運命の使徒6
私は正面の男性を思い切り睨みつける。
相手もひるまず、真っ直ぐ私を見つめ返して来る。
「あなたは時間が惜しいんですよね? もう変に誤魔化さずにはっきりとしませんか? その方がお互いのためだと思うんですが?」
私は相手を睨んだまま、そう切り出した。
「分かりました。では、もしアヤメさんが魔法少女になるのを断った時の話をしましょうか?」
あくまで命のリスクには触れたく無いのか、相手はそう返して来るが、それに関しては私も知りたいことであったため、とりあえず黙って聴く事を選んだ。
しかし、やはりさっきからずっと、はぐらかされている感じが否めない。
「とりあえず先に申し上げますと、このまま魔法少女になるのを辞退することは自体は可能ですすぅ。ただ……」
私はその言葉を聞いて、少しだけ安心した。
しかし、本当に安心できるかは、この男性の言葉の先次第である。
「その場合は、かなり強力な封印魔法を施すことになるため、しばらくの間、普段の生活に支障をきたす可能性がありますぅ……はい」
男性は一度目を閉じ、目を開くと私の事をじっと見つめ直す。
私は男性の更に次の言葉を黙って待った。
「どう言った支障があるかを具体的に申し上げますと、まず何かをしている際に急に意識が無くなる事がありますぅ……はい」
思ったよりも、ちゃんと致命的そうな症状だった。
「次に、物忘れが酷くなる可能性がありますぅ」
それがどの程度の物なのか知らないが、これに関しては来年度に高校受験を控える身としては大変困る。
「そして更に、悪夢を見る事が多くなり、それに伴って重篤な睡眠障害を発症する可能性がありますぅ」
……。
「それに加えて――」
「待て待て待って! その症状はどれぐらい続くんだ!?」
思わず私は彼の話をまたぶった切る。
「症状が出る期間には個人差があります。と言うのも、この封印は魔力の暴走の可能性が無くなったと判断されるまで続きますので、アヤメさんの場合は能力がかなり高いためおおよそ十年……いや、私の経験上もっと長い可能性が高いですぅ……はい」
はぁあ!?
「そ、そんなの……そんなのほとんど選択肢が無いに等しいじゃないか!!」
「だからそう言ったにゃ。変に期待をさせないために、ボクはあえて詳細を黙って……にゃぁ……」
いつの間にか起き上がっていた猫型生命体が、男性に睨まれて口をつぐむ。
生きてたのか……。
「……今の話に嘘はないんだろうな? いや、どうしても私を魔法少女にさせたいからって適当ぶっこいてるだろ!!」
私は男性に向き直って、強い口調でそう質問する。
ぶっこいてるなんて言葉を使ったのは、生まれて初めてだった。
「残念ながら、全部事実ですぅ……はい」
これが仮に嘘だとしても、私にはそれを嘘だと判断する材料がない。
結局、私は最初から彼らの掌の上で踊らされていたのだ。
そう思うと、目頭がつんと熱くなって、再び涙が出そうになる。
「あんだけ言って置いて、自分も泣かせそうになってるじゃないかにゃ?」
「アヤメさん? 私が言うのも何ですが、魔法少女もそんなに捨てたものじゃ無いですよぉ? ……はい」
そう言う男性から、私は目を逸らす。
「たしかに命の危険が無いと言えば、それこそ嘘になります。しかし、それに見合ったメリットがあるのは、あれが話した通りですぅ」
私は顔を伏せたまま、彼の話を聞き流す。
「あまり悲観的に考えずに、とりあえずあなたが空を飛んでいる所を想像してみて下さい。私も初めて空を飛んだときは、本当に心の底から感動した物ですよぉ」
そんな事を言われても、今は感情的になっていてそれを想像する気分にはなれない。
しかし、確かに彼の言う事に一理あるのは、理屈では理解できている。
「そうだ、ある程度優秀な成績を残せれば、魔法少女である期間を”延長”することが出来るんですが、多くの少女がその延長という選択肢をとるんですよ。むしろ、任期で魔法少女を辞めなければならない事を嫌がる方がほとんどですぅ」
「まあ、それは事実だにゃ。みんな仕事は面倒くさがるくせに、明日から魔法が使えなくなるってなると、たちまちゴネ始めるんだにゃ」
ここに来て、二人が急に団結したように私へ畳みかけて来る。
もしかしたら、さっきまでのやり取りも、私を説得するための演技だったのかもしれない。
「でも延長したヤツ等も途中で面倒くさくなって、やっぱり辞めたいって言いだすのがセットに゛ぃやぁあおぶへぇ!!?」
男性に殴られた猫型生命体が、再び元の壁際まで吹っ飛んでいく。
どうやら、演技だと言うのは私の勘違いのようだ。
「はぁ……」
私は短くため息を吐く。
そして顔を上げ、男性の方を見る。
それを待ち構えていたように、その男性と目が合った。
「……分かりました。やります……魔法少女」
ついに、その言葉を言ってしまった。
私がそれを口にした瞬間、くたびれていた男性の顔がぱぁあっと晴れる。
「そうですかぁそうですかぁ! ありがとうございますありがとうございますぅ! 決断して頂いてありがとうございますぅはい!」
男性が前のめりで、私の手を取ってブンブンと振り回す。
私は苦い顔をしながらそれを成すすべなく眺める。
「おおっと失礼しましたぁ! 嬉しくてつい……!」
「あ……あははは……」
あわてて手を離した彼に、私は苦笑いで答える。
それ自体は良いのだが、今はちょっと勘弁してほしい……。
「そうと決まればほらっ! ……ほらクソ猫! 契約の準備を早ようせんかぁほらぁっ!」
「そんなの言われなくても分かってるにゃ……痛い痛い……」
そう溢しながら、猫型生命体がこちらにフラフラと寄って来る。
痛覚があるようには見えないが、そういえば殺虫剤の時もム〇カみたいに目が何とか言ってたな。
しかし、そんな事は今はいいので……。
「あの……ええとちょっと……」
「え?」
私がそう言うと、男性がすごい勢いでこちらに振り返る。
「アヤメさん……もしかして……やっぱりぃ……」
そう言いながら、一転してこの世の終わりのような絶望の表情を浮かべる男性。
「い……いや、今更やっぱ辞めたとか言わないので、それは大丈夫……です」
私は先ほどから話とは別にどうしても伝えたい事があるのだが、タイミングが掴めない。
「ああっ! そうですかぁ! いや良かった………びっくりさせないで下さいよぉもう!」
「は……はぁ……」
感情が乱高下する男性に、私は思わず露骨に引いてしまう。
「では、私は他の仕事があるのでここで失礼しますぅ! いやぁ、あわただしくて申し訳ない!」
「ああ……はぁ……」
男性がパチンと指を鳴らすと、元の私の部屋へ一瞬で帰って来る。
「うおぉ!?」
私はソファーから自分のベットへ腰かけている者が急に変わり、驚いてバランスを崩しそうになる。
……今ちょっと危なかった。
「ああすみませんっ! 私としたことがまたやってしまいましたぁ! お怪我は無いですか?」
「あ、はい……それは大丈夫です」
私が答えると、男性はうんうんと頷いて、ドアノブに手をかける。
「では、失礼しましたぁ! おいゴミ猫! あとは頼んだぞ? くれぐれも問題を起こさないように!」
そう言い残して、男性はすんなりとドアを開けそれをくぐる。
「失礼しましたぁ!」
律義になんどもペコペコしながら、彼はゆっくりとそのドアを閉めた。
最後は何か、嵐みたいだったな……。
ただ、これでようやく自分の部屋には戻ってくることが出来た。
「はぁ……やっといなくなったにゃ……あのくそハゲ」
「問題を起こすんじゃないぞぉ!」
!?
「ひぃ!?」
安心していた所に、帰ったはずの男性がドアから体を貫通させて、まるでそこから生えているように急に上半身を覗かせて来る。
「お約束はいいから早く帰るにゃ! 残業とか何とか言ってたのは何だったんだにゃ!」
それだけ言って、男性はドアの向こうへとヌルリと姿を消す。
「あのオッサンちょっとおかしいにゃ……。もしかして躁鬱なのかにゃ?」
そう漏らしながら、再びため息を吐く猫型生命体。
「じゃあ気を取り直して、ボクと契約して魔法少女になるにゃ。その方法は――」
「ちょっと……ちょっと待ってくれ……」
私は挙手をしながら、発言の許可を求める。
「? どうしたにゃ?」
猫型生命体が顔を傾けながら発言を促す。
「……トイレに行きたい」
「今更逃げ出す――」
「ほんと頼む! マジでヤバいんだ!」
「……ああ、なるほどにゃ」
猫型生命体はそう言って、今しがた男性が出て行ったドアにそっと触れた。