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蟲の魔法使いは吸血鬼と恋をする  作者: 帯川 葬


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魔女の住む森

「聞いた?この森、魔女が出るらしいよ……!」


 濃い霧の立ち込める暗い森。聳え立つ木は全容が伺えないほど背が高く、時折不気味な冷たい風が肌を撫でる。そんな森に三人の冒険者の姿があった。一人の少年は大股で、残る二人の少女は気乗りしていないのかおずおずと歩を進めている。


「魔女……。そ、そんなところに来て大丈夫だったんですか……。」


 少女が不安そうに前を行く少年に問う。


「大丈夫!魔女なんていやしねぇよ!!それよりここの魔物が落とす魔石は貴重でほとんど出回らないらしい!俺たちがそんなものを持って帰ったら、きっとみんな目ん玉飛び出して俺たちを褒めるぞ!!」


 調子よく大股で歩を進める少年は持っている剣を天高く掲げた。しかしすぐにぐにゃりとおかしな感触が剣に伝わる。


「ん?なん……だ────」


 上を見上げた少年がその眼を見開いた。

 剣の先が湿気を帯びて艶めいた白い糸を押している。しかし少年が驚いたのは糸ではなく、そのさらに上────赤い瞳で少年を見下ろす闇を編んだような外骨格を持った漆黒の巨大蜘蛛。

 その蜘蛛は少年たちの遥か上で、しかしその眼は確実に少年たちを捉えていた。


「う、うああああああああああああああああああああああ!!!!」

「「きゃあああああああああああああああああああああああ!!!!」」


 息を呑む暇などない。死の恐怖に駆られた三人の冒険者は悲鳴を上げながら来た道を全力で駆けだした。

 しかし獲物をその眼で捕らえた狩人が見逃すはずもない。大蜘蛛は長い脚を曲げ、跳躍。音もなく木から木へと移り、ついにはズズンッと地を鳴らし逃がすまいと冒険者たちの前に立ちはだかった。


「な、な……。」

「ひぃぃぃぃ。」

「ああ、あぁぁ。」


 一人は言葉を失い立ち尽くすばかりで、一人は頭を抱えうずくまり、一人はあまりの恐怖に失禁する。


 大蜘蛛は品定めをするかのようにその三人を見回した後、キロキロと喉を鳴らして鎌のように滑らかに尖った前足を振り下ろした。


「うああああああああああああああああああああああ!!」


 少年に迫る鋭利な黒い脚、全員が死を強く感じたその時────


 バガンッ、と鈍い音。


 少年が目を開く。眼前に広がるのは────大蜘蛛の脚。それとその脚を貫いている、漆黒の蜘蛛の脚。

 理解が及ばない少年は大蜘蛛の脚を貫いた脚の出所の闇に眼を向ける。


 ポッと一つの明かりが闇に灯る。その闇から姿を現したのはボロボロのフードを深くかぶった”何か”。


 大蜘蛛がそれを見て唐突に叫ぶ。耳に響く轟音。木々が揺れ、大地が震える。

 しかし”何か”は微動だにすることなく悠然とその場に立つばかり。


「ギギギギギギギギギッッ!!!」


 先に動いたのは大蜘蛛。貫かれた前足を捨て、その巨体で”何か”に向かって突進していく。


 それを見た”何か”が左手を持ち上げる。刹那、宙に現れたのは影で作られた蟲のパーツ。蜘蛛の脚、カマキリの鎌、蝶の羽、トンボの複眼。それらが手術道具を一束にしたような、あるいは花束のように一つの槍となって大蜘蛛を胴体ごと貫いた。


 生を失った大蜘蛛の瞳は色を失い、ぐったりとその場に崩れる。


 一同が息を呑む中、大蜘蛛を一瞬で倒してのけた”何か”がゆっくりと少年へと歩を進める。


「魔女……。」


 少女の一人がぽつりと漏らす。それを聞いたもう一人の少女が体勢を崩しながらも必死に逃げ出した。


「そんな……いや、いやああああああああああああああああああああああ!!!」

「ま、待てよ俺も!!」


 続く二人も装備もお構いなしに大声を上げて逃げていった。


 残された、”何か”。いや、ルインはため息をつきながらフードを外した。

 その姿は黒髪黒目の人族で身長は175センチほど、顔立ちは平凡で特に目立った特徴はない。


「はあ、助けてあげたってのにお礼もなしかよ。てか、俺は魔女じゃねぇし。」


 そうぼやくルインは殺した大蜘蛛の背にひょいと軽々乗ると解体を始めた。


「しかし、大蜘蛛の巣に入るかね普通。相当自信があったのか、それとも初心者か……。ま、どっちもだろうな。」


 数分後、解体が終わり肉と大蜘蛛の外骨格そして人一人分ほどの大きさの魔石が地面に並べられていた。それらを眺めてルインは考える。


「蜘蛛の肉は保存がきかないから今日食べるとして、残りの素材は……まあ適当にアイテムボックスに入れとくか。」


 そう言ってルインが手をかざすと現れたのは影のような亜空間。そこに肉やら素材やらをひょいひょいと手際よく入れていく。


「んじゃ、帰りますか。」



 ◇


 ────数十分が経った頃。


「ただいまっと。」


 大樹の幹の下部にある隠ぺい魔法が施された扉を開ける。

 全体が木の暖かい色で包まれたリビングは広い吹き抜けになっており、真ん中には大きなテーブル。そしてその奥にはレンガ造りの暖炉とウグイスのように深い緑色のソファが置かれている。


「おお、帰ったか。遅かったな。」


 ソファに腰かけ、煙管(キセル)を咥えたその女は新聞をつまらなさそうに見ながらルインを迎え入れた。


 とんがり帽子を傍らに置いたその女。黒い髪を腰まで伸ばし、眼鏡チェーンのついた丸眼鏡とボディラインがくっきりと浮かんだ漆黒のドレス身に着けたその姿はまるで、そう────


「っち、魔女さんは気楽そうでいいよな。冬に入ってモンスターが減ってきてるってのによ。」


 ルインはそうぼやきながら先ほど狩った大蜘蛛の肉をドンッとテーブルの横にあるキッチンに置いた。


 魔女────。それは国を一夜にして滅ぼすほどの魔法を使い、災いをもたらすとされる伝説級の存在。


 ────そんな存在があそこにいるエリゼだ。この森が魔女の住む森と呼ばれるようになったのも全てエリゼが原因。モンスターの研究をしていたとき、うっかり強力なモンスターを何百匹も解き放ってしまい、この森に誰も近寄らなくなったらしい。


「モンスターくらい私がいくらでも生み出してやるさ。これで食糧問題も万事解決!!もうしばらくはグータラできるな!!」

「魔法で生み出した生物なんて気味が悪くて食えるか!!」


 得意げに親指を立てる魔女にルインは悪態をついた。


「何を言う!お前が今狩ってきたその大蜘蛛も、もとはと言えば私が合成して作った魔物の交配種だぞ!!」

「こいつはまだ、セーフだ!!見ろ!!あんたが途中で飽きて投げ出した魔法生物!あんな見た目のやつ食えたもんじゃない!!」


 ルインが指さす先、窓から見えるその生物はドロドロとした液状の身体に目が6つ、所々から骨が出っ張っており紫色のヘドロを固めたような姿をしていた。


「おいおい、聞いて驚くなよ?あいつ、見た目以上に旨いんだ。」

「食ったのかよ……。」


 唖然とするルインを置いて一人、じゅるりとよだれを垂らす魔女がいた。



 ◇


「ほい、蜘蛛肉のステーキとポタージュ。」

「うんうんいい香りだ。良くやったねルイン。」

「どーも。」


 いつものやり取り。俺が家事を担当し、エリゼの身の回りの世話をこなす。最初こそ、その仕事量に悶絶したもんだが慣れてしまえばなんてことない。唯一嫌なのはエリゼの研究物の掃除と……、入浴の手伝いだ。


 そう心で愚痴をこぼすルインは、エリゼの豊満な体。特に胸をチラリと見て思う。


 15の俺には刺激が強すぎる……。


「ん?どうかしたか?」

「いや、なんも。」

「そうか。」


 ルインが誤魔化すようにポタージュを口に運ぶと、魔女が何やら思いつめるように少年を見つめる。


「時にルイン。お前、学校というのものに興味はあるか?」

「学校?何をいまさら。」


 魔女から教育を受けていたルインは学校とは無縁の生活を送っていた。


「いやな、私の古い友人が魔法学園を設立したからルインもどうだと誘ってきたんだよ。」


 ルインは少し考えこんだ後、スープに視線を落としたまま答える。


「俺は、いいや。」


 だって俺は────


 ルインがスプーンを強く握る。

 ルインの頭にあるのは燃え盛る炎で紅く染まった夜空と自分を囲み石を投げる人々の景色。その赤い血濡れた視界の中で一人の少年が泣き叫んでいた。


「そうか、伝えておくよ。」


 魔女は何かを察したのか静かに目を細めそれ以上何も言うまいとステーキを切り始めた。その時だった。


「う、うあああああああああああああ誰か助け────ぎゃあああああああああ!!!!!」


 それほど離れていない場所から悲鳴が聞こえた。いち早く動いたのはルイン、ガタンと椅子を立ち、掛けておいたボロボロになったローブを羽織って外に飛び出す。

 一方のエリゼは一言も発することなく、静かにステーキを口に運んでいた。


 どこだ────今の悲鳴は?


 外に飛び出し、辺りを見回したルインは奥の方で赤い炎が上がっているのが見えると、そこめがけて走り出した。


 強化魔法────≪黒き弾丸(シュバルツ・クーゲル)


 ルインの脚に黒い影が集まる。その影を纏ったルインは弾丸のように一気に加速し、ものの数秒で炎の上がる場所に到着した。


「これは……。」


 ルインがその光景に息を呑む。

 茶褐色の毛を持った5メートルほどの大きなクマが暴れていた。そこにいたであろう人は上半身が食われていたり頭部だけが残されていたり様々だが、その光景から理解できるのは、


 ────もう生存者はいないだろう。


「っに、やってんだ!!」


 ルインが右腕を振り上げ、背後の影から現れるのはやはりあの時と同じ蟲の影。

 それにクマが気づいた頃にはもう遅い、襲い掛かる蟲の波は一瞬でその頭部を貫いていた。

 ズズンッと巨体が崩れ落ちる。


「生存者は……まあいないか。」


 静まり返った空間でルインは一人肩を落とす。その時、


 ガタンッ


 クマに半壊させられた荷馬車から物音がした。


 ────クマが倒れた振動で何か落ちたのか?


 見ると、それは檻だった。ルインが中を確認する。


 なんだ?土の塊みたいなものが……いや、違う……!これは人だ!!この荷馬車……奴隷商のものだったのか!!


 ここ、魔女の住む森。正式名称で言うところの、ゴアの大森林は三つの大国に囲まれており、時折裏社会の者たちが関所を無視するために立ち入ることがあった。

 ルインが察するに、この荷馬車は奴隷商のもので奴隷を闇市で売るための運搬途中だろう、と。


「おい平気か!!今出してやるからな!!」


 ルインがカマキリの鎌で無理やり檻を破る。土塊(つちくれ)に見えたそれはボロボロの布切れを着た、髪の長い少女だった。顔立ちは汚れがひどく確認できないがその唐紅の瞳はルビーのように輝いており、奴隷として売られるのも納得の美しさだった。


 檻から出た少女は細くだが確かに息をしており、それを確認したルインは少女を抱え、急いで魔女の家へ戻った。


「エリゼ!!」

「ん?おやおや、これはずいぶんと(きちゃな)いお土産を持ってきたね。」

「ふざけてる場合じゃねぇ!早く治癒魔法を!!」

「はいはい。」


 ソファから立ち上がったエリゼは頭をボリボリと掻きながら、右手を俺が抱えている少女にかざす。


「治癒魔法────≪極大治癒(オーバーヒール)≫」


 詠唱と同時に淡いライムグリーンの燐光が少女に集まる。その燐光は少女の擦り傷、切り傷、打撲痕など内傷外傷問わずすべての傷をすぐに癒した。


「ん……。」

「起きたぞ!!」


 ルインに抱えられた少女が薄く目を開く。それに気づいたルインとエリゼが少女の顔を覗き込むと、少女は虚ろな目のままルイン首元に、嚙みついた。


「かぷっ……。」

「なっ!!」

「わお。」


 ルインの動揺をよそに少女は首からちゅうちゅうと音を立てて血を吸い始める。その様子にエリゼは困ったように頭を掻いて、


「あーどうやらそいつ……吸血鬼(ヴァンピール)、みたいだな。」

「まじか……。」


 エリゼの一言に絶句するルイン。その原因はルインに抱えられた少女にあった。


「っちゅ……ふぅ。お腹いっぱい……。ん、ここ……どこ?」

「今気づいたのかよ。」


 怪訝な顔を隠しもしないルインを無視して、その少女は観察するように辺りを見回している。


「やあ、お嬢ちゃん。初めまして。」

「はじめ、まして?」


 エリゼが少女の顔を覗き込んで取ってつけたような笑顔で挨拶をおくる。その笑顔に少女は未だ状況が把握できていない様子で首を傾げた。しかしエリゼは気にすることもなく続けて、


「お名前は?」

「フィー。」

「そうかフィーよろしく。私はエリゼ、こっちのはルインだ。」


 フィーはエリゼが指さした先にいるルインをチラリと見た後コクンと小さく頷いた。


「ん、よろしく…。」


 そんな愛らしい態度の少女、フィーにズイッと近づいたエリゼは怒りすら感じる圧のある顔で言い放つ。


「よし、フィー。とりあえず────風呂、行け。臭くてかなわん。」


風呂場────


「ここが風呂だ、着替えはそこにあるから好きに使ってくれ。」


 エリゼの指示でルインは眠たそうに瞼を半分閉じているフィーを風呂まで連れて行く。しかし、ルインが入浴を促すもフィーは服の裾を掴むばかりで入ろうとしない。


「どうした?」

「お風呂、入り方わかんない。いつも婆やがお風呂、いれてくれてた。」

「あー、つまり……俺に入浴を手伝えと?」

「ん。」


 フィーが頷くとルインの首元が熱くなる。


「どうしたの?」

「……今回だけだからな。」


 首元に触れたルインは深くため息をつきながら承諾する。それに少女はけだるげな表情を保ったままコクリと頷いた。


 そして数十分が経った頃────リビングのソファに座るエリゼと対面する風呂上がりの二人の姿があった。


「ほぉ、これほどとは……。」


 エリゼが目の前の汚れが落ちたフィーを見て感嘆の声を漏らす。


 黒いゴスロリな服に身を包み、銀に光る癖のない髪を垂らしたその少女。血のように赤い瞳は大きく、小さな顔も相まって幼さと人形のような美しさを兼ね備えている。


「これ、モフモフ。あつい……。」


 しかしそんな天使のような美しい少女は不満そうにスカートをパタパタと揺らす。


「驚いたろ。土汚れで隠れていたんだ。」

「流石、美形しか生まれない亜人種────吸血鬼(ヴァンピール)と言ったところだな。」


 ソファに腰かけるエリゼは腕を組んでフィーを眺める。ルインは吸血鬼(ヴァンピール)との言葉にチラリと首元を見た。


 先ほどフィーに吸血された場所。そこには黒く刻まれた吸血鬼の牙のタトゥーが。


「やっぱり”ある”んだよなぁ。」

「ふっ、間違いなく隷属しているな。」

「ん?」


 頭を抱えため息をつくルインとその様子にほくそ笑むエリゼ。そして一人、状況を把握していないフィーはコテンと首を傾げていた。


 隷属────。吸血鬼(ヴァンピール)に血を吸われた者が受けるいわば呪いのようなもので、吸血された者はその吸血鬼(ヴァンピール)に隷属されてしまう。そしてその呪いを解除する方法それは、主人(マスター)を殺すか隷属の必要がなくなること。つまり────主人(マスター)に恋をすること。


「よし、決まりだ。」


 そう言ってエリザは唐突に立ち上がり、ルインを指さして続ける。


「ルイン!やっぱりお前は魔法学園に行け。そしてそこでフィーに恋をしろ!!」


 言い放ったエリゼの言葉にルインは呆然と口を開け、大声で叫んだ。

「はぁ!!!!!!???????」

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