表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/1

届かないトス

体育館の天井は高い。


 けれど私の上げたトスは、いつも理想の場所に届かなかった。


 放課後の体育館に響くボールの音。


 仲間たちの掛け声。


 監督の笛の音。


 私は誰よりも練習した。


 朝は早く登校してサーブ練習をした。昼休みは一人でレシーブを繰り返した。家に帰ってからも筋トレを続けた。


 それでもレギュラーにはなれなかった。


 同じ学年の真央は違った。


 背が高くて、ジャンプ力もある。ボールへの感覚も鋭く、少し教えられただけですぐにできるようになる。


 監督はいつも真央を褒めていた。


 私はずっと信じていた。


 努力すればきっと報われる、と。


 でも現実は違った。


 どれだけ頑張っても追いつけない相手がいる。


 どれだけ必死になっても埋まらない差がある。


 そして、それは恋も同じだった。


 私が好きだったのは、男子バレー部のエースだった。


 陽介先輩。


 コートの上では誰よりも輝いて見えた。


 試合中の真剣な横顔を見るたびに胸が苦しくなった。


 もっと上手くなれば。


 もっとかわいくなれば。


 もっと頑張れば。


 いつか振り向いてもらえるかもしれない。


 そんな期待を抱いていた。


 だけどある日、見てしまった。


 陽介先輩が真央と並んで歩いている姿を。


 二人は笑い合っていた。


 まるでお似合いだった。


 私はその場から動けなかった。


 胸の奥がじんわり痛んだ。


 バレーもうまくいかない。


 恋愛もうまくいかない。


 いくら努力したって無駄なんじゃないか。


 結局は実力が大切なのかもしれない。


 才能のある人が選ばれる。


 魅力のある人が愛される。


 私は何者にもなれない。


 そう思った。


 夏の大会前日。


 私は一人で体育館に残っていた。


 ボールを抱えたまま、暗いコートの真ん中に座り込む。


 涙が出そうだった。


 その時だった。


「まだ帰らないの?」


 振り向くと真央が立っていた。


「別に」


「嘘つき」


 真央は苦笑した。


「そんな顔してる人が別にって言うわけないじゃん」


 私は思わず笑った。


 情けない笑いだった。


 そして気づけば、全部話していた。


 レギュラーになれないこと。


 自分の才能のなさ。


 陽介先輩のこと。


 真央への嫉妬。


 全部。


 真央は黙って聞いていた。


 話し終わると、少しだけ考え込んで言った。


「確かに才能ってあると思う」


 胸が痛くなった。


「でもね」


 真央はゆっくり続けた。


「私、ずっと羨ましかった」


「え?」


「だってあんた、絶対に諦めないじゃん」


 私は言葉を失った。


「ミスしても何回でも立ち上がるし、誰よりも練習してるし。私にはそれができない時もある」


 夕日が窓から差し込み、体育館の床を橙色に染めていた。


「努力が全部報われるわけじゃないよ」


 真央は言った。


「でも、努力した人にしか見えない景色はあると思う」


 その言葉が胸の奥に静かに落ちていった。


 翌日の大会。


 私はベンチからのスタートだった。


 結局、最後までレギュラーにはなれなかった。


 試合も負けた。


 悔しかった。


 苦しかった。


 だけど、不思議と前を向けていた。


 才能はある。


 実力も大切だ。


 それはきっと事実だ。


 でも、だからといって努力が無駄になるわけじゃない。


 報われなかった恋も。


 届かなかったトスも。


 流した涙も。


 きっと全部、自分の一部になる。


 試合後、体育館の外へ出る。


 夏空はどこまでも青かった。


 私は深く息を吸う。


 恋は叶わないかもしれない。


 バレーでも成功できないかもしれない。


 それでも。


 もう少しだけ頑張ってみようと思った。


 空を見上げると、高すぎると思っていた天井の向こうに、少しだけ未来が見えた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ