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姉を取り戻せ②

 楽々園の主張は、珍しく少しは筋の通った物だった。


 まず前提として、ディアブラこと俺の姉である己斐アヤメは、当初はユアーチューブでオリジナル楽曲や有名な曲のアレンジを投稿することを主な活動としており、どうやら、その投稿した楽曲がバズり始めたあたりで、ほんの短期間だけWeb配信をしていたらしい。


 それに関しては、噂レベルではあるがネット上にも情報があるし、何なら姉自身が当時、そんな事を言っていた気がする。


 顔出しこそしていなかったが、どうやら地声で話していたらしく、そこで声質が幼かった事や話の内容から、「もしかして子どもなのでは?」という噂が立ったらしい。


 それが原因化は分からないが、それ以降姉は配信活動を一切行っておらず、また奇跡的に当時の音声は拡散されていない。


 こういった事が現在までに繋がる”ディアブラ高校生説”の原型となっており、今ではむしろ、事務所側からそれを押し出したプロモーションを行っている。(実際には、当時は小学生だし、今は中学生)


 そしてここからが本題だが、どうやら楽々園は、ディアブラの初期からのリスナーらしく、その配信のアーカイブを録画しているらしい。


 それが本当なら、楽々園は小学生低~中学年の時にそれなりに高度なPCの知識があったことになるので、大人に手伝ってもらった可能性もあるが、非常に疑わしい話である。


 しかし、俺はこの彼女の話を、バッサリと戯言だと切り捨てられない理由があった。


 楽々園は終始、この話をしている時に俺のことをやたらと気にしていた。


 まあ、Blüte(ブリューテ)関連の話題で俺を気にするのは当然ではあるが、あの目は何かを確信しているような、嫌な感じがした。


 そしてもちろん、周囲からはその動画を見せろという、もっともな要求が出たが、そこで言った彼女の言葉が、最も引っかかっているのだ。


 その言葉は、「今度一緒に動画取ってもらうから、見せてあげる。それを見たらお前ら全員、土下座しろ」だったのだ。


 それを聞いた周囲の反応は、また楽々園が何か言ってる、と言ったような感じだったが、俺の反応は違った。


 いつもの楽々園なら、こんなに具体的なことは言わない。


 という事は、彼女の中で、それなりの自信があるという事にならないだろうか?


 そして、それに関してもう一つの問題がある。


 俺は家に帰るとすぐに、スマホを取り出してそれを検索した。


 ”ディアブラ 生配信”


 サジェストで出てきたワードをそのまま検索する。


 どうやら配信があることは事実であるようだが、このサジェストで出た()配信というのは疑わしいようだ。


 公式の文章の書き方から、ネット上でも恐らく録画だろうという意見が大半で、ワンチャン生でやるのではないかといった意見がちらほらある程度である。


 まさか顔出しをすることはないと思うが、姉がこの時間に防音室に籠もるようなら、ライブである可能性は普通にある。


 そしてその根本の問題は、学校であった事を姉に伝えるかである。


 念の為、言っておくべきだという心と、俺がこれを言ったところで、配信を中止することはできないだろうし、いたずらに姉にストレスを与えてしまうのでは無いかという葛藤がある。


 しばし考えた後、俺はその折衷案として、姉にそれとなくディアブラの事を訪ねてみることにした。


――――――――


――――――――


「姉ーちゃん。今日、ディアブラの生配信あるよね?」


 夕食の時に俺が切り出すと、姉からは鋭い眼光で思い切り睨まれた。


「……絶対に見るなよ?」


 何でお前が知ってるんだ的な


 とりあえず姉は、()配信と言ったことを否定はしなかった。


 まあ、聞き逃した可能性はあるけども……。


「えー! アヤメ、生配信してるんですかー?」


「おい彩芽っ! 何で言ってくれないんだよ!」


「そりゃ見られたくないからに決まってるでしょ? 恥ずかしいじゃん」


 まさか企業戦略とかじゃなくて、そのために発表をギリギリにしてるんだじゃないだろうな。


「もう……何でそんなに恥ずかしがるの? 私達も彩芽の活躍してるところを見たいのに」


「身内に見られてるって思ったら、緊張するじゃん」


「だけど、何で生配信に出る気になったんだ? あれだけ顔は出さないって言ってたのに」


 俺の聞きたかったことを、父が代わりに聞いてくれて、手間が省けた。


「顔っ!? やめときなさいよ彩芽!」


「出すわけ無いでしょ! 声だけだよ声! だから安心して配信を見ないようにしてね!」


 どうやら生配信であることはほぼ間違いなく、そしてそれは声だけの出演であるようだ。


「アヤメの鈴のなるような声が、全国に放映されるんですね!」


「でも、声だけでもちょっと危なくないか? 彩芽。かわいくて特徴的な声だから……」


「残念ながら、よく周りからは、可愛げのないドスの聞いた声って言われるよ。あと、これはわたしの意思じゃなくて、プロデューサーの意思。ずっと断ってたけど、あまりにしつこいから一度だけ出てあげることにしたの!」


「ちょっと! あの人、また彩芽に無理を言って!」


「約束が違う! 俺が直接抗議して来る!」


「ああもうっ! 今回は私も後ろめたいことがあるから、その埋め合わせでもあるんだよっ! 余計なことしないで!」


 ノリノリで配信を聞く気だった両親が次の瞬間には憤っているのがちょっと面白いが、話の方向がズレかけているのは良くない。


「でも実際大丈夫なん? あんだけ身バレには気をつけてるのにさ。てか、なんか昔も似たようなことが無かったっけ?」


 言い終わる前には既に、姉が再び俺をギロリと睨む。


「よく覚えてたな。あの時は私も子どもだったんだよ。自己顕示欲を抑えきれなかった」


 そんな事を中学生が言ったら、世の大人の殆どは、まだ子どもだという事にならないだろうか。


「その時って、姉ーちゃんの配信をどれくらいの人が見てたんだ?」


「え? うーん……あれはSNSの配信機能使ったやつだったし、はっきり言って底辺に毛が生えたくらいだったから、最高で50人くらいだったかなぁ?」


 うーんと言いつつ、そこそこ細かく覚えているのは、恐らく当時の姉は、同接をそれなりに意識していたのだろう。


 しかし、50人とは多いとも少ないとも言えない人数である。


 だが、現在ほとんどの配信者が二桁もいかないのを見ると、片手間に配信していた姉がその数字を出しているのは、かなりすごいことなのだと思う。


 しかし、その中に、当時小学生低学年だった楽々園が含まれている可能性は限りなく低いように思う。


「それって、もうネット上には無いの?」


「当時の私も一応は身バレを警戒してたから、アーカイブは残さない方針でやってたからな。それに結局、五回しかやらなかったし。まあ、もしかしたらその中に録音してた物好きも居たかもしれないけど、今のところWebにアップされたって話は聞かんな」


 やはり、楽々園が姉の配信の記録を持っているとは考えづらい。


「でもどうするんだよ? 今回ので身バレしたら、身も蓋もねーじゃん?」


「その対策は一応、考えてある。……てか菖太? なんでお前がそんなに、私のことを心配するんだ? 普段は私のオカズをどうやって奪うかしか考えて無いのに?」


 おっと、ついに気づかれててしまったか。


「いや、今日、学校で話題になってたから、聞いてみただけ」


「……ふーん。ま、昔の動画がいつ無断投稿されるとも限らないし、ここらで上書きしとくのもいいだろって思ったんだよ」


 まあ、よく考えれば聡い姉がそんな俺でも分かるようなことを想定していないわけ無いか。


 それに、仮に楽々園が本当のことを言っていたとして、あいつが姉の動画を持っていたところで、ネットにアップしなければ大した問題にはならないだろうし、実害といえば俺があの女に土下座しなければならないくらいだ。


 どうやら俺は、少し深く考えすぎてしまっていたらしい。


「それで、もう一度言うけど、本当に配信は見ないでね? これは私の一生のお願いだから、本ッッ当ぉーーに見ないでね? お前もだぞ菖太?」


「娘が出る番組くらい、親にもチェックさせてくれよ」


「今回は本当にダメなんだよ! 頼むから見ないでっ!」


 珍しくちょっと子どもっぽく主張する姉。


 まあ、姉の気持ちは痛いほどよく分かるが、今回の嫌がり方はかなり過剰気味な気がする。


 一体、配信で何を言うつもりなのだろうか。


「じゃあ、みんなでこのテレビで見まセンか? ネット繋がってマスよねこのテレビー!」


「ローレルぅうう!! おめぇの血は何色だぁああ!!」


「彩芽ちゃん? 言葉遣い」


「アヤメちゃん()()()でるのー?」


 ……そして、考えすぎとは言ったものの、やはり頭の片隅に引っかかるあの言葉。


 ”今度一緒に動画取ってもらう”


 あれは一体、何のつもりで言ったんだろうか。

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