新たなる思惑
ハルト・ウェストンは軍の医務室へ走っていた。
普段、軍施設内を走る事は禁止されている為、走るハルトを諌める声がいくつか掛けられたが全く耳に届かず、人を押し退けてまで医務室へと走った。
ノックもせずに扉を開けると看護師が驚いた顔をして、ハルトを止めようとする。それにも構わすハルトは吠えた。
「団長!ドーミー団長!ご無事ですか!!!」
幾つかあるベッドはカーテンで仕切られ、その内の一つに動きがあった。それを見留めると躊躇いなくカーテンを開ける。
そこには右腕の肘から先を失った軍団長のドンドラ・ドーミーの姿があった。
鍛えあげた屈強な身体には幾つも包帯が巻かれ 血が滲んでいる。軍の中でも最強格と云われる団長の、こんな姿を見るのは初めてだった。
「団長…」
衝撃的な姿に、されど命は助かった事に、二の句が継げなくなったハルトは団長の傍に立ち続ける事しか出来なかった。
「ハハッ。よる年波には勝てんな。魔獣一匹相手にこのザマだ。」
カラリと笑うドンドラ団長には、なんの憂いも無い。利き腕を失ったと云うのに。”よる年波”なんて言い訳しているが、まだ四十の彼は現役そのものだ。
最近 西側の方で、凶暴化した魔獣が人を襲う事案が頻発している。そこで定期的に、軍で討伐しているのだが、中には”災害級”と呼ばれる魔獣も居る為、軍にも多くの被害が出ていた。
本来で有れば団長は 討伐地に向かうことは無い。
王都で対策や会議、報告書を取り纏めて作戦を練る等の仕事をする筈だ。しかし、庶民からの叩き上げで団長にまで登りつめたドンドラは、『座り仕事は性に合わない』と嘯き、誰よりも死地に向かい 誰よりも死と隣合わせになる事を望んだ。
「全く…俺はもうこんなに肝が冷える事は御免だぜ…」
団長の傍についていた補佐官もあちこち怪我をしている。
「まあまあ、取り敢えず討伐は出来たんだ!良かったじゃないか。」
気さくに話す団長との温度差が凄い。
「何が良かっただよっ。俺なんか庇うから…団長が腕切られてどうすんだよ…っ」
今回の討伐は、第二部隊と団長・補佐官が共に向かっていて、ハルトの第一部隊は休息中だった。
(俺が傍に居たら、こんな怪我させないのに…)
ハルトは両手を握りしめた。
利き腕を失ってはもう戦場には立てないだろう。だが、それは死地から団長を引き剥せる事にもなる。文字も書けないから、大分 不自由するだろうが、補佐官も無事だった事だし、王都で仕事する分には問題無いと思われた。
だが、それでも、憧れ続けた団長の痛々しい姿に、口の中に血の味が広がる。
「団長…。教会に行きましょう。」
気がつくとハルトは そう口にしていた。
軍の医務室に居る看護師は、怪我や病を治す手助けをする為に、教会から派遣されている人間だ。
「…いくらアイツでも、腕を生やす事は出来ねぇよ。」
ハルトの云う意味を正しく理解して、苦笑いで団長が応じる。
「そんな事…解らないじゃないですか、『聖女様』なら、もしかして…」
「良いんだよ、ハルト。俺はもう…アイツに、何も背負って欲しくねぇんだ。悪いな、これは俺のただの意地だ。」
弱ったように言う団長に、もうハルトは何も言えなくなってしまった。補佐官も黙って俯いている。
今 話に出た『聖女様』は、先代の聖女 ユリア、二十年前に突如として現れ、多くの人を救い、今は教会で暮らしている。
二十年前に二人の間に何があったのかは詳しく知らない。だが、団長は昔 高位貴族の娘との縁談を断ってまで、聖女様に寄り添おうとしていたと聞いた。結果、想いは実らなかったらしいけど、団長が今でも聖女様の事を想い続けているのは、団員なら皆、知っている。
こんな時くらい、逢いに行ったってバチは当たらないんじゃないか?どうして、団長はそこまで…
思案を続けるハルトに団長が口を開く。
「ハルト、良い機会だ。明日からは、お前が団長になれ。第一部隊の隊長は、これから選別しよう。」
笑って言う団長に、ハルトは目を剥いて絶句した。
「もし、部隊長にしたい奴が居るなら、言ってくれ。考慮に入れ…」
「な、何を言ってるんですか!!!」
医務室にハルトの絶叫が木霊する。慌てて、耳を押さえる団長と補佐官。
「な、何を言うんですか…?何でそんな事を言うんです?有り得ないでしょう!」
顔を青くして思ったまま口から言葉が零れる。それ程、ハルトは混乱していた。
「ハルト…、お前の強さはもう、俺と同等。いや、既に俺を越しているさ!まあ、ちっと短慮なのは、俺も似たようなモンだから大きな声では言えんが。それに、そう言うのは、やりながら覚えるモンだしな。剣士にとって一番大事なモンをお前はもうちゃんと持ってる。大丈夫さ!」
ゆっくりと、一言一言 言い聞かせるようにドンドラが言うと、でも…とハルトが言い募る。
「見てくれ、ハルト。この腕じゃ、もう剣を振れない。」
初めてドンドラが悔しそうな顔をする。それを見て、ハルトが息を飲む。
「ですが…指示を頂くだけでもいいです。貴方が頭に居るからこそ、皆は…」
少し冷静さを取り戻したハルトが、それでもと 言い募る。
「確かに、椅子にふんぞり返って自分は何もしないのに、命令だけ出す頭も居るよな…。それをどうこう云うつもりは無いが、俺は良い機会だと思ってる。俺はやっと、荷を下ろせるのかも知れない…」
自分の右腕を見下ろしながら、そう零すドンドラに、ハルトは何も言えなくなった。
ドンドラはやたら強く どんな魔獣にも怯むこと無く立ち向かうが、気が優しく、いつも一歩引いてしまう悪癖があった。
結局、補佐官がその場を取り成して、話は後日会議で決裁される事になった。
しかし力自慢が集まる軍内で、最強格の団長の発言権は大きく、また異例の速さで部隊長になったハルトの強さは、団員が認めるところでもあった。
その後すぐ、ハルトは珍しく教会への道を歩いていた。
教会と軍施設は離れて居るので、鍛錬に勤しむ団員達は 礼拝も教会では無く、軍施設内にある小教会で行う事が常だった。
しかし、ハルトは突き動かされるように、先代聖女ユリアの元へ行こうとしていた。何をしたいのか、会ってどうする気なのかも、分からないまま先を急いだ。
ドンドラに指摘されたように、ハルトは勇猛果敢なのだが、たまに感情に押されるまま動いてしまう事があった。
(これでは、余りにも…団長が報われないのでは無いか?せめて、見舞いの一言でも貰えれば…)
先代聖女のユリアには、腕を生やす事など出来ない。それどころか、通常の聖女の力の半分も無い状態で顕現していた。それでも彼女が”多くの人を救った”と云われるのには、顕現前の知識を総動員して必死に生きた結果だった。
教会の扉の前に立つと、ハルトの頭は急に冷えた。
日中は開かれている扉が、日が落ちる時間になり閉じられて居たからだ。勿論、鍵はかかっていないが、暗に緊急の人以外は、明日改めて…と云う意味がある。ここは迷える者を救う教会でもあるが、多くの聖者の生活の場でもあるのだから。
何と言って聖女を呼び出して貰おうか、そもそも聖女は団長の事をどう思っているのか、頭の中で忙しなく計画を立てるハルトに、後ろから声がかかった。
「あの…入らないんですか?」
振り返ると桃色の髪を肩まで伸ばした小柄な子供が居た。両手に持つカゴには 今まで摘んでいたのだろう薬草が、山盛りになっていて重そうだ。
ハルトは扉を開け、そのカゴを持ってやる事にして、少女に声をかけた。
「扉を塞いでしまってすまない、実は聖女様に会いに来たんだが。」
「あ、はい!」
ハルトがそう言うと、少女はぴょこっと片手をあげて、にぱっと笑った。
「ん?聖女様に会いに来たと言ったんだが?」
「あ!だから、はい!」
怪訝な顔になるハルトに悪びれなく少女が更に腕を上にあげる。
「あ、そっか!貴方が言う聖女様って、ユリア様の事ですね!」
はっとして少女が言う。
「そうだが…君は…」
「私はアユコと申します。先日、教会に”聖女”であると太鼓判を押して頂きました!」
「太鼓判…」
ハキハキと答えるアユコにハルトが毒気を抜かれる。
「いや、そうか。それは失礼した。アユコ殿、聖女様に取次を頼めるか?」
「えっと、それは…そのーぅ。今は、ちょっと無理かも知れません…」
「日を改めろ、と云う事か?少しで良いんだ。ほんの一言二言でも良いんだが。」
ムッとして返すハルトに、申し訳なさそうにアユコが言う。
「えっと、あまり口外して欲しくないんですけど…ユリア様はご病気で…今は、誰にも会えないんです…。」
「病気?!聖女が?」
「聖女とは言え、一人の人間ですから。ご飯も食べればトイレにも行きます。」
アユコの可笑しな良いように、眼を眇めるも、
「なら、君が治せば良いんじゃないか?『聖女』なんだろう?」
「私は怪我なら治せますが、病は治せません。」
肩を竦めるアユコにハルトは声を荒らげようとした。
「はぁっ?!」
「どうしましたか。」
そこへ涼やかな声色が静かに割り込んで来た。
最近、大司祭に大出世したフレッド・ダイダニーその人だった。
「大司祭様!」
アユコが声を弾ませる。ハルトは黙ってその男を見ていた。
歳の頃は団長と同じ四十前後、いや四十手前かも知れない。艶のある茶色の髪を丁寧に後ろへ撫で付けてある。おかげで端正な顔が良く映えている。深いブルーの瞳は、暗く澱んで居るように見えるのは、俺が団長に肩入れしているせいだろうか。
二十年前、団長はこの男に敗北した。
美しい聖女のユリア様は、沢山の男を虜にしたと聞くが、結局はこの男を選んだ。らしい。
何があったのも知らない癖に、親の仇とばかりに眉間にシワを寄せて睨むハルトに、大司祭は穏やかに話始めた。
「アユコ君、薬草取り ご苦労様です。それで、こちらの方は?」
問われて、この訪ねて来た男は聖女様に会いに来たらしいと伝えた。
「そうでしたか。しかし、申し訳ありません。彼女は今、床に臥しておりまして。私で良ければお話をお聞きしましょう。」
微笑んで小部屋を差す大司祭に、ハルトが吠える。
「本当に病気か? アンタが隠してるんじゃないのか!」
「はぁ…。”隠す”それは、何の為に?」
ハルトの無礼な態度にも眉ひとつ動かさない。本当に分からないと云うように首を傾げる。
何の為に? と聞かれてしまえば、何だろうな?としか言えない。特に思惑があった訳ではなく、つい口から出た言葉だったからだ。そんな内心を少しも表に表すこと無く、ハルトは堂々と立っていた。
突然大司祭様に喧嘩を売り始めた男に、アユコはビックリしていた。ここでそんな物を売り始めても、”良いね!買った”等と云う買い手は居ない。
今日は薬草取りで腰も痛いし、こんな騒動に巻き込まれるとはついていない。
しかし、美形の男同士の争う様は(大司祭は相手にしていないが)絵画に描きたいくらい絵になる。年の差があるのも良い。年下攻めか、はたまた ナマイキ年下を解らせっ…
「あら?お取り込み中かしら。」
くす…と、熱い視線を送るだけで、仲裁するつもりゼロのアユコの耳に、軽やかな声が響いた。
「ティア様!!!」
今直ぐにこの熱い気持ちを聞いて欲しい!期待を込めて、扉の所に立つ人物に目を移すと、そこにはオスカーの姿もあった。
◇◇◇◇◇
レオディアーナは、魔術塔の前で軽く揉めたせいで、何の収穫も無くその場を離れる事になった。
ローブの男に着いて行って、立ち入り禁止の魔術塔の中を調べても良かったのだが、嫌な予感を感じた為、無事に逃げ出す事に成功した。
あの男からいずれ報告が上がってしまうだろうから、先にこっちから報告する事にして、王子宮へと急いだ。
約束の時間よりも少し早かったが、勝手知ったるオスカーの部屋。応接間で待たせてもらおうと思ったのだが、既にオスカーもヘンリーも部屋でレオディアーナを待っていた。
部屋に通されると直ぐに人払いがされ、侍女のミントも、オスカーの侍従のウェルトも、ヘンリーの侍従も、部屋の外で待機するように言い付けられた。
ここまでする必要はあるかしら、と腹心まで下がらせるオスカーに、レオディアーナは思ったが、これから話し合う内容を鑑みれば、まあ妥当と言えよう。
用意されたティーカップを持ち上げてヘンリーが早速口火を切る。
「それで…昨日の続きですが、レオディアーナ様のご意見をお聞かせ願いますか?」
ヘンリーの顔は緊張からか青ざめて見える。
「その前に、もう一度確認しても良いかな?この話は、我々三人だけのものだ。良いね?」
オスカーが改めて二人を見据える。誓いますと、二人が頷くと、オスカーはレオディアーナに手を振り、発言を促した。
「私の意見の前に…、先ずはオスカー様にご報告を申し上げます。」
ん?とオスカーが片目を細める。
「ここに来る前に魔術塔に行ってみたのですけれど、そこでちょっとした齟齬がありまして。後から陛下に報告が上がるかも知れません。」
「魔術塔?」
ヘンリーはまだ魔術塔の有無を知らされて居なかったようで、キョトンとしていだが、オスカーは絶句していた。
「どうして、魔術塔に行ったんだ?そもそもあそこは…ああ、そうか。」
魔術塔には魔術師か、王族以外入れない筈だと言おうとして、なぜ、レオディアーナが難無く入れたのかについて思い至ったのだ。
「いや、何故、魔術塔へ?変人しか居ないだろう。」
オスカーは容疑者に魔術師は入れて居ないようだった。
「ちょっと待ってください!僕にも分かるように話してください!」
初っ端から話についていけなくてヘンリーは音を上げた。そこで、オスカーがまず『魔術塔』についての基本的な話をした。ヘンリーも十歳になるので、その内 家庭教師に教わる頃だろう。
「成程…そんな機関があったんですね…。分かりました。では、レオディアーナ様は何故、魔術塔へ行ったんですか?」
まさか…とヘンリーの顔が青ざめる。
「いいえ、ヘンリー殿下。これといった確信があった訳ではありませんの。何となく気が向いたと言いますか、女の勘というものかも知れません。」
そう言えば、魔術塔へ行く運びとなったのは、目の前のオスカーがアユコと仲良くウフウフキャッキャしていたからだとレオディアーナは思い出していた。
そこで少し黙ってしまったので、オスカーがレオディアーナを窺う。
「レオディアーナ?」
「あ、すみません。えっと…それで、”伝染病”についてでしたわね。」
二人が神妙な顔で頷く。
「あの騒動は、病いでは無く、呪いの黒石によるものだと思いますわ。」
「呪いの黒石?」
オウム返しに言うヘンリーに、レオディアーナが説明を続ける。
「疫病よりも、もっと確実に死に至らしめる為に、強い魔力と魔術で黒石に呪いをかけたと思われます。それをコレット様の前で発動させた、そしてそれを広場の井戸に投げ入れる事でその場にいる人間も同じように黒石の呪いが移り死に至った。」
「だが、誰かを呪うのすら大罪だ。それもこれ程大勢…死罪は免れない、そこまでするものだろうか。」
オスカーは懐疑的だったが、強い魔力と云うワードで察しがついたのだろう。
「成程、だから君は魔術塔に行ったんだね?一人呪うだけでもかなりの魔力が居る。強い魔力と魔術の知識を持つもの達なら、この騒動を起こせると思って?」
「実際、井戸から呪術に用いられた黒石が見つかっております。それを聖女様が浄化し、呪術具としての機能を停止させたので、伝染病にかかる人間は居なくなりました。」
「聖女がそう言ったのか?」
俺には教えてくれ無かったのに…とオスカーが独りごちる。
「ええ、先日お友達になりましたの。」
「ならばその線で考えよう。その黒石はまだ聖女が持っているのかな?」
「ええ、悪用されないように箱に入れてあると言ってましたわ。」
オスカーが頷く。後で確認しに行こうと二人に促した。
「コレット嬢が狙われたとしたなら、犯人の目的は何かな?素直に考えれば、ヘンリーの婚約者になる事だろう。」
最初からそう思っていたのだろう、ヘンリーは僅かに頷いただけだった。
「または、コレット嬢が何か知られてはいけない物を見聞きしたか…彼女は五歳から亡くなる十歳まで王妃教育を受けていた。勉強に忙しく、余計な物を見聞きする暇も無さそうだが…それか、別の人間と間違われて狙われたのか」
オスカーが思いつくまま推理を披露する。
別人と間違われて殺されるなんて、真っ平御免である。
「動機がコレット様の後釜であるなら、容疑者は婚約者候補となりますが、彼女達が呪術を扱えるとは思えません。」
レオディアーナの言葉にオスカーが続く。
「そんな呪術は魔術塔の人間にしか不可能だろう。だが、彼らは誓約書で王家に誓いをたてている。誰かを呪うなどといった事は出来ない様になっているんだ。」
で無ければ王族が真っ先に狙われる、とオスカーが苦笑いする。
「そうでしたのね…。それなら魔術師には実行は不可能。城下町にも魔力が強い方もいらっしゃいます。術式さえ手に入れる事が出来れば、あるいは…」
「魔術師がそこまでするかな…」
オスカーは魔術師に信頼を置いている訳ではなく、魔術塔にいる彼らは研究の虫で、魔術塔の外の事に興味を示さない事を知っていた。頼まれても、『めんどくさい』の一言で断りそうな気がする。
だが実際、黒石があると言うことは誰かがそれに呪いの術式を組み込んだ筈で、知識の無い者には犯行は不可能。
「もし…」
ヘンリーが考えながら口を開く。
「僕の婚約者になる事が目的なら…最後の一人になるまで犯行は続くんでしょうか…?」
「その可能性は高いな。で無ければ、大罪に手を染めないだろう。」
「娘を筆頭婚約者にしたい親御さんの線もありますわね。」
オスカーとレオディアーナの言葉に、ヘンリーが両手を握りしめる。
「僕は…僕は、コレットが好きでした。心から愛していたかって聞かれると困りますけど、優しい笑顔とか厳しい王妃教育も頑張ってる所とか…。色んな人間が居るって家庭教師に習いましたけど…こんな、こんな…」
ヘンリーの両目からポロポロと涙が零れる。
愛憎渦巻く伏魔殿、昔レオディアーナの父が、王城をそう例えた事があった。その様子を見て、ヘンリーが人間不信になってもおかしくないと思った。
オスカーも黙っている。
きっとなんでもないように振る舞うオスカーにも、こういう事が起こっていたのかもしれないとレオディアーナはふと思った。
何かを得る為に、誰かを陥れて、裏切られて、それらを全て受け入れて 人を統べる王になるのかもしれない。
自分は、そんな人の隣に立とうとしているのだと、背中が重くなるのを感じた。
「僕は、絶対に犯人を許しません…。」
涙を両手でグイグイ拭きながら、ヘンリーが決意したように言う。たとえ、それが誰であったとしても――――。
その後、三人で議論を続けたが、取り敢えず現物を見に行こうと、連れ立って教会のアユコの元へ向かった。
そして、大司祭に喧嘩を売る活きのいい青年と、何故か興奮気味のアユコという奇妙な場面に遭遇した。
「アユコ、君に見せて貰いたい物があるんだが、少し良いかな?」
オスカーの何気無い言葉に、レオディアーナがまるで自分にビザールスキルをかけてしまったかのように固まる。
オスカーが、アユコを呼び捨てにしている。
二人はいつの間にそこまで 仲良くなったのだろう?
婚約解消の文字が激しく点滅し始めた。
これはノンビリして居られない。再就職先を探さなくては――――――!!!!