第一話:たい焼きと身バレと雇用宣言
夕暮れの商店街。
肌寒い風が吹く中、たい焼き屋の湯気だけが、ほっとする温もりを漂わせていた。
俺はその屋台の前で立ち尽くし、財布を握りしめたまま、葛藤していた。
「みこち…デブチ…みこち…デブチ…なら、僕も食べても悪くないよね~」
誰に言うでもなく、ただ自分への言い訳として呟いたその瞬間――
「みこ!!デブチじゃないもん!!」
突然、背後から鋭いツッコミが飛んできた。
振り返ると、キャップにマスク、サングラスという完全防備の女性が立っていた。
「えっ…今の…みこち…?」
「ち、違うにぇ!みこじゃないにぇ!ただのたい焼き好きの通行人だにぇ…!」
声も、語尾も、反応も、どう考えても“みこち”だった。
俺が呆然としていると、彼女はスマホを取り出し、震える指で画面を操作する。
「すいちゃん!!助けてなのにぇ!!」
その一言で、確信に変わった。
その後、俺はたい焼きをみこちにごちそうし、なぜかノリでツーショット写真まで撮ってしまった。
それが“完全なる身バレ証拠”だと気づいたみこちは、俺の腕を掴み、強引に連れて行った。
向かった先は――都内のとあるビル。
ホロライブ事務所だった。
自動ドアが静かに開き、俺とみこちはエントランスに足を踏み入れる。
受付前には、腕を組み、足を肩幅に開いて仁王立ちする女性がいた。
「私、起こってます」オーラを全身から放つその人は――星街すいせいだった。
「みこち。まず一言だけ言わせて」
「……はいにぇ……」
「なんでツーショット撮ったの?」
「ノリで……つい……」
「ノリで写真撮って、身バレの証拠を自分で渡すアイドル、聞いたことないから」
みこちは小さくなりながら、俺の後ろに隠れた。
俺は、なぜか逃げられない空気を感じながら、たい焼きの袋を握りしめていた。
応接室に通された俺は、目の前のメンバーに圧倒されていた。
・法務部のスーツ姿の女性
・腕を組んで仁王立ちする星街すいせい
・椅子に座っても落ち着かないさくらみこ
・そして、冷静に議事を進めるマネージャー
話題は「機密契約」と「補償」についてだった。
「今回の件は、みこさんのプライベートが第三者に露出した可能性があるため、機密保持契約をお願いしたいと思います」
法務部の女性が淡々と説明する。
「補償については…」
「たい焼き屋でちょっと声をかけられただけで、補償なんて…」
俺は即答した。
「……承知しました。それでは、契約書の記入をお願いします」
法務部の女性が書類を差し出す。
俺はペンを持ち、必要事項を埋めていく。
名前、住所、連絡先――そして、職業欄。
少し迷ってから、俺はそこに一言だけ書いた。
職業:無職
みこちがそれを覗き込み、目を丸くした。
「えっ!?無職なの!?じゃあ…じゃあ…」
みこちは椅子から立ち上がり、両手をバンザイした。
「なら、機密契約ついでに雇えばいいのにぇ!!」
「えっ、ホロライブにですか?」
「そうにぇ!!」
マネージャーが苦笑しながら首を振る。
「残念ながら、今は雇用枠がありません」
「じゃあ、みこが個人的に雇うにぇ!!」
応接室が一瞬静まり返った。
「……え?」
「みこが雇うにぇ!まねーじゃーとして!みこのたい焼きとか、いろいろ管理してもらうにぇ!」
すいせいが額を押さえながらつぶやいた。
「みこち、また変なこと始めたね…」
こうして、俺はホロライブの“個人雇用”枠として、さくらみこの専属外部マネージャー(仮)として採用されることになった。
このあと、俺とみこち、そして星街すいせいをはじめとするホロメンたちを巻き込んだ、前代未聞のドタバタ劇が始まる――。




