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新たなる謎

王妃の息子であり、このフラリス王国の第二王子にあたるヘンリー・オン・フラリスから招待を受けて レオディアーナは、王城の中でも一番美しいと称される庭園へオスカーと共にやって来た。

 オスカーが忙しいのは重々承知しているので、もしや直前でドタキャンも有り得るかもと危惧していたが、何食わぬ顔で今朝、迎えに来ていた。

 フラリス王国は、一年を通して穏やかな春の気候なので、四季というものが無い。常に花に囲まれた王国と賞賛される程、色とりどりの花が丁寧に手入れされていた。

 その中でも一番の庭園で、ヘンリーは既に待っていた。

 

「ご招待に与りまして、感謝申し上げます。」

 まずは招待されたレオディアーナが優雅にお辞儀をして挨拶をする。白いテーブルセットの上には、沢山のお菓子が乗っており、ヘンリーが着席を勧める。

「ようこそ、おいでくださいました。こころより お礼申し上げます。さ、どうぞ。」

 ややくせっ毛の金髪に濃いブルーの瞳、顔はあどけなく、無邪気な天使のようだ。

「レオディアーナがお前に招待されたと聞いてね。折角だから、私もご一緒させて貰う事にしたよ。」

 ニッコリと笑みを深めるオスカーにも、ヘンリーは臆する事無く席を勧める。

「ええ、どうぞ兄様。兄様はいつもお忙しそうでしたので、レオディアーナ様だけご招待したのです。」

「それだ。どうして、自分の婚約者では無く、私の婚約者であるレオディアーナを招待したりしたんだい?」

 初っ端からギアが入っている。瞳は少しも笑っていない笑顔でオスカーが問いかける。

「レオディアーナ様は、もう婚約式確実だと噂されております。他の候補の方はもう いらっしゃらないんでしょう?それなら、未来の義弟となる身ですので、今から親睦を深めようと思っての事です。」

 少しも笑顔を崩さず、甘えるように話すヘンリーにもオスカーは手加減するつもりは無いようだ。

「親睦を深めるなら、婚約式を経て正式な婚約者になってからでも遅くは無いんじゃないか?今の状況で、感情のまま行動する事が、どれだけ相手に迷惑をかけるか解らない年でも無いだろう。それに、お前はそんな事をしている暇があるのかな?」

 痛い所を突かれたのか、笑顔のままヘンリーが黙る。

 招待されたのはレオディアーナなのに、着席してから一言も口を挟めず、笑顔でやり合う義兄弟を見ながら、紅茶を飲む事しか出来なかった。

 婚約者と云えば、ヘンリーの筆頭婚約者は先日 儚くなられた。そのせいなのか、ヘンリーの衣装は黒を基調としていて、喪にふしているようにも見える。

 ふーっと わざとらしくため息をついてヘンリーが口を開く。

「…まさか、兄様がそんなにレオディアーナ様にゾッコンだと思いませんでした。」

「はあっ?!」

 突然の物言いにオスカーが目を剥く。

「お前は、急に何を…っ」

「だってそうでしょう?わざわざ、兄様が忙しい日を選んで レオディアーナ様をお誘いしたのに、招待してもいないのについて来るし、初手からキャンキャン吠え立てるし!」

 ヘンリーは笑顔を止めて、ムスッとした顔で文句を言い始めた。

「ほう。ならやっぱり意図があっての事なんだな。俺を相手に随分と良い度胸じゃないか。」

 いつもは一人称が”私”なのに、”俺”に変わっている。

「はぁ〜もう、兄様を敵に回すつもりなんか有りませんよ!僕はただ、レオディアーナ様に味方になって欲しかっただけです!」

「『婚約者』になって欲しい、の間違いでは無いのか?」

 腕を組んで瞳を眇めたままオスカーが威圧する。

「…」

 すると、ヘンリーが黙った。

「お前の他の婚約者候補には、ちと問題があるようだな。ちゃんと話せば、手を貸さない事もないぞ。」

 それを聞いて俯いていたヘンリーが、パッと顔を上げる。レオディアーナも軽く彗の宮を調べたが、オスカーの方がより深く内情を探ったようだった。レオディアーナは、ほほう、と思いながら 用意されていたお菓子の中からマカロンを選んで口に運んだ。美味しい。


「これはここだけの話にして頂きたいのですが…」

 ヘンリーがオスカーとレオディアーナを交互に見ながら、口を開いた。

「コレット…僕の筆頭婚約者のコレット・フィアデルは…殺されたのです。」

 ヘンリーは悔しそうに両手を握りしめた。

「えっ」

 ここに来て、初めて言葉を発したレオディアーナは、ヘンリーの筆頭婚約者の名前も知らずにいた事に気がついたが、それどころでは無い。

「ヘンリー、滅多な事を言うものでは無いぞ。」

 オスカーが厳しい口調で窘める。

「…」

 ヘンリーはまた俯いてしまった。

「ヘンリー殿下がそう思われる事があったからこそ、なのでは無いですか?」

 火のないところに煙は立たず。レオディアーナがそう言葉を綴ると、ヘンリーがレオディアーナの方を向いた。

「ああ、やっぱりレオディアーナ様なら、僕を信じてくれると思いました!」

「信じると云うか、まずはお話を聞かない事には 真偽出来ませんからね。」

 紅茶を飲みながらそう言うと、ヘンリーは瞳をキラキラと輝かせた。

「良いのか?話を聞いてしまったら、良かれ悪かれ面倒事に巻き込まれるのは避けられないんだぞ?」

 オスカーがレオディアーナに苦言を呈す。

「でも、オスカー様は先程、『ちゃんと話せば、手を貸さない事も無い』と。」

「貸すとは言っていない。」

「…どの道、招待された時点で周りは()()()()なりますでしょう。ここで退避しても得手とは言えません。」

「なら、君はこの件に関わるつもりなのか?」

 ムッとした顔を隠しもしないオスカーに、ヘンリーは驚いた。

 兄は、外面が良くて完璧な振る舞いをしているが、実は疑り深くて性格が悪い事を自分は知っているが、まさかまだ正式な婚約者でも無いレオディアーナにその顔を見せているとは思わなかったからだ。それだけ信用しているという事なんだろう。


「ヘンリー殿下からお話を伺った上で、オスカー様が手を引けと仰るなら、オスカー様に従いますわ。」

 ニッコリと笑って答えるレオディアーナに、そうとまで言われてしまっては、立つ瀬が無く オスカーがヘンリーに話の続きを促した。


「コレットは…伝染病で亡くなったとされています。だから、遺体にも会えませんでした。」

 ある日コレットは城下町に買い物に出掛けた。しかし、突然倒れそのまま息を引き取ったというのだ。周りの住民も次々に容態が急変し、大騒ぎになった。伝染病だとされ、たまたま現れた『聖女』が事にあたったが、全ての人間を救う事は出来なかった。

 伝染る可能性を考慮して、コレットの遺体は直ぐに火葬されたので、誰も最後の対面を行えなかった。

「おかしいとは思いませんか?コレットは買い物をしに城下町へ行ったと聞かされましたが、普段の買い物は商人を宮殿へ呼んで行います。城下町で買う物なんか、有りますか?」

 有るわよ。隣国の書物とか。

 そう思ったが、レオディアーナは黙っていた。確かに商人を呼んでの買い物の方が貴族らしい。特に王妃教育中なら、危険な城下町になんて行かないだろう。

「たまには、そう言う事もあるだろう。気分転換とか…護衛も居たんだよな?」

『聖なる腕輪』を使ってレオディアーナが城下町に出入りしている事を知っているオスカーが、ゴホンと咳をする。

「ええ、侍女も護衛も、伝染病で亡くなりました。だから当時の事を知っている人間が居ないのです。」

「なるほど、ヘンリー殿下はコレット様が誰かに呼び出されて、騒ぎに乗じて殺されたのでは無いかと お疑いなのですね?」

 レオディアーナが問うと、ヘンリーはウンウンと頷いた。

「何しろ、当時 そばに居た人間は全て亡くなって居ます。どんな事があっても、不可能では無いでしょう?」

「だが、遺体を確認した人間が居るだろう?そういうのは教会の範疇だと思うが。切られ傷や毒殺なら、直ぐに露見するんじゃないか?」

 オスカーが最もな事を言う。つまり、遺体に不審な所は無かったと云う事だ。

 ヘンリーはまた俯いてしまった。

「報告通り、伝染病だったんじゃないか?」

 駄々っ子を宥めるようにオスカーが優しい口調で言う。

「でも…」とヘンリーが言い募る。


「もし、コレット様が殺され、その遺体に不審な所が無いなら、狙いすませたように伝染病を起こした と云う事になります。」

 ゆっくりと言葉を紡ぐレオディアーナに、ヘンリーとオスカーが目を向ける。

「そんな事は…」

 オスカーが言う。

「出来るんですか…?」

 ヘンリーが問いかける。

「出来なくは無いでしょうが、必ずコレット様を狙うなら、その手段は非効率的ですわね。罹患しない可能性だってあるんですから。」

 レオディアーナの返答に、オスカーが フンと鼻を鳴らす。ヘンリーは続く言葉を待って居るようだ。

「だから、あの騒動自体が、伝染病では無かった可能性が有ります。」

 ハッキリ言い切ったレオディアーナに、二人が眼を剥く。

「レオディアーナ様!それはどう言う事ですか?!」

 興奮気味のヘンリーを抑えて、オスカーが言う。

「待て!このまま庭園(ここ)で話す内容では無い。機会を設けよう。」

「でも、兄様…!」

 確かに、庭園ではどこまで声が響いてしまうか分からない。内緒話には向かない場所だ。改めて場を設けると云うオスカーに、待てないヘンリーが声を荒らげる。

「分かった、では明日、改めて私の部屋に集まろう。二人ともそれで良いな?」

 有無を言わせぬオスカーに、ヘンリーは渋々頷いた。

「さ、今日はここ迄だ。レオディアーナ、玉の宮まで送って行こう。」

 サッと立ち上がり手を差し出すオスカーに、レオディアーナがその手を貸してもらいながら立ち上がる。

「オスカー様、お忙しいでしょう。私なら一人でも戻れますから。」

 そう断ると、オスカーは無言でニッコリ微笑んだ。遠慮だったのだが、拒否は認められないようだ。

 ヘンリーに挨拶をしてその場を離れると、オスカーに釘を差された。

「レオディアーナ、今後 どう動く事になっても、必ず私に逐一報告すると誓えるかい?」

 問いかけではあったが、不機嫌オーラを隠しもしないオスカーに、否 と言える人間が居るだろうか?

「私はいつでも、オスカー様のご随意に従いますわ。」

 にこっと邪気の無い微笑みをすると、オスカーが苦虫を噛み潰したような顔をした。

「…なら、良いよ。」

 とても”良い”と思って居なさそうな顔で、オスカーは話を打ち切った。


 ◇◇◇◇◇

 これは大変な事になった。もし、コレットの死因が伝染病では無く 殺人であった場合、必ず『犯人』が居る。貴族殺しは大罪で、すぐさま火炙り待ったナシだ。

 つまり『犯人』が居るのなら、事情を知る人間を手にかける事に何の躊躇いもない。既にその手は汚れ、殺らなければ自分が火炙りになるだけなのだから。

 オスカーは、侍従に城下町での伝染病を詳しく調べてくるように指示した。そして別の侍従には彗の宮の見張りと、教会付近の聞き込みを。

 明日までに情報を揃えて置きたい。レオディアーナがどこまでの情報を持っているのか分からないが、あの言い方からして、既に心当たりがあるのだろう。

 このままでは、レオディアーナだけが狙われかねない。

 自分にも犯人からの視線を向ける事で、レオディアーナを護ろうとしていた。常に最善の選択をしていないと、あっという間に足元を救われるのが、王城なのだから。


 ◇◇◇◇◇

 あらあらあらあら?

 まあまあまあまあ?


 教会の庭木の裏から、レオディアーナは楽しそうにお喋りしている二人を覗き見ていた。目線の先には、親友となったアユコとオスカーが居る。

 昨日、ヘンリーから招待を受けたお茶会は、途中でオスカーが仕切り直しを申し出たので、今日に持ち越された。オスカーの部屋で改めてお茶会を開く事になったのだが、アユコから借りたままの書物を先に返しに行こうとレオディアーナは昼前に教会に来た。

 教会の庭に入ると、奥の方から話し声が聞こえてきたので、何となくそちらに寄ってみた。すると、そこには声を潜めるようにして話す二人の姿があったのだ。


(聖女とは結婚しない、とか言ってませんでした? それとも、いざ会ってみたら可愛らしくて心を惹かれたのかも!だって、あんなに楽しそうにお喋りしていますもの…)


 何だか胸がスカスカする。自分だって、あっという間にアユコに惹かれたのだ、オスカーが惹かれたとしても不思議では無い。

 (そうなると…私はどうなるのかしら?)

 ヘンリーか、生家か、この後のヘンリーの件がどっちに転ぶかでも道は変わるだろう。レオディアーナは、お手製の扇飾りを握ったまま、そっとその場を離れた。


 アユコに返す筈の書物を持ったまま、レオディアーナは王城の裏へと回っていた。本当は、アユコに書物を返してから一緒にランチを摂るつもりだったが、楽しそうな若い二人の間に”やあやあ、どうもどうも!”と言ってズカズカ入っていく程図太くは無い。

 それならば、確認しておきたかった事を先に済ませてしまおうと、一人でこの『塔』へやって来た。

 王城の裏手にある雑木林に隠されるようにそびえ立つ『魔術塔』。許可された者しか塔の中に入る事は出来ず、そもそもこの塔の存在すら知っているのは一部の貴族だけだ。


 あの『伝染病』は『呪い』だった。

 それはアユコから詳しく聞く事が出来たので、間違い無い。普通の人間が呪いをかける事は難しく、それもあんなに素早くあんなに広範囲となると、それはもうこの『魔術塔』にいる一流の魔術師にしか成しえない事だ。

 しかし、『呪い』は重罪で、もし発覚すれば火炙りか、良くて斬首だろう。そんな危険をこの、エリート揃いの魔術師が犯すだろうか?

 塔の中に入れないのは良く分かっていたが、外から何か”あの件”に繋がるものを見つけられないかと、レオディアーナはやって来た訳だが…。


「ここで何してるの?」

 塔を窺っていたレオディアーナの後ろから、明るい声がかけられる。全く気配が無かった。慌てて振り向くと、黒いローブを被った 甘い顔立ちの男が微笑んでいた。

 髪は赤茶で、くせっ毛なのかふわふわしている。瞳は真っ黒なのに、金粉を散らしたような不思議な色合いをしていた。スラリと背が高く、オスカーと同じくらいに見えるが、剣の鍛錬をしていて筋肉質なオスカーより 随分貧弱にみえた。

 

「あの、ちょっと散歩していたら、道に迷ってしまって…」

 苦しいかな?と思いつつ、言い訳を口にする。

「そうなんだ〜、ここはね、この雑木林も王族以外は立ち入る事も出来ないんだよ〜。でも、君は見た事無いね。どうやって入って来たの?」

 ニコニコ話しかけて来るが、瞳が全然笑っていない。そうなのか、王族以外は 塔どころか、そもそもこの場に入る事すら出来ないのか。きっと防衛魔法とかが効いているのだろう。

 自分が入れたのはきっと『聖なる腕輪』を着けているからかしら?とレオディアーナは思った。

 王族になる者にしか与えられないと王妃様が言っていたのを思い出したのだ。

 しかし、ピンチはピンチ。何と言ってこの場を収めようか計算を始めたレオディアーナに、ローブの男が親しげに話しかけてくる。

 「見た事ないけど、でもま!ここに入れるなら君も王族なんでしょ?俺も、王族全員把握してる訳じゃ無いしね〜」

 ウインクしながらレオディアーナの肩に手を回してきた。それをさり気なく外しながらレオディアーナが応じる。

「ええ、そうですわ。でも、お邪魔の様なので、私はここで失礼しますわ。」

 ニッコリ笑って言うと、まあまあとローブの男が食い下がる。

「折角、ここまで来たんだしさ!中でお茶しない?魔術師ってオッサンばっかでさ!潤いが欲しいと思ってたんだよね〜!」

 決定!と言わんばかりの態度に、レオディアーナの頭の中で警鐘が鳴る。魔術塔を調べられるのは好都合だが、この流れに乗ってはいけない気がする。絶対に調べなくてはならない場所でも無いし、機会ならまたあるだろう。

 中に入れたいローブの男と遠慮するレオディアーナの攻防が暫く続いたが、腰に手を回して扉を開けようとしたので、レオディアーナは咄嗟に詠唱を口にした。

《cold stone!》

 途端に男の体が凍りついた。隅々まで綺麗に固まり、まるで雪で作った石像のよう。

 (ン もうっ! 淑女にたいして失礼だわ!)

 この状態で強い刺激を与えれば、簡単に粉々にする事が出来る。勿論、殺人を犯すつもりは無いので、五分もすれば魔法は解けて元に戻りますよ、と囁いてから そそくさとその場を離れた。

 

 この世界には魔力を持った人間が少ない。魔力を保持しているのは王家や貴族で、大体が『火』『水』『土』だ。レオディアーナは、水魔法からの派生魔法で『氷』が使えるが、これを使える人間はほとんど居ない、希少な魔法だ。

 またその人にしか使えない”ビザールスキル”と云うものがある。その人の持つ魔力によって練り上げられるオリジナルの魔法だ。レオディアーナの場合は、詠唱を行う事で対象者または対象範囲を一瞬で凍らせる事が出来る。

 このビザールスキルがあるおかげで、多少の事は(城下町に出入りなど)周りの人間が目を瞑ってくれる。

 そして、王家が欲する力でもある。

 レオディアーナがオスカーの筆頭婚約者になれたのも、このビザールスキルによる所が大きい。


 

 レオディアーナが去って暫くすると、王城からの道を一人の男性が歩いて来た。

 氷像になっている男を見ると、慌てて近寄ってくる。

「おい!何をしてるんだ?!シエル!」

 シエルと呼ばれた男は、ようやく氷が溶けたところだった。

「うう〜寒い!寒いけど、アレ誰?!」

 ぶるると体を揺すると、目の前の男に喰ってかかった。同じ黒いローブを纏った美丈夫だが、右眼が大きな傷で塞がれている。

「はあ?」

「今の子だよ!凄い可愛い子!俺の防御魔法を無視して氷漬けにされた!!こんな事初めてだ!!」

 目をランランと光らせ、頬は高揚して赤くなっている。

「氷漬け…それなら、アクアビット公爵家の令嬢だろう。あのビザールスキルは彼女しか使えないからな。」

「名前は?!なんて言うの?!」

 興奮を抑えられないようで、ぴょんぴょんとはね回る。

「おい、知ってどうする?言っておくが、彼女は第一王子殿下の婚約者だぞ。」

 ジロリと睨めつけられても、何処吹く風だ。

「へぇ〜!そうなんだ、でもそんなの関係…ん?第一王子?第一王子って聖女と結婚するんでしょ?」

「…まだ決定じゃない。滅多な事は言うなと、いつも言ってるだろう。」

 ため息をついて、塔の扉に手をかけた所で、シエルが後ろからローブを引っ張った。

「師匠!名前!名前教えて!」

「…はあ、本当に人の話を聞いていないな。」

「分かった!分かった!ねっ、教えてよ〜!」

 シエルの事をよく分かっている師匠と呼ばれた男は、名前を言うまでローブを離さないだろうと諦めて、レオディアーナの名前を教える。

「…レオディアーナ様だ。レオディアーナ・アクアビット。」

「レオディアーナ!」

 シエルの顔はキラキラと輝いている。

おい、呼び捨てにするな。せめてレオディアーナ様と言え、と云う師匠の声は もうシエルには届かなかった。


 魔法は、修練に修練を重ねると、稀に瞳の中に金粉を散らしたようなものが現れる事がある。その眼を持つ者だけが、魔術塔に入る事を許され、様々な魔法具の開発や より高度な魔術を研究する事が出来る。

 シエルは、産まれた時からその眼を持っていた。

 その為、幼い頃から半ば軟禁のような状態でこの魔術塔に住んでいた。シエルの魔力は大きく、難しい魔術式も難無く習得し、天才の名を欲しいままにしていた。

 その自分が、対防御魔法を張って居たにも拘わらず、その術式を突破されて攻撃を受けた。

 

 (運命だ…)

 

 こんな事は師匠にも出来ない。初めての感覚だった。


 (僕と彼女は、交わる運命にあるんだ…)


 シエルは初めての敗北に浮かれていた。


 (第一王子は聖女と結婚するんでしょ?なら、問題ないじゃん。そうだよ。急に聖女が現れたのも、僕とレオディアーナが一緒になる為だったんだ…!)


 師匠はもう塔の中へ入ってしまっていて、辺りには誰も居ない。それでもシエルは口に出しておきたかった。

 

「レオディアーナ、待っててね。僕が君を”シアワセ”にしてあげる!」

 

 

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