第二話:がいぶまねーじゃーってなにやるにぇ?
「みこの私生活は、がいぶまねーじゃーが管理するにぇ!」
みこちの宣言から数日。
俺は送迎、差し入れ、家事などを担当する外部マネージャーとして、みこちの私生活を支える日々を送っていた。
ホロライブの公式マネージャー・神楽坂さんは、みこちのVtuber活動を支える冷静で有能な人物。
俺とは定期的に連携の打ち合わせをしているが――そのやり取りは、極めて事務的だった。
「明日の収録は13時入りです。送迎は12時半でお願いします」
「了解です。差し入れは甘い系で?」
「はい。昨日は塩系で不機嫌でしたので」
言葉数は少ないが、意思疎通は完璧。
まさに“阿吽の呼吸”。
だが、それがみこちには気に入らなかった。
「なんか…がいぶまねーじゃーと神楽坂さん、仲良すぎなのにぇ…」
「いや、仲良いっていうか、仕事の話しかしてないよ」
「みこ、置いてけぼりなのにぇ…」
みこちは頬を膨らませ、たい焼きをもぐもぐしながら拗ねていた。
「何か…お詫びに作ってあげようかな」
とはいえ、俺の料理スキルは“簡単な料理が作れる程度”。
卵焼き、味噌汁、炒め物くらいならなんとかなるが、みこちが喜ぶような“映える料理”は無理だった。
そこで俺は、休日に料理教室へ通うことを決意した。
料理教室初日。
エプロン姿の俺は、緊張しながら包丁を握っていた。
「今日は、ふわとろオムライスを作ってみましょう」
講師の声に従い、卵を割ろうとしたその瞬間――
隣の席から、聞き覚えのある声がした。
「卵は常温に戻しておくと、焼きムラが減りますよ」
振り向くと、そこには神楽坂さんがいた。
「……えっ!?神楽坂さん!?」
「……あら。あなたも?」
お互い、ここに通っていることを知らなかった。
完全な偶然。
だが、驚きは隠せなかった。
神楽坂さんは、いつも通り落ち着いた表情で卵を割っていた。
エプロン姿も手際も完璧で、まるで料理番組の出演者のようだった。
俺は思った。
「みこちのマネージャー業務だけじゃなく、私生活のスキルまで磨いてるのか…さすがだな」
そして、ふと気づいた。
彼女の手元には、花柄のレシピノート。
ページの端には「家庭料理・基礎編」「おもてなしメニュー」などの文字が見えた。
――花嫁修業。
その言葉が、自然と頭に浮かんだ。
神楽坂さんは何も言わなかったが、料理教室に通う理由は、きっとそういうことなのだろう。
俺は、卵を割りながらそっと背筋を伸ばした。
その日の夕方。
料理教室の窓の外――植木の陰から、サングラスと帽子の女性がこちらを覗いていた。
「……みこち?」
俺が外に出ると、みこちは慌てて隠れようとしたが、たい焼きの袋が風で飛ばされてバレた。
「みこ、尾行してたわけじゃないにぇ!ただ…がいぶまねーじゃーが密会してるかもって…!」
「密会って…誰と?」
「神楽坂さんとか…」
「いやいや、そんなわけ…」
そのとき、植木の陰からもう一人、サングラス姿の女性が現れた。
「……すいちゃん!?」
「みこちに“ちょっとだけ付き合って”って言われて…まさか外部マネージャーを尾行するとは…」
すいせいは肩をすくめて笑った。
そのとき、料理教室のドアが開いた。
「お疲れ様です。次の回、私も参加します」
そこに立っていたのは――神楽坂さんだった。
みこちは目を見開き、叫んだ。
「やっぱり密会なのにぇ!!みこも料理教室にいくにぇ!!すいちゃんもいくにぇ!!」
翌週――
「なんで私まで巻き込まれてるの…」
すいせいはエプロン姿で、卵を割りながらぼやいていた。
「すいちゃん、オムライスは“みこちのため”に作るにぇ!」
「みこち、あなたが一番料理できないのに…」
こうして、料理教室は“ホロライブ私生活強化部”のような空間へと変貌していった。
俺は思った。
「外部マネージャーって…なんか、思ってたのと違う…」
でも、みこちが笑ってくれるなら、それでいいか――
そう思えるようになっていた。




