表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

皿に転生した俺、女子高生に使われて毎日がブレイクファスト

作者: 秋犬
掲載日:2026/04/24

 気がついたら皿になっていた。


 洗われてかごに置かれている俺は、何故皿なんかになっているのかうんと考えた。台所の電気が消えてから夜中考えて、そうしてようやく前世の記憶をたぐり寄せた。確か俺は警備員をやっていて、それで夜勤明けに帰ろうとしたら上から飛び降り自殺志願者が降ってきたんだ。大声に気がついて上を見上げたら人が降ってきていた。あれ避けるの無理ゲーだろ。


 そういうわけで、気がついたら俺は皿になっていた。前世の俺は、おそらく死んでいるのだろう。死んだ俺を可哀想に思った女神様か何かが俺を哀れんでこうして皿に転生させてしまったわけだ。しかし、何故皿なのか。皿になって何のいいことがあるのか。前世がぺっちゃんこで終わったから皿なのか。不謹慎にもほどがあるだろう。そんな風に俺が悶々としているうちに、朝が来たようだった。


 俺の所有者は中年のババアだった。ババアは言い過ぎか、フルタイム正社員の中堅おばさんって感じだ。おそらく他の皿の量を考えると、この家には他に家族がいる。俺は他の皿とコミュニケーションをとれないか試みたが、ただの皿は無力だった。


「ほら、さっさと朝ご飯食べちゃいな」


 おばさん、いやおそらくお母さんが俺を手にした。そして俺の上に熱々のトーストと目玉焼きを乗せる。俺は悲鳴を上げそうになったが、皿なので声も手も足も出なかった。皿の上に何かあると、俺の視界は一切が途絶える。真っ暗でただ熱いパンと目玉焼きに押しつぶされて、俺の皿の人生(皿生?)は前途多難に思えた。


「はぁい」


 朝食を乗せられた俺はそのままテーブルに運ばれた。返事をしたのは若い女の声であった。畜生、目玉焼きが邪魔で女の顔が見えねえ。何が目玉だ、見えもしないくせに黄身ばかりでっかい食いもんの分際で俺の邪魔をするんじゃねえ。


「ミクル、塾の模試の日程決まったの?」

「うん、ゴールデンウィーク明けだって」


 俺を使っているのはミクルという女らしい。ミクルは目玉焼きに醤油をかけて、黄身をほじっているようだ。白身も一緒に食ってくれ、頼む。


「じゃあ、島根のおじさんは一緒に行く?」

「うん、行こうかな。出雲大社、行きたいし」

「あら、好きな人でも出来たの?」

「歴史の勉強! 別に縁結びとか興味ないし!」


 俺の上で女子力がカンストしてる会話が飛び交っている。女って普段からこういう会話をしているのか。前世では生身の女に全く縁がないからわからなかった。


「あれほら、ぜんざいとか食べたいし!」

「いいわね。お父さんにおいしいお店調べてもらおうね」


 おいミクル、ぜんざいはどうでもいいから目の前の目玉焼きを片付けやがれ。そんでトーストも食って、俺に顔を見せろ。これで不細工だったら承知しねえぞ。


「ほらバスの時間、とっとと食べちゃいなさい!」

「はぁい!」


 ミクルの食べるスピードが上がった。どっかのクイズ番組みたいに俺の視界はどんどん開けていって、そしてようやく俺はミクルの顔を拝むことが出来た。


 超かわいい。


 会話の内容からJKであることは何となく察しがついていたけれど、ミクルは俺から見れば超絶美少女であった。白い肌、すっと流れるような黒くて長い髪、お嬢様らしい高校の制服。ほのかに香るいい匂い。俺は転生で大当たりを引いたかもしれない。


「はいお皿、行って来ます!」


 ミクルは俺を流しに置いて行ってしまった。元気な子だなあ。俺は朝食一回目でミクルを好きになってしまった。


***


 その日から、俺の薔薇色の皿生は始まった。朝はミクルの朝食用プレート、夜はおかずを乗せる皿と俺は活躍した。そして皿の幸せについて考えるようになった。


 どうやら皿というのは、料理が乗っているとこの上なく嬉しいようだ。俺も最初は熱々の料理を乗せられてビビっていたが、慣れてくるとその熱さがたまらない。俺の上に乗せられた料理が次々と人間の口に入っていくのが楽しくて仕方ない。俺も役に立っているのだ、という実感が皿一杯に広がってじんわりと温かくなるのだ。


 俺が皿生を送るうちに、この家族の構成がわかってきた。まずはお父さん。島根出身のリーマンで、家族の要だ。冴えない顔をしているが、稼ぎはそこそこあるようだ。俺もこんな男になりたかった。次にお母さん。昼間は仕事に行ってるが、夕方にはきちんと帰ってきて家族の夕飯を作る。かっこいいお母さんだ。そして子供は二人。でもこの家にはJKのミクルしかいない。どうやら「サクラお姉ちゃん」がもうひとりいるらしいが、サクラが何をやっているのかまで俺は把握できなかった。


 でも、俺はミクルに使われるのが好きだから他のことはあまり気にならなかった。ミクルが俺で目玉焼きを食って、トーストにジャムを塗ってくれればそれでよかった。そして朝食を完食して、ミクルの顔が見えると俺はとても嬉しい。皿冥利に尽きる、とでもいうのだろうか。俺は明るくて元気なミクルが好きだった。


***


 ある日の昼のことだ。俺のことをすっかり気に入ったミクルが俺を取り出して、白飯を俺に乗せた。俺はパンでも飯でも何でもOKの節操なしだから、これからミクルが俺を使って食事をしてくれるのが嬉しかった。俺はパスタでも何でも行けるぜ……!


 あ、ミクルの奴レトルトのカレーをかけてきた! 熱い! でもそれが嬉しい! ミクルが俺の上で飯とカレーをかき混ぜてる! ひいいい! スプーンで俺の表面を撫でている! 飯とカレーが混ざって、俺とミクルの間もかき回されてるうう!!


 はあはあ、皿ってこんなに幸せなのか。ただJKがカレー食ってるだけなのに、なんでこんなに幸せなんだ! このカレーは何だ!? 無印のなんかよくわからないカレーだな!? JKらしいぜ。無印のカレーを食うJK。前世の俺にはとんと縁のなかった存在だ。俺は皿に生まれて本当によかった。


 うくううう!? ミクルの奴、まだ俺をスプーンで撫で回しやがる。やめ、そこはまだご飯がついてるだろ……カレーが、ああ、カレーがそぎ取られて、あ、ああああ!


 俺がカレーと飯で悶えていると、ミクルの顔が見えてきた。ちょっとだけ口にカレーをつけた、かわいい顔だ。この顔を独り占めできるのも、皿の特権だ。


 おいおいミクル、なんで辺りを気にしてるんだ? 俺を台所に運ぶんじゃ……。


 おおおおおおおっ!!


 こらミクル、JKにもなって皿に残ったカレーを、舐めるな!!


 あ、ああああ、舌が、ミクルの舌が、お、おおおおっ、こ、これは!


 俺は、皿だ! 皿の意識をしっかり持て! ミクル、舐めるな! 行儀が悪いだろう! 誰だって誰も見てなきゃ皿くらい舐めるかもしれないけどな、皿が見てるんだよ! 俺が、ミクルのはしたないところを、おおおおお……うう、見てるんだから、残ったカレーは勿体ないけど洗い流すか拭き取ってくれ! だけど皿は……皿はとても幸せだ!!!


 全部カレーを舐め取ったミクルは、早速台所で俺を洗ってくれた。ミクルの舌に蹂躙された俺にスポンジの滑らかな感触が心地よかった。俺とスプーンを洗いかごに入れて、ミクルはどこかに行ってしまった。俺は皿に生まれ変わって心底よかったと思った。皿、万歳! 皿、万歳! ああ、俺に両手がないのがもどかしい!!


***


 季節が巡り、再び春の気配が訪れた。テレビの中継では梅の花が見頃だ、とか言っている。相変わらず俺はミクルの朝食に使われていた。最近ミクルはホット豆乳を朝に飲むのがお気に入りらしい。ピンクの熊のマグカップと俺の組み合わせがここ最近のトレンドだ。


「サクラがね、就職前にしばらく帰ってこようかなだって」

「へえ、いつ?」

「お友達と卒業旅行行ったらって言ってたから、まだ先みたいだけど」

「じゃあ、お姉ちゃんの部屋片付けなきゃ」

「また勝手にサクラの服着てたんでしょ。怒るわよそろそろ」

「大丈夫だよ~」


 俺も女子力満開のトークに慣れた。ほのぼのした会話の中で、ミクルは俺に乗っているトーストをかじり、豆乳を飲み干す。皿にとっては、いつもの日常だ。


「ごちそうさま」


 ミクルはいつものように俺を台所に下げようとして、そして手を滑らせた。


「あっ」


 俺はミクルの手を離れ、床に向かって落ちていった。皿に落下を抗う術はない。瞬間的に、俺に前世の記憶が蘇った。俺の上に自殺志願者が落ちてきて、それで俺は死んだんだ。俺は死ぬのか? 死んだら、どうなるんだ? 俺はもうすっかりこの家の一員なのに。


 ミクルの大学入試はどうなるんだ?

 お父さんとお母さんの銀婚式は?

 島根の実家の庭木の剪定は?

 サクラの就職祝いは?


 なあ、俺はこの家族を見届けたいんだよ。ミクル、お前何してくれてるんだよ。俺が割れたら、俺はこの家にいれなくなるんだぞ。どうしてくれるんだ。


 そして俺は床にぶつかった。俺は勝手に俺自身が砕け散るところを想像していたけれど、俺は床にぶつかってぱたりとそのままの形を保っていた。


「あーほら、気をつけないから!」

「ごめんごめん」


 お母さんが怒って俺を取り上げて、流しに置いた。ミクルは謝りながら学校へ行ってしまった。俺は落ちても砕けなかった俺自身に驚いていた。俺はお母さんに洗われて、そうしてまた流しカゴに放置された。


 一体何故、俺は割れなかったのか。それを考えているうちに、俺は死ぬ瞬間のことを思い出した。


『せめて落ちてきても死なない身体だったら』


 そんなことを強く望んだのを思い出して、俺はあっと叫びそうになった。しかし皿だから声などあげなかった。俺は確かに望み通りの身体に転生できたんだ。落ちても死なない、最強の身体に。


 その日の夕方、俺の隣に新しい白いボウルが洗われて置かれていた。


「ちょっと。もう白い皿はいいんじゃないの」

「だって、せっかくもらえるのに勿体ないじゃない」


 俺は、俺と同じ素材の白いボウルに親近感を覚えた。おそらく、このボウルも落としても割れないのだろう。そして毎年、俺の仲間は増えていくのだろう。もしかしたらミクルもそのうち俺のことを使わなくなるかもしれない。それでも、俺はこの家の一員だ。新しく増えた仲間たちと一緒に、残りの長い皿生を送ってやるよ。


 ありがとう、春のパンまつり。


〈了〉

お読みくださりありがとうございました!

よろしければ評価、感想等いただけると励みになります!

2026年のパンまつりも残りわずかとなっていますので、お皿の交換などは早めに行いましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ