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サニーは気まぐれ①

 家に着いた私達を、母が笑顔で出迎えてくれる。


 それに、スイクンは先ほどの父と対峙した時のように、かなり緊張した様子で挨拶をしていた。


 問題の黄色に関しては、かなり後ろの方でコソコソとその様子を見ていたが、意外にも敷居を跨ぐ際には一応、母に対してペコリと頭を下げていた。


 しかしそれよりも、私はもっと気になったことがある。


 普段なら私の後ろに隠れるようにしている黄色だが、なんというか、今回はどちらかというとスイクン寄りに私を避けるような位置取りをしている。


「いらっしゃいデスお二人とも!」


 そしてそれよりも更に露骨だったのは、黄色のローレルに対しての態度だった。


 彼女を見た瞬間、黄色は信じられない物を見たように目を見開いて固まり、熊と対峙した時のように、ゆっくりとスイクンの後ろに隠れた。


「ああ、この子……サンちゃんはかなり人見知りで……」


 何か他にもっと気の利いた言い回しを探したが、こう言ってお茶を濁すしかなかった。


 ただ、ローレルはこの前、黄色に会った事があるような事を言っていたが、それはてっきり私に話を合わせてくれたものだと思っていたのだが、この反応を見ると本当に顔を合わせたことがある様に思えた。


 まあ、突然外国人が現れたことにビビっているだけかもしれないのだが、だとすると、もう少しくわしく、黄色に彼女の説明をしておいた方がよかったかもしれない。


 しかしそれも、彼女がちゃんと私の言う事を聞いてくれる前提なのであるが……。


 そんな様子の黄色と、緊張しているスイクンを特に気にする様子も無く、リビングに招き入れる母。


「お部屋は今、彩芽の弟の菖太が用意してくれてるから、もう少し待っててね」


 色々家族で考えた結果、今回私達三人は、例のお風呂のある離れの部屋を使う事になった。


 そこはかつては祖父母が暮らしていたのだが、今住んでいる母屋をリフォームしてからは、たまに客人が泊まる以外は殆ど物置として使われている。


 にしても、一応、風呂と同様に定期的に掃除しているし、既に用意は終わっているはずなのだが、まだ何かすることがあっただろうか?


「なんかエアコンが壊れちゃってたみたいで、今、西条さんが新しいのを付けてくれてるのよ」


 私が疑問に思っていたのが漏れていたのか、母がそう私に説明してくれる。


 ちなみに西条さんとは父の会社の従業員で、実家が所謂、町の電気屋さんであり、こういった時に電化製品を安く融通してくれるのだ。


 ついでに、電気工事士の免許も持っているため、取り付けまでさせてしまっているわけである。


 そういえば、電気工事士の資格って年齢制限が無いらしいので、なんなら私も取っておいてもいいかもしれない。


「ああそうだった。ちょっと俺も様子を見て来るよ」


 そう言って、父が駆け足で外へと向かって行く。


「もしかして、わざわざ私達のためにつけて下さったんですか?」


 スイクンがおずおずと、母に対してそう尋ねた。


「ん? いやいや、気にしないで。どっちにしろ壊れかけてたから、そろそろ付け替えなきゃと思ってたのよ」


「あ、そうですか……。でも、ありがとうございます」


 ちょっと気まずそうに、伏し目がちにスイクンがお礼を言う。


 たしかにあそこのエアコンはかなりの年代物で、新しい物に買い替えるのか、どうせほとんど使わないから移動式エアコンでいいのではとか話していた記憶がある。


 どうやら今回の事がきっかけで、買い替える事になったようだった。


 まあ、まだそこまで熱いわけでは無いので、今回のお泊り会で、そのエアコンが活躍する事は無いだろうが。


「スミレさん! もう終わったみたいだよ!」


 父の声が、玄関の方から聞こえて来る。


「あら早かったね。流石、西条さん。じゃあ彩芽ちゃん。二人をお部屋に案内してあげて?」


「あ、うん分かった。じゃあ二人とも荷物を持って、こっちに着いて来て」


「わかりました」


 何故か敬語で返事をするスイクンと、無言の黄色が私の後に着いて来る。


「あ、お昼ごはんはどうする? そうめんなんだけど」


 母が後ろから声をかけて来るが、エアコンと言い、ウチは夏を先取りしているようだ。


「うーん……じゃあ、あっちで食べるから、時間になったら電話して?」


「わかった」


 私は玄関に着くと、そそくさと靴を履く。


 気付くと、スイクンが不思議そうな顔をしながら、それを眺めていた。


「? ……ああ。隣にもう一軒、家があったでしょ? そっちに移動するために、一旦、外に出るんだよ」


 彼女達には離れに泊まる事を言ってなかったので、私が何でまた靴を履いているのか理解できていなかったようだ。


「え、お隣は親戚のお家か何か何ですか?」


「ううん。昔、祖父母が使ってた家なんだよ。かなり古いけど、補修はしてるから大丈夫」


 少し不安そうな顔をしていたので、私がそう説明したのだが、どうやら彼女はピンと来ていない様子だった。


 まあ、離れのある家なんて今日日、見ないので、彼女の反応は自然な物だろう。


 その後ろで何故かニヤニヤしている黄色が目に入ったが、私の目線に気づいてプイっとそっぽを向く。


 やっぱり何か彼女の態度が引っかかる。


 そういえば、結局バタバタしたせいで、この前の仕事の時に、具体的に何があったのか聞きそびれてしまっていたが、もしかしたらその時に何かあったのだろうか?


 ローレルとテルみんに、もっとグイグイ聞いておくべきだったのかもしれないが、なぜか分からないが、なかなかそう言う気になれなかったのだ。


 もしかして、このまま聞かない方が良かったりするか?


 そんな事を考えながら、庭を歩き、すぐ隣の離れまで私達は移動する。


「ここも、アヤメさんの家の家なんですか?」


「そうだよ。あと、もう普通に話してくれて大丈夫だよ」


「あ。りょ、了解でゴザル」


 同い年に敬語を使われるのは、普通に気持ちが悪い。


 だからといってゴザル口調もどうかと思うが、もう慣れてしまったので、それよりはマシだろう。


「こんな広いお家を二件も……もしかして、猫猫殿の家は、かなりのお金持ちだったりするでゴザルか?」


「いやいや、むしろ真逆だよ。古い家柄だから、無駄に広いだけ。あと、猫猫はちょっと恥ずかしいから、今は普通にアヤメって呼んでくれたら嬉しい」


「そうでゴザルな。では、拙者の事もルリと呼んでほしいでゴザル」


 あくまでその口調は貫くつもりなんだなと思いつつ、私はその後ろの黄色の方に目を向ける。


「サンさんもそれでいいかな? 本名は、”ヒマワリ”だよね?」


 その名前を呼んだ瞬間、黄色がピクッと反応したような気がするが、彼女は無言で目を逸らす。


 否定されなかったので、私は容赦なくヒマワリと呼ぶことにする。


「じゃあ、あらためていらっしゃい。どうぞ中へ」


 私は若干立て付けの悪い引き戸を開けると、手のひらで彼女達を招き入れる。


「菖太ー! いるんだろー!」


 私は家の中に向かって叫ぶが、彼からの返事は無い。


「おうアヤメちゃん! こんにちは」


 代わりに奥の階段から、少し小太りの男性がドスドスと降りて来るのが見えた。


「こんにちは西条さん。エアコン、ありがとうございました」


「いやいや構わんよ。ああこんにちは、ゆっくりしていってね」


 二人にも挨拶する西条さんに、スイクンがまた緊張しながら挨拶を返す。


 黄色は(略)。


「菖太はどこ行きました?」


「ん? あれ、室外機の様子を見てもらっとったんだけど、外で会わなかった?」


 そう言われて私は後ろを振り返ると、丁度、菖太がそそくさと家に入って行くところだった。


 ……気まずくて逃げたな。


「映画に出て来る、お屋敷みたいでゴザル」


 そして家に上がるなり、キョロキョロと周りを見ながら、スイクンがそんな事を呟く。


「そんな大げさな。とりあえず二階に荷物を持って上がろう」


 大げさとは言ったが、実際、この離れの素体は百年ほどの歴史があるらしく、古民家独特の何とも言えない雰囲気があり、世間一般ではおそらく、これを指して趣と言うのだと思う。


 それに、ここは現在の母屋が建つまでは元の母屋として使われており、その後にすぐ改築して一階部分が狭くなったらしいとはいえ、まだかなりの広さがある。


 現在の母屋が古くなった際に、ここを潰してその上から新しい家を建てる計画もあったようだが、存命だった時の祖父の大反対にあったようで未だに修繕しつつ騙し騙し使われているのだ。


「荷物を置いたら探検してみる? あんまり面白い物は無いと思うけど」


「え!? いいんでゴザルか!」


 あまりにもキョロキョロとしているのでそう言ってみたが、その言葉にスイクンが目をキラキラ輝かせる。


「いや、本当に大したこと無いよ?」


「ぜひ見せて欲しいでゴザル!」


 その前のめりな様子に、私は少し引いてしまったが、彼女は全く意に介していない。


「とりあえず、ここがお泊り会の部屋だよ。どうぞ入って」


 私は追い立てるように二人を室内に通して、その後ろから自分も入って行く。


「おおっ! すごいでゴザル! 広いでゴザル! おおっ! 冷蔵庫まで置いてあるでゴザルっ!!」


 チャットではお泊りを渋っていた割に、まるで子どものようなテンションではしゃぐスイクン。


 実際子どもなのだから、これが年頃の女の子としては普通の反応なのだろうか。


「……ガキかよ」


 しかし、黄色の方はそうではないようである。


「おお、市内が一望できるでゴザル!」


「建付け悪いから、窓からあんまり身を乗り出さないようにね」


「うひょー! 旅館ってこんな感じ何でゴザルかね?」


 私に話しかけたのかと思ったが、どうやら独り言のようだった。


「そんないい物じゃないよ。ただ古いだけ」


 はしゃぐスイクンを見て、私は微笑ましい気分に()()()()ものであるが、残念ながら実際の気持ちはそれとは真逆の物だった。


 その笑顔の彼女はボロボロのトレーナー姿で、靴下のカカト部分は擦り切れて地肌が透けていた。


 そしておそらく、それは彼女の持っている服の中でもかなりマシな物なのだろうと思う。

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