ごはんたべよう①
「お兄さんは、いつまで家におられるんでゴザルか?」
……お兄ちゃんは、いつまでこっちにいるんだろう。
「おめーBlüteのこと知らなかったくせに急に前のめりじゃん?」
ウキウキし始めたスイクンに、素麺を飲み込んだ黄色が毒付く。
「晩御飯とか、一緒に食べれたりするんでゴザルかねえ?」
前来た時は、晩御飯を食べる間もなく、顔を出してすぐに帰ってしまった。
今回はもっと、明日くらいまでは家に居てくれるのだろうか。
普段、私達はお互い遠慮して電話もチャットすらもほとんどしない。
私が得る兄の情報と言えば、Blüteの公式SNSかマネージャーから来るメールで少し触れられている物くらいだ。
話したいことは沢山ある。
学校の事、音楽の事、今後の事。
「晩御飯? くひゃひゃっ! いいじゃん。一緒に食べよう」
……待てよ。
もしかして私は、こんな所で素麺を啜っている場合ではないのではないか?
「おいババア! 聞いてんのか!」
「聞いてるよ。私に兄たちと晩御飯を一緒に食べようって言いに行かせるつもりだろ?」
「分かってんならとっとといけやカス!」
このガキは本当に……。
私は最後の素麺を啜ると、すくっと立ち上がる。
「食器持って行くから、ついでに聞いて来るよ。……えっと、ローレル手伝ってくれる?」
「合点承知の助!」
そう言いながら、嬉しそうに立ち上がるローレル。
「二人は先に勉強を始めといて、じゃあ行ってくる」
言っておいて、勉強って何をするかも決めていないわけだが、私は全員のめんつゆを大皿に移してからお盆に乗せると、ローレルと食器を分け合って立ち上がる。
「いってきまぁーす!」
そう言って、トコトコと二人で階段を下りる。
「……ローレル」
私はこの機に、ポツリと切り出す。
「何ですかヤーメン?」
ヤーメン言うな。
「さっき妙に大人しかったけど、何で?」
私の漠然とした問いに、ローレルは何故かにっこりと微笑む。
「あ、やっぱり気になります?」
やっぱりって事は、やっぱり意図的な物だったようだ。
「何でなんだ?」
「うふふ。何でってそれは、突然アイドルが現れて、固まっちゃっただけですよ」
「嘘つけ。そんな感じじゃなかっただろ?」
こいつはイマイチ何を考えているか分からないところがあるが、流石にそれは無理筋である。
「まあそうですね。私はお兄さんが来ることを知ってましたし、私がここにいることを、お兄さんも多分、知ってたからですね」
「はぁ?」
心からの「はぁ?」が出た。
「私、表向きはウィザードプロダクションの関係者ってことになってますので」
「待て待て待て。最初に聞いた話と全然違うんだが?」
「その辺はちょっと、のっぴきならない事情があるんですよ」
「それを言われたとて、私が納得すると思うのか?」
「納得も何も、だってそうなんですもの。わたしだって、ここで活動するための名義が要りますからね」
本当に、この女は謎が多すぎる。
そのせいで、私は彼女の言動が嘘か本当か判断する事が出来ない。
「じゃあ聞くが、お前と私のおに……兄の関係は何だんだ?」
その言葉を聞いたローレルが、今度は意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「うふふ。さぁて、どんな関係なんでしょうねぇ?」
そして、妙に艶っぽい声色で返して来る。
「……怒るよ?」
私はそういいつつ、彼女の声色と表情に一瞬、ドキッとしてしまった。
「ただの知り合いですよ。私は海外で興行をする際の関係者って感じです」
「海外の興行? 関係者? 中学生がか?」
確かに、Blüteは近いうちに海外での講演を控えているという情報があるが、一介の中学生がそこで何か出来るとは思えないし、彼女の”関係者”と言う曖昧な言い方が引っかかる。
もちろん実際には中学生ではないのだろうが、表向きと言うなら、それは関係ないはずだ。
「だから、あんまり気にしても仕方が無いと思いますよ? だって、実際には何もやって無いんですから。私」
その言葉をくむなら、無理やり彼女が会社にいる理由付けをしているだけで、実態は名前だけ置いていると言う事だろうか。
「はぐらかすなよ。お前がプロダクションの関係者を名乗る必要性が分からないって言ってるんだ」
わざわざ関係者を名乗っているのであれば、何かしらそうせざる負えない理由があるはずだ。
しかし彼女の本来の目的は私の護衛のはずだ。
そこで、何でプロダクションの関係者とする必要があるのか、私には分からないのだ。
「私はいくつか、この地上で活動するための立場、ようするに名義のような物を持ってるんですよ。その一つがそれだと言うだけで、特に深い意味はありませんよ?」
「…………」
「ご理解いただけましたか?」
まるで煽りのような言い方だが、そこに嫌みは感じなかった。
だが、やはりどうも、はぐらかされているようで……いや確実に何か隠しているようで、何かつっかえたような気持ち悪さを感じる。
「まあ、どうせこれ以上言ったところで、教えてはくれないんだろ?」
「教えるも何も、本当に何も無いんですって」
そんな事を言いながら、いつもの笑顔で微笑むローレル。
その笑顔はまるで、これ以上追及するなとでも言いたげに見えるし、真偽の判断が出来ない以上、私も追及する事を諦める事にした。
……だが。
「食器、持って来ましたー!」
私は疑いつつも、なんだかんだ彼女が本当の事を言っていると思って行動を共にしていた。
「あら、ありがとうローレルちゃん」
「ごちそうさまデス! 美味しかったデス」
だが、残念ながら神様は嘘を吐くようだ。
――――――――
――――――――
気まずい。
対面に座る彼女はスマホに没頭しており、まるで私などいないようだ。
しかし私はスマホは持っていない。
いや、あるにはあるが、それは魔法少女のスマホだ。
教科書も、ただ読んだところで何ともなる訳じゃないし、仕方なく私は、その魔法少女のスマホをのぞき込む。
!!
「あっ! サン殿! 魔法少女の大会の案内が来てるでゴザル!」
「…………」
返事は無い。
しかし、彼女は乱暴に自分のスマホをテーブルに投げて、魔法少女のスマホを出現させた。
「……ふーん」
恐らく、サン殿も見ていると思われるその内容は、詳しい大会の日時と、どうやらルール的なものが長々と書かれていた。
私は全部、しっかり読むつもりだったが、そこには必ず使い魔から説明してもらうようにと言う注釈が添えられていた。
「おいガウ。どうなん?」
早々に読むことをあきらめたらしいサン殿が、何もない空間に目を向けてそう言った。
「どうもこうも、書いてあるまんまガウ」
そして、そこにサン殿の使い魔が現れる。
「んな事わかってんだよ。メンバーどうなってんだよメンバー!」
言われて、私はそこに知らない名前が書いてあることに気づく。
「どうやら、正式なメンバーが決まったみたいホエー」
隣から声が聞こえたと思うと、そこに幸子殿の姿があった。
「えらく唐突でゴザルな」
「人事も混乱してたんだホエー。こればっかりはイレギュラーなので仕方がないホエー」
そういえば、こうなったのも本来パーティーを組む予定だった先輩魔法少女が辞退したと言う話だった気がする。
今まで代理で来た魔法少女達もどうなったのか分からないし、いろいろ事情があるのは間違いないのだと思う。
「今夜の仕事には来るのでゴザルか?」
「それは分からないホエー」
猫猫殿がいたら、憤慨しそうな回答だ。
私はトラブルが嫌いなので出来るだけ触れないようにしているが、それでも魔法少女の運営は本当に杜撰だと思えてしまう。
「来月ね。意外とすぐ」
大会の開催日程は来月の半ば。
サン殿の言う通り、思ったより余裕が無い。
「そうだな。普通はメンバーが固定されてるから、もっと早い段階で大会練習を始めるガウ」
「熱心なリーダーは、仕事外でも集まったりするホエー」
私の考えを先読みしたかのように、そんな事を言う使い魔たち。
「大丈夫なんでゴザルか? ルールとか全く知らないでゴザルよ?」
「まあシンプルなもんだから大丈夫だと思うガウ。子ども相手に複雑なルールを作ってもグダるだけだからガウ」
そういえばこの前、サンさんが決闘をしていたけど、あんな感じなのだろうか。
「正直、猫猫がいれば楽勝だと思うホエー。あの子はちょっと、規格外だホエー」
「そう簡単なもんでもないガウ。魔法にもろもろ制限がかかるから、一発当ててハイ終りにはガウ」
「スキルの量と質が桁違いだホエー。私の見立てだと、勝つだけなら猫猫一人がいれば余裕ホエー」
その猫猫殿のあれは一体何なんだろうか。
私は他の魔法少女の能力をそこまで知っている訳でもないのに、猫猫殿が尋常でないのだけは分かる。
「それに、スイもサンも能力は平均よりも、だいぶ高いホエー」
「サンはポイントを浪費するのさえやめれば、それこそ猫猫に匹敵するレベルなのに、ほんとこの娘だけはガウ」
「うっせ―黙れ。ひまわりのポイントをどう使おうが、ひまわりの勝手だろ!」
それに関して、私は少しホッとしている部分もある。
もしサン殿が強くなるためだけにポイントを使っていれば、私なんていてもいなくても同じくらいの存在になってしまうだろう。
こんな考えをする自分はあまりにも卑屈……いや、やはり性格が悪い。
「それガウ! 問題はチームワークだガウ。いくら能力が高くても、輪を乱す人間がいると、それが不測の事態になって負けることもありえるガウ」
「おめーだれの見方なんだよ! いっつもババアの事批判してる癖に、今日はひまわりの批判かよ!」
「別にサンも猫猫も批判している訳じゃないガウ。オイラはいつも、正論を言ってるだけガウ」
この二人は良く言い合いをする。
そして猫猫殿も自身の使い魔によく、食って掛かる。
「また始まったホエー。私はスイの使い魔で本当に良かったホエー」
それは本心で言っているのだろうか。
私的には、疑問に思ったことはどんどん口にする猫猫殿の事がうらやましいのだが。
!!
「待って! 足音が聞こえるでゴザル!」
「あれは猫猫の足音だガウ」
何故それが分かったのかは分からないが、言い切ると言う事はそうなのだろう。
階段を登る軽やかな音が、だんだんと近づいて来る。
……本当に軽やかだ。
「たっだいまー! ちゃんと勉強してるぅ―?」
襖が開くなり、別人かと思うような明るい声が聞こえるが、その顔はまごう事無き猫猫殿のものだ。
「ちゃんと聞いて来たんだろうな?」
「モチのロンさー!」
ああなるほど。
「はよ言えや!」
「おっけーだってさっ!」
おそらく、お兄さんと話して、そこで良いことがあったのだろう。
本人は否定していたが、どうやらブラコンなのは間違いないみたいだった。




