表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/55

瑠璃色 2

 手を洗ったローレルが、笑顔でトイレから出て来た。


「ふぅー! スッキリしましたー!」


 その青空のようなさわやかな笑顔に、私はわざとおしっこを我慢して解放感を楽しんでいるのではないかという嫌疑をかける。


「はいこれ。ありがとうございました」


 ローレルは私にそう言って、水に流せるポケットティッシュを渡して来る。


「いいよ。色々入用(いりよう)な時もあると思うし、そのまま持っておいて」


 それは私が隙間から差し入れたポケットティッシュだったが、まだ予備があるのでそう言って断った。


 それに、美人とは言え、あまり他人がトイレで使ったティッシュを返してもらうのもアレかなと思う。


「実はですねー? 私のおしっこは無臭で無害なので、拭かなくても大丈夫なんですけどねー?」


 突然妙な事を言い始めたローレルに、私は大いに怪訝な表情をしてしまう。


「はぁ? まさかケツからは白いマシュマロが出るとか言うんじゃないだろうな?」


「残念! そっちは無臭の茶色いバナナが出ますよ? 今度見て見ます?」


 この女の話の怖い所は、どこまでが本当でどこまでが冗談か分からないところだ。


「久しぶりに和式を使いましたが、私にはちょっと難しいですね」


「え? ウチの中学、まだほとんど和式だけど?」


 一瞬言っている意味が分からなかったが、私はハッとなって彼女の入っていた個室を確認する。


「うっ!? お前、どんだけヘタクソなんだよっ!?」


「私のおしっこは滝なので!」


 何を誇らしげに意味の分からない事を言っているのか分からないが、膀胱が宇宙だと言うのはあながち間違っていないのかもしれない……。


 ただ、彼女の言う通り、古いトイレ独特のにおいがするだけで、新しい尿の匂いは一切しなかった。


「もうそんななら、そもそも排泄が必要無いようにしとけばいいのに……」


 そんな室内の惨状に驚いて忘れていたが、私はふと大事な事を思い出す。


「あそうだ! スイさんが居たんだ!」


「ああ、そういえば小柄な女性がベンチに座っておられましたね?」


 気付いてたんなら言ってくれればいいのにさぁ……。


「あれ、私のパーティーのスイさんだったんだよ」


「へぇー! それは運命を感じますね!」


 それが良い運命なのかどうかは、この後の彼女との会話で分かるだろう。


「ゴメン、スイさん! お待たせ!」


 私は駆け足で彼女の元へと帰る。


「ノープロブレムでゴザルよ。そちらの方は猫……お友達でゴザルか?」


「初めまして。猫猫さんの家に居候しているローレルと申します」


「スイさん。関係者だから隠さなくて大丈夫だよ」


「あ、なるほどでゴザル」


 さて、とは言ったものの、ここで何を話したものだろうか。


 彼女からは魔法少女でいる時の覇気は一切感じず、彼女のほつれて明らかにサイズオーバーの制服からは、普段の生活環境が容易に想像できてしまう。


「猫猫殿はそのままでも美人でござるな。羨ましいでゴザル」


「そんな事無いよ。スイさんだってかわいいでしょ?」


 これは別におべっかとかでは無いが、スイクンの容姿は悪くないものの、明らかに健康状態が悪いように見える。


「私の家はこの近くだから、ウチに寄って行く?」


「い、いえ! 大丈夫でゴザル。拙者もそろそろ帰らなければ怒られるので、これにてドロンするでゴザル!」


 なぜだかそう言った途端、急に焦って立ち上がるスイさん。


 立ち上がったことにより、彼女の小柄さと制服のダボダボさが際立って見える。


「遠慮しているなら気にする必要ないよ? ウチにお客さんが来るのなんて日常茶飯事だから」


「い、いえ。決してそう言うわけでは無く、親から友達の家にお邪魔するときは、前日までに言っておかなければならない決まりになっているでゴザル!」


 私的には今からでも連絡すればいいと思うのだが、人の家庭の事情にあまり深入りすべきでは無いだろう。


 それに、彼女の必死さからは、何か不穏な物を感じる。


「ウチは何時でもウェルカムだから、また近くに来たら連絡してくれ。あ、そうだ。スマホの連絡先交換して置く?」


「あ、拙者スマホ持ってないんでゴザルよ……」


 そういえば、何かスマホに慣れてないとか何とか言ってたな。


「魔法少女のスマホを使えばいいんじゃないですか?」


「ああそうか。そもそも、もう連絡先は分かってるのか」


「ちなみに私の本名はアヤメだから、スイさんの家族にはアヤメの家に行くって言えばいい」


「分かったでゴザル。拙者の名前は”ルリ”でゴザル」


 存外に可愛い名前だな。


 しかし、黄色の本名が”ひまわり”だとすると、それぞれが自分の名前に関係する色の魔法少女という事になるが……。


 いやまさか、そんな単純な訳ないよな?


 ギギギガチャン!


 スイクンがサビサビの自転車のスタンドを外す。


 その自転車も明らかに体のサイズに合っていない。


「では、さらばでゴザル!」


 ギィイイ……。


 そのあまりに高すぎるサドルに、スイクンは器用に飛び乗る。


 キュイ、キュイ、キュイ……


 そして、軋む自転車に乗って彼女は公園を後にした。


「…………あれ、絶対にヤバイ家庭の子だよな?」


「どうなんですかねぇ?」


「ローレルはスイさんの情報をどこまで持ってるんですか?」


「知っていても、それは流石にお答えできませんねぇ」


 まあ、それもそうか。


「んじゃ、私達も帰ろうか」


「そうですね。今日の晩御飯は何でしょうか?」


 この神様、尿意限界でもそんな事を言ってたが、食い物の事しか頭に無いのだろうか?


 私達は家へ向かうこの長い長い上り坂を、自転車を立ちこぎして登って行く。


「ヤーメンは毎日、こんな坂を上ってるから足がたくましいんですね!」


「それ、弟に言われてちょっと気にしてるんだから、あんまり言わないでくれる?」


 最近、自分の足が筋肉で太い事に気づき、体型維持のための筋トレが裏目に出ている可能性を知ったのだが、筋肉質なのはそれはそれでカッコいいかと、若干、開き直りつつもあるのだ。


「私もムキムキになったらどうしましょう?」


 しかしこの女、一緒に風呂に入った時はそこまで筋肉があるようには見えなかったが、男でも辛いこの坂を、息一つ切らさずに私について来るのはどういう理屈だろうか?


 やっぱり神様だから、なんか魔法か特殊な何かがあるのか?


「ふう! やっと着きました!」


 私達は坂を登り切り、家の前まで帰って来る。


 納屋に自転車を止め、玄関の引き戸をガラガラと音を立てて開ける。


「ただいまー」


「ただいま帰りましたー!」


 私達は揃って運動靴を脱いで、洗面所に手を洗いに向かう。


「おかえり。ローレルちゃん、初めての学校はどうだった?」


「楽しかったです! 皆親切で、お友達も沢山できました!」


「そう、それなら良かった」


 私とローレルは手洗いうがいを済ませると、リビングへと向かう。


「とりあえず着替えようか。私服ってどれくらい持ってるの?」


「いっぱい持って来たので大丈夫です」


 あのトランクはそんなに大きいようには見えなかったが、あの中には何が入って……。


「あっ! 買い物!」


 買い物を忘れていた事に気づき、私はローレルの方を見る。


「ある程度の物は揃いましたね」


 ??


「そういえばローレルちゃん、お金はどのくらい持って来てるの? お小遣いは――」


「あ、そうでした! ちょっと待っててくださいね!」


 そう言って、自分の部屋の方へ駆けて行くローレルだが、私は彼女の言っている事と自分の記憶が噛みあっておらず、黙って彼女の姿を目で追った。


 しばらくして、彼女が何かを持って戻って来る。


「これ、私の居る間の生活費と迷惑代として使って下さい」


 そう言って彼女が母に渡したのは、通帳とキャッシュカードだった。


「まあっ! いいのよそんなの。女の子一人くらい、全然問題無いから!」


「そんな訳には参りません! このお金は私のお金では無く、恐羅漢から預かった物ですので、気兼ねなく全部、お納めください。暗証番号は1111です」


 暗証番号も気になるが、そのお金って税金とか大丈夫なのだろうか……。


 誇示する母の胸に強引にそれを押し付けるローレル。


「もうっ! 大丈夫なのに……」


 そう言いながらも、一応中身を確認する母。


 そして、その通帳に目を走らせ…………その目が左右に何度も往復しているが、その度に母の顔色が青くなって行く。


「えっ!? ちょ、ちょちょっ! こんなにもらえないよ!」


 目を見開きながら、次の瞬間にはそれをローレルに突き返す母。


「ですから、それは恐羅漢から渡されたもので、私に返されてもどうしようもないんですよ……」


 困った表情で、手を後ろに汲んでそれを拒否するローレル。


 私は母の手からそれを抜き取ると、そこに目を落とす。


「……いちじゅうひゃく……一千万円」


 そこには普通預金で保護対象の上限額がぴったり入っていた。


「私の迷惑料としては安いくらいです。何も言わず、お受け取り下さい」


 そうは言われても……と言う表情で、私と母は顔を見合わせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ