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蟲の魔法使いは吸血鬼と恋をする  作者: 帯川 葬


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9/12

呪いの源

 

 はやく────!


 冷たく固い玉虫色をした石のタイルの上を慌ただしく駆ける音が廊下に響く。


 はやくしないと────!


 そこはクレイン魔法学園のまだ開放されていない区域────本校舎。


 呪いを解かないと────!


 城のような造りをしたその本校舎を走るフィーがここまで焦る理由。それは一つ────。


 このままでは、人が死んでしまう────と。


 ルインが死ぬではなく、人が死ぬ────。

 そう表現したのは他でもない。ルインの中に潜む影をフィーが少なからず見抜いていたからだった。


 フィーは自分の過去を思い返す。

 あれは恐ろしい記憶。今思い出しても怖気が奔るほどの恐怖が刻まれたあの日の────。


 フィーの生まれは亜人の国・アーデロイヴ。その【夜世界】を支配する吸血鬼王の4女だった。


 そこでのフィーの扱いを一言で言うなら”箱入り娘”。

 アーデロイヴ【夜世界】を支配する王の娘として、単なる親バカの娘として。そして────圧倒的規格外の魔力を持つ子として。それはそれは大切に扱わていた。


 朝、ばあやに起こされ。テーブルいっぱいの朝ご飯を三口ほど頬張り。午前の座学の授業はほとんど寝て過ごし。午後の実技は圧倒的な成績を残し父と母に褒められる。フィーはその生活に満足していた。いや、その生活しか知らなかった。


 しかし、それが崩れたのは15歳の誕生日の夜。たった一人の、人族(ヒューマン)によって夜の帝国は一夜にして滅びた。


 その人族(ヒューマン)は闇を編んだような漆黒のローブを纏い、単身で城に侵入。そして城の衛兵をすべて殺害し、やがて父のもとへ。


 フィーには何も分からなかった。玉座のある大広間で父とその男が戦うのを柱の影に隠れていることしかできなかった。フィーにはなにも────。

 ただ、そこにあったのは夜の王である父の敗北。ただ、それだけだった。


 人族(ヒューマン)は骨と肉の魔法を使っていた。巨大な骨が貫き、大質量の肉が押しつぶす。そんな美しさの欠片もない力を行使する”バケモノ”。そんなバケモノと同じ気配のする力を行使する少年がある日、フィーの前に現れた。


 夜の世界を追われ、奴隷となったフィーが。牢屋の中で朦朧とする意識の中で見たその力は。父を殺したあの男と同じ────。皮膚がビリビリと警鐘を鳴らすような。逃げ出したくなるような恐怖を植え付けるあの力と同じで。

 その力をもし、こんなところで無差別に放とうものなら、どれだけ死ぬかわからない────と。


「ほんとにこっちであってるんでしょうね!!」

「見えてます見えてます!この上にきっといます!!」


 長い廊下を抜けたフィーたちは、校舎に併設されている高い時計塔。その頂上へと続く階段を上っていた。


「そもそも、呪いが見えるってどんな風によ!!」

「空気中に黒い煙みたいなのが道しるべみたいに漂っているんです!!そこを辿れば呪いの発生源にたどり着くわけですよ!!」

「変なの!!」

「うるさいですね!!」

「それで、あと、どのくらい?」


 長い螺旋階段に痺れを切らしたフィーの問いに、マグは息も絶え絶えになりながら答える。


「もう、すぐそこ……です!」


 階段を登り切ったそこは時計台の頂上。クレイン魔法学園本校舎の最上階。

 あるのは四つ角に設置された白い柱と背の低い柵だけ。風がビュウビュウと吹き抜けるその場所に一人の男の影があった。


「あなたね────!呪いをかけた犯人は!!」


 リンがビシッと指をさす。その影は、闘技場に向けていた視線をゆっくりとフィーたちへと移す。


「ええそうですよ。私がやりました。」


 振り向いたその男にフィーは見覚えがあった。

 こけた頬、大きな目の下のクマ、ナナフシのように細く長い四肢。それは剣術試験のとき見た、ルインと自分の試験を担当した試験官だ。


 しかし何故────?


 フィーに一つの疑問が生まれた。


 恥をかかされた。その程度でここまでの復讐を計画するか?と。


 しかしその疑問はすぐに解消される。


「なぜ!!あいつ、魔法が使えなくて今にも死にそうなのよ!!」


 リンが激昂する。

 それに触発されたように男は顔に血管を浮かばせて声を張り上げる。


「お前らのせいだろ!!お前らが私に恥をかかせたせいで()()()()()()んだ!!」


 男の怒声にリンはフィーを見たあと、不思議そうに問う。


「試験に落ちたって、誰の話よ。」

「私だ!!お前たち受験生は知らないだろうが試験官にも採用試験があったんだよ!!技能、知力、そして対応力すべてを見るテストがな!!それに受かれば……受かっていれば教師として花々しくデビューできるはずだったんだよ!!!それなのにお前らがそれを……絶対に許すわけにはいかないんですよ!!」


 男に込み上げる怒り。そして男は勢いよく両腕を開いたかと思うと、そのまま手のひらから緑色のネバついた液体を放出した。


「きゃっ!!」

「おわぁ!!」

「────っ!!」


 リンとフィーはそれを避ける。しかし、


「マグ!!あんた平気!?」

「ええ……ですが魔力回路が乱されています。おそらく、ルインくんが喰らったものと同じ呪いかと……。」


 頭から粘液をかぶったマグは苦しそうに膝をつく。


「なら……大人しくそこで観戦していなさい!!煉獄剣(ヴァーンカリバー)!!」


 瞬時にマグは戦闘不能状態と判断したリンは螺旋を描く炎の剣で男に突進。

 魔法で補正していない分、動きは遅い。しかし、肌に伝わるジリジリとした熱気から分かるその炎魔法で作られた剣の破壊力。


 避けねば死────。それを意味する攻撃にフィーは相手の次の回避行動を予測し、どの方向にも対応できるように極小の魔力の球を手元に生成。


 だが、フィーの予想に反して男は、


「ふっ、ははははははははは!!!来い!!!!」


 ────避けない!?


「調子っ、乗るんじゃないわよ!!」

「お前がな。」


 フィーでさえ、回避を前提とするような一撃をその男はあろうことか素手、しかも片手で受け止める。


「なっ!!」

「出直してきなさい。」


 男は剣を受け止めた腕をブンッと一振り。それによってリンは投げ飛ばされ、床に激突する。


「リンさん!!」

「あ、っぐ────。」


 床を転がったリンに動揺するマグの声。

 それを聞いて静かに血色の魔力の球を生成し終わったフィーは、それを放つ。


「これで、終わり。」


 フィーの手のひらから放たれたその魔法は豪速球で男に向かい、着弾。が────、


「無駄だ。」

「………。」


 またも、防がれた攻撃。霧散した血色の魔力が場に漂う中、フィーは考える。


 怪しいのは、あの手。多分、なんかある。マグに当たった緑のネバネバが原因?だとしたら────。


「リン、うご、ける?」


 フィーはくるりと床に倒れるリンに向き直り、首を傾げる。

 それにリンは突っ伏していた顔をゆっくりと上げ、


「あたり、前でしょ……!やれるわよ!」


 腕を押さえながらも立ち上がった。

 それを見たフィーは満足そうにうなずく。


「はっ!まだやるんですか!!本当はそこの銀髪のガキだけの予定でしたが変更です!!あなた方全員、殺してあげましょう!!」


 男は腰をかがめ、戦闘態勢に入る。

 それにフィーは目を細めてリンに告げる。

 

「あの掌、たぶん魔法効かない。だから、それ以外攻撃。わかった?」

「ええ、分かったわ……!」


 リンは覚悟を決めたようにキッと鋭い目つきで男を睨んだ。


「いく、よ。」

「合わせるわ!!」


 ダンッと床を蹴る二人。

 そして身構える男を挟み込むように散開し、リンは炎で形作られた剣を、フィーはまるで芸術品のように洗練された血のレイピアをお互いに構え、挟撃。


「効きませんよ!!」


 それを察知した男は二人の魔法剣を受け止めようとバッと両手を広げる。が、


「でしょうね。なので────」


 ニヤリと笑うリン。その様子を怪しんだ男が、上を見上げるとそこには無数の血の槍。

 天井に張り巡らされた自分に向けられた血の槍に戦慄した男は、すぐに広げた両手を上で交差させ、


繭呪(けんじゅ)の揺りかご────ッ!!」


 両手から吹き出す緑の粘膜。それはすぐに繭のように男を囲った。

 それと同時に天井から血の槍の雨が降り出す。


「こうすれば効きません。」


 得意げに口の端を吊り上げる男。たしかにその卵型のカプセルはフィーの生成した血の槍を無効化していた。

ただ、男は考慮していなかった。その可憐で、しぶとくも強い少女たちの次の一手を────。


「そうみたい、だね。」


 真横から聞こえた鈴のように美しい声。男は目を見開いてその声の方に視線をやる。

 ライトグリーンのカプセルの中。男の懐に入り込んでいたのはリンとフィー。


「なっ!お前らどうし────グゴァッ!!」


 突如現れた二人の美少女に驚き、叫ぶ男に二人のアッパーが放たれた。

 魔法も加護もない。ただの────アッパーだ。


「別に、魔法が使えなくなる、だけ。素手ならかんけーない。」

「観念なさい!!あなたはもう終わり!!」


 二人は床に倒れた男を足で抑え勝ち誇る。

 あえなく抑え込まれた男は歯を食いしばる。


「野蛮だ……!」

「そうかも、ね。」


 多分、呪いって言われている力は、この男の出す、緑のネバネバ……。極薄のネバネバの膜を、手のひらに張って魔法を無効化してた。


 でも、とフィーは目を細めて、男に問う。


「その力、どこで手に入れた、の?」


フィーのその問いにリンとマグが目を見開く。


「ちょっと!手に入れたって……今までのあれはこいつの力じゃないっていうの!?」


 リンがフィーに詰め寄る。


「ん、手のひら、見て。剣術試験のときこんなのなかった。」


 フィーに促されリンが男の手のひらを見る。

 その両手のひらにあったのは翼の生えた金魚のタトゥー。その金魚は尾が羽衣のように長く、羽は身体よりも大きい。まるで空を漂う幻想生物のごとき姿。

 しかしそれに眉を(ひそ)めたリンは男に詰め寄る。


「これなによ。教えなさい。」


 問われた男はギリッと歯を食いしばり悔しそうに答え始める。


「これは……私が試験落ちたと確信して項垂れているとき、あの方から頂いた力だ……!『この力を使ってルイン・アーデンベルクを殺せ』とな!!だから俺はベルゴニア家のガキの魔剣に呪いを付着させ、魔法を使えなくしてやったんだ!!憎かった。憎かったんだ!お前も!!あのガキも!!だから殺す!!もう少しなんだ……もう少しなんだから、邪魔するなよぉっ!!」


 激昂し体を震わせる男。それと同時だった────。


 ドクンッ───。


 一つの鼓動が鳴った。


 それは世界の胎動────。

 動き出した大地────。

 空を震わせる大気────。


 過去に感じた、身を震わせるほどのおぞましい力の気配に。

 フィーは目を見開き、恐れていたことが起こったとばかりに時計台の柵から身を乗り出して闘技場を見下ろす。


 見えるのは────、試験監督のガレイル、ルインを追い詰めて今にも殺さんとする対戦相手の男、そして壁に預けていた背を離し、ゆらりと立ち上がるルインの姿────。


 それを見た瞬間────。フィーは闘技場目掛けて落下していた。


「ルイン!!」

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