届かないトス
体育館の天井は高い。
けれど私の上げたトスは、いつも理想の場所に届かなかった。
放課後の体育館に響くボールの音。
仲間たちの掛け声。
監督の笛の音。
私は誰よりも練習した。
朝は早く登校してサーブ練習をした。昼休みは一人でレシーブを繰り返した。家に帰ってからも筋トレを続けた。
それでもレギュラーにはなれなかった。
同じ学年の真央は違った。
背が高くて、ジャンプ力もある。ボールへの感覚も鋭く、少し教えられただけですぐにできるようになる。
監督はいつも真央を褒めていた。
私はずっと信じていた。
努力すればきっと報われる、と。
でも現実は違った。
どれだけ頑張っても追いつけない相手がいる。
どれだけ必死になっても埋まらない差がある。
そして、それは恋も同じだった。
私が好きだったのは、男子バレー部のエースだった。
陽介先輩。
コートの上では誰よりも輝いて見えた。
試合中の真剣な横顔を見るたびに胸が苦しくなった。
もっと上手くなれば。
もっとかわいくなれば。
もっと頑張れば。
いつか振り向いてもらえるかもしれない。
そんな期待を抱いていた。
だけどある日、見てしまった。
陽介先輩が真央と並んで歩いている姿を。
二人は笑い合っていた。
まるでお似合いだった。
私はその場から動けなかった。
胸の奥がじんわり痛んだ。
バレーもうまくいかない。
恋愛もうまくいかない。
いくら努力したって無駄なんじゃないか。
結局は実力が大切なのかもしれない。
才能のある人が選ばれる。
魅力のある人が愛される。
私は何者にもなれない。
そう思った。
夏の大会前日。
私は一人で体育館に残っていた。
ボールを抱えたまま、暗いコートの真ん中に座り込む。
涙が出そうだった。
その時だった。
「まだ帰らないの?」
振り向くと真央が立っていた。
「別に」
「嘘つき」
真央は苦笑した。
「そんな顔してる人が別にって言うわけないじゃん」
私は思わず笑った。
情けない笑いだった。
そして気づけば、全部話していた。
レギュラーになれないこと。
自分の才能のなさ。
陽介先輩のこと。
真央への嫉妬。
全部。
真央は黙って聞いていた。
話し終わると、少しだけ考え込んで言った。
「確かに才能ってあると思う」
胸が痛くなった。
「でもね」
真央はゆっくり続けた。
「私、ずっと羨ましかった」
「え?」
「だってあんた、絶対に諦めないじゃん」
私は言葉を失った。
「ミスしても何回でも立ち上がるし、誰よりも練習してるし。私にはそれができない時もある」
夕日が窓から差し込み、体育館の床を橙色に染めていた。
「努力が全部報われるわけじゃないよ」
真央は言った。
「でも、努力した人にしか見えない景色はあると思う」
その言葉が胸の奥に静かに落ちていった。
翌日の大会。
私はベンチからのスタートだった。
結局、最後までレギュラーにはなれなかった。
試合も負けた。
悔しかった。
苦しかった。
だけど、不思議と前を向けていた。
才能はある。
実力も大切だ。
それはきっと事実だ。
でも、だからといって努力が無駄になるわけじゃない。
報われなかった恋も。
届かなかったトスも。
流した涙も。
きっと全部、自分の一部になる。
試合後、体育館の外へ出る。
夏空はどこまでも青かった。
私は深く息を吸う。
恋は叶わないかもしれない。
バレーでも成功できないかもしれない。
それでも。
もう少しだけ頑張ってみようと思った。
空を見上げると、高すぎると思っていた天井の向こうに、少しだけ未来が見えた気がした。




