹林の方で伐採はしないでください。迷惑ですから」


「ゆ、勇者? なんか怒ってないか? ちょっと待て、あぁ!? 待って、置いてくでない。悪かった。我が悪かった。ちょっと調子乗ってたかも――――」


 マサカリ装備で木こりにジョブチェンジを果たした魔王に、一瞥もくれずに勇者は立ち去ってしまう。


「勇者のバカっ! アホー!! 見てろよ。我が一万本と言わず十万、いや百万、ふはは、この楽園中の木という木を切りつくしてくれるわ! 魔王である我に破壊を任せたことを後で悔いるがいい!!」


 魔王は進軍する。その堂々たる背中は、引きずるマサカリすらなければ王者の背中であっただろう。






「うぐ……えっぐ……、勇者ー! どこだー! 我が悪かった。ごめんなさいするから出てきてくれー……ひっく、勇者ぁ……」


 とっぷりと日が暮れた湖のほとり。


 切り株のテーブルへ戻ってきた魔王は、出かけた時の威勢はどこへやら、目元を赤く腫らしてまるで迷子の童のようである。


「うぅう……一人は嫌じゃぁ」


 落ちれば落ちるものである。二人しかいないこの楽園の特殊性がそうさせるのか、はたまた別の要因か。


 しかしどちらにしても、かつての魔王が今の在り様を見たのなら、嘆きも悲しみもなく静かに怒り狂うこと間違いなし。それほどまでの凋落ぶりである。


「はぁ……全くこんな時間まで何をしておられるのですか陛下」


「ゆ、勇者!? おぉ勇者よ。なんだなんだ。いったいどこへ行っていたのだ。その、なんだ、まったく勇者はそそっかしいな!」


 たっぷり溜めた涙がこぼれる前にぐしぐしと袖口で拭いて、威勢を取り戻す。


「流石にいつまでも野晒しというのもアレですからね。せめてねぐらだけでも用意してたんですよ」


「え? でも、えっとだな、その……我、実は木、切ってこれなくて……」


「何言ってるんです魔王様。貴女に一本だって切れっこないでしょう。それぐらい私にもわかりますよ。馬鹿にしてるんですか?」


 まったく心外だとばかりに憤る勇者。


 理不尽に動揺する魔王。


「ならなんであんなこと……我頑張ってたのに!!」


「ウザかったんで、嫌がらせです」


「なっ!? 酷い。勇者よあんまりじゃないか!」


「どのみち一本も切れてないのでしょう? 私でも一本切るのに苦労しましたから」


「……………………のだ」


 顔を赤くして俯く魔王。恥じらう乙女の様である。


「え? なんと?」


「マサカリが重くて持ち上がらなかったと言ったのだ!!」


 魔界にその人ありと謳われた魔王は、今や木の一本も切れない少女である。


「そうですか……思ってたより酷いですね魔王。まぁいいです。勇者としては魔王が弱いことに不満はありませんから」


 勇者は怒り出しそうな魔王の頭に手を載せて、不器用にぐしぐしと撫でまわす。


「ぬぁ!? うわぁっ、やめ、勇者よ。我の頭を撫でるでないわぁ」


「良いんですよ魔王様。ま、とりあえず家へ行きましょうか」


 流れる金髪をぐしゃぐしゃにしたのを確認して、勇者は満足そうにうなずき、そう言った。


 この後、魔王が騒いだのは言うまでもない。






「家と言っても材用も碌にないですからね。寝床として我慢して貰わないとけませんが……」


 勇者が魔王を案内したのは、切り株より湖を挟んでちょうど対岸の森。楽園で一番大きな巨木である。

「木か? 我に猿のように暮せと……? まさかまだ怒って」


 道中何があったのか、髪を一層ぼっさぼさにした魔王が不満を隠そうともしない。


「どちらかと言えば、栗鼠ですね。以前にこの木に大きな洞が開いてるのを見つけたので、簡単に整地してドアを付けただけですが……」


 楽園一の名に恥じない巨大な木であり、見上げてもそのてっぺんを捉える事は出来ず、木の裏手へまわるとそこへは丁度、魔王の背の高さほどの木製のドアが取り付けてあった。


「また城だのと文句を言うようならすぐに叩き出し――――」


 勇者の言葉も聞かず魔王をドアを開け放ち、中へ入ってしまう。


 狭い。けれど木の中にしては十分な広さ、ベットが一つとテーブルを置いて若干のスペースがある。


 それと上に取り付けられたランプの暖かな光が、木の温もりとあいまって中々の雰囲気である。


「すごいっ! なんか秘密基地みたいでかっこいいなっ!! あっ! ……コホン。まぁなんだ勇者よ、我は寛大だからな我慢してやるにやぶさかではないな。うんうん」


「そ、そうですか。お褒めにあずかり光栄です」


 ドアとテーブルは切り株のテーブルを拵えるときに切った木で、勇者が作ったものであり、褒められて少し気恥ずかしそうである。


「では、私はこれで――――」


「何を言っているのだ勇者よ! お前もここで暮すのだ!」


 退出しようとした勇者の手を魔王が掴む。


「いや、しかし……そもそもベットが」


「なに、もう一つ入るスペースがあるではないか。早く持ってくるがよい」


 ふふん、と得意げな魔王。


 よせばいいのに勇者は振り向いてしまう。勇者であるが故に勇者は振り向く。それが何をもたらすか知っているのに……。


 そうせめて、振り向き様に魔王の頭をぐりぐりと撫でまわしてやったなら、結末は変わっただろう。


「さぁパジャマパーティをするぞ勇者っ!!」


 満面の笑みを浮かべる魔王。その意志の強い風貌にまるで似合わない柔和な笑顔。純真無垢な子供の顔だった。


「………魔王がそういうのでしたら、私はそうしましょう」


 勇者も笑う。魔王が浮かべるそれとは違うとしても、勇者は笑っている。



 今日も楽園は平和である。

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