逃げろ
「いらっしゃい!!今日はどんな商品をお求めですかい??って、はあ。」
大柄な男が扉を向こうから開け放った。
しかし男はルインを見た瞬間、大きなため息をついて肩を落とした。
「ここは……?」
「あ?奴隷が欲しくて来たんじゃねぇのか?」
ルインがこぼすと大柄な男は怪訝な顔で尋ねた。
ここ、奴隷商の店なのか……!
ルインは男の言葉を聞いて理解した。ならば、と次の行動を考える。
「その通りだよ。中、見てもいいかな?」
至って平然と、それでいて大胆にルインは切り出した。
「あ?あーまあいいが。」
男は面倒くさそうにルインを奥に案内する。
現在のアーデラ王国では奴隷を廃絶しようとする動きが活発化しており、奴隷商たちはかつての奴隷交易が栄えていたころを忘れ、地下空間で細々とやることを余儀なくされていた。
「おいガキ、どんな奴隷がほしい?」
蝋燭が立てかけられただけの冷たい石廊下を歩きながら男が問う。
それにルインは奴隷商をチラリと見やって悠然と答える。
「奴隷は自分で選ぶ主義なんだ。見繕いは結構。」
リン・エルリエがどこへ行ったのか分からない以上、こう答えるしかないんだよなぁ。軽い気持ちでついてきたばっかりに面倒なことになってしまった。
今になって後悔がつのり、やるせなさを覚えたルインだが、それとは対照的に隣の大男は静かに戦慄していた。
……ただの小汚いガキだと思って適当に対応するつもりだった。でも、なんだこの”こなれている感じ”は!!こんな身なりして実はいいところのガキなのか??ならば────!!
「ごゆっくりお楽しみくだせぇ!」
普段は客を自由に物色させるなんてさせないがVIP対応ってやつだ!沢山金を使ってくれよぉ??
そうほくそ笑む男の期待など、露ほども知らないルインは対応の違いに驚きつつも石の廊下を抜け、通された扉を開ける。
広がった景色は先ほどの石の廊下とほぼ同じ。唯一違うのは壁側に見世物のように並んだ牢屋。
大男に見送られルインが廊下を進むと黒い鉄格子の中には案の定、ボロボロな姿の人がいた。
そしてその大体が獣人か人族たまにドワーフが紛れているがどの人物も揃って絶望したように石床を見つめていた。
ルインはその光景に息を呑んで進んでいく。やがて突き当たりにたどり着き右を見ると、牢屋の前でしゃがんでいるリン・エルリエとそれを監視する大男が見えた。
会話がかすかに聞こえる。リン・エルリエは誰かと話していた。
「昨日ね、クレイン魔法学園に受験しに行ったのよ。」
それは彼女からは聞いたことのないとても楽しそうに、高揚した声色だった。まるでこの瞬間をかみしめるかのように。
「それでそれで!?」
不意に鈴のようによく通る女の子の声が聞こえた。
ルインはすぐに牢屋の中にいる人物だと理解し再度耳を傾ける。
「もちろん!良い結果を残してきたわ!!入学間違いなしよ!!」
「お姉ちゃんすご~い!!」
「ふふ。だからね────」
突然リンの声色が変わる。
「すぐにここから出してあげるからね、アンナ。」
目標を定めたような、決然とした声。それは入学式にも見た凛とした態度のリン・エルリエの像と重なった。
「でも、おねえちゃん。いいの?」
「いいのよ。あなたをここから出すためならな何だってできるわ。」
壁際から垣間見えたリンの顔はとても優しいものだった。
なるほど、妹がここにいるのか。なんか事情はありそうだけど、まあ、見たいものは見れたな。
「おい。」
ルインがもうここには用はないと立ち上がった時だった。後ろから怒りを孕んだ声がかかった。
「お前、奴隷見たいって言ってたよなぁ?一体ここでな~にしてんだぁ??」
それはここまでルインを連れてきた大男だ。額に筋を奔らせて見下ろす姿にルインは立ち尽くす。
「え~っと、トイレ……?」
「殺す!」
「ですよね~!!」」
ルインはくるりと方向を変え、突き当りを左に曲がる。
「てめぇ!!逃げんな!!」
逃げるルインを捕まえるべく大男も負けじと走りはじめた。
「カイン!てめぇもこい!!」
「あ?盗人か!!」
「みてぇなもんだ!!」
大男は突き当りを曲がる際にリンを見張る男に加勢を求めた。
「おい嬢ちゃん。帰り道は分かるな?わりぃけど一人で帰ってくれや。」
「え、ええ。それより────」
「じゃ!!」
取り残されたリンは妹とパチパチと目を合わせる。
「なんだったんだろうね、お姉ちゃ────」
「ごめんアンナ。お姉ちゃんもう行くね。」
妹を置いてリンは駆けだした。
あれはたしか入学式の!なんでこんなところに?というかなんで追いかけられてんのよ!!助けなきゃ────!!
先ほどと立場の逆転。今度はルインが追いかけられる側の鬼ごっこが始まった。




