運命の使徒5
「ええと、どこまで話しましたかねぇ?」
男性はソファーに再び腰を下ろしながら呟く。
「……ああそうだ、お仕事の内容の話でしたねぇ」
そして自分で思い出して、男性はこちらに顔を向ける。
「あのクソ猫が言った通り、お仕事内容を有り体に申し上げますと、それは”幽霊退治”という事になります」
どうやら、さっきのあれは聞き間違いでも冗談でも無かったらしい。
「幽れ――」
「ああっ! 言わなくても分かりますよぉ? アヤメさんは幽霊が苦手でいらっしゃる。そうですね?」
私が何か言う前に、男性がそれを遮って来る。
「アヤメさんは幼いころから霊感がおありだ……おっと、アヤメさんとお呼びして差支えはありませんかぁ?」
「え……ああ、それは別に構いませんが……でも――」
「そう、霊感があることで、アヤメさんは幼いころから怖い目に……色々困った目にあっておられるのはこちらも把握しておりますぅ」
私が何か言いだす前に、相手は矢継ぎ早に話を続ける。
「しかし喜んでください。魔法少女になる事で、それを制御できるようになりますぅ」
「待って! それはいいんだが、あんたたちは一体どこまで私の事を知っているんだ?」
いい事は全く無いんだが、このままでは相手に押し切らせそうなので私はなんとか口を挟んだ。
「……確かに。少し無神経でしたねぇ。若い女性が自分の情報を握られているというのは、決して気持ちいい物ではありませんよねぇ」
いや、それは女性だからとかはあまり関係ないのではないだろうか。
「では先に、我々の正体についてお話しておきましょうか」
……そうだ。
なんか私もこの状況を受け入れてしまっていたが、冷静になって考えれば、私は彼らが何者なのか全く知らないのである。
今分かっている事は、彼らが魔法的な謎の力を使う事、あの猫型物体がホムンクルスと呼ばれている事……。
……そして、この男性が何らかの組織の支部長である事である。
「我々の組織の名称をそのまま申し上げると、”世界魔術師協会”という物になります。私はそこの下部組織である”日本魔術師協会””H県支部”の支部長をしておりますぅ」
なんか思ったよりも現実的な名称が出て来た。
「ええと、支部長ってそこそこ……いえ、かなり上の方じゃないんですか? そんな人がわざわざ私の所に直接来るのは……」
私はさっきこの男性が叫んでいた事を思い出し、その疑問を尋ねてみる。
「それはお気になさらずに。しかしまあ、本来であれば”魔法少女管理課”が当たる問題ではあるのですが、なにぶん、人材不足なものでぇ……」
お気になさらずと言って置きながら、絶妙にこちらが気を使ってしまうような事を言ってくる。
「それに、あなたは特別なんですよ。ああ、選ばれた少女の中でも特別という事ですよぉ」
「……だから、支部長のあなたが出て来たという事ですか? 私を何としてでも魔法少女とするために?」
特別と言われて悪い気はしないが、同時に相当な圧力をかけられている事を感じる。
「やはり警戒してしまいますよねぇ? 謎の生命体に続き、こんなくたびれたオッサンが出て来てはぁ」
そう卑屈になられると、何と言うべきか本当に反応に困るのでやめて欲しい。
「しかし、実は我々の組織はれっきとした国の組織なんですよ。もちろん、公には公表されておりませんがぁ」
「国? 日本のって事か? ……ことですか?」
「そうです。ただ我々はこれを証明する術を持っておりませんので、アヤメさんにはなんとか信じて頂くほか無いのですがぁ」
そんなの、完全に言ったもん勝ちじゃないか……。
「……せめて名刺とかないんですか?」
「あります。しかし、これをお渡しするのは関係者だけという決まりがあるんですよぉ。それに、見る人が見なければそれはただの紙なので、証明にはならないと思いますぅ……はい」
つまり、私はその関係者と言う物には該当しないという訳だ。
「という事で、話を仕事の事に戻してもよろしいですか?」
「え、あ、はい……」
突然身を乗り出してこう言って来たので、思わず私は返事をしてしまった。
男性は言い終わると、再び「どこまで話しましたかねぇ?」と口にする。
「……私の霊感の話です」
「ああっ! そうでしたそうでしたぁ!」
しかしよく考えれば、この人もまた私の質問には一切答えてくれていない事に気づく。
有耶無耶になったまま次の話が始まってしまったので、私はとりあえずその質問を飲み込むほかなかった。
「魔法を使えるメリットの中に、霊の見え方を制御できる事は先ほどお伝えしましたねぇ?」
「はい」
私は幼い頃より幽霊が見える。
見えると言うより、感じ取れると言う方が正しいだろうか?
この事で過去に色々と嫌な目に会ったため、私は小学生に上がる頃からそれをひた隠しにして来たのだ。
そのせいか、最近は霊の気配を感じることが減ってきて、もしかしたら昔見たあれは勘違いだったのではないかと思うようになったのだが、ここに来てそれを蒸し返されたのである。
正直、あまりいい気分はしない。
「念のため聞きますが、あのホムンクルスとか言うのは霊とは違うんですよね?」
「はい、あれは人工生命体なので、定義上は生物になりますぅ。……一応」
いちいち保険をかけるのが気になるが、とりあえずこれであの猫型の何かを、私が霊として認識しなかった答え合わせにはなった。
「もう一つ聞いていいですか?」
「はいどうぞぉ?」
「幽霊ってよく、大人になると見えなくなるって言いますよね? 実際私も最近は霊の存在を意識しなくなってたんですが、このまま放って置いたらダメなんですか?」
ついでにという事で、その疑問もとりあえず相手に聞いてみる事にした。
「うーん。確実な事は申し上げられないのですが、あなたの”霊力”の数値を見るに、魔法が発現した段階でまた霊が見えるようになる可能性は非常に高いですぅ。それも、前以上に鮮明にぃ……」
今度はちゃんと質問に答えてくれたが、それは私に対する脅しにしか聞こえない。
「……霊力の数値? そんなものが分かるんですか?」
「そうですねぇ。その辺は魔法少女になっていただければはっきりとした数値を御覧に入れることが出来るんですがぁ……」
ああもう、またそれかよ……。
「私はその魔法少女にならないとどうしてもダメなんですか? 出来れば幽霊退治何てやりたくないんですが?」
「落ち着いて下さいアヤメさん。その辺の説明もしますので、まずは私のはなしを聞いていただけますかぁ?」
また脱線しかけた話を、男性が修正してくる。
最初は優しそうな人だと思ったが、今の印象はうさん臭さの方が勝っている。
「まず魔法少女になった場合、その見える見えないと言うのを自分の意思でコントロールできるようになりますぅ」
今度は私の返事を待たずに、男性は話を始めてしまった。
「お仕事に当たる際にはどうしてもそれを見る必要がありますが、見え方がはっきりするため、逆に今までのような得体の知れない物に対する不気味さはむしろ減るものと思いますぅ」
私が口を出す隙を与えないように、男性がどんどん話を進めていく。
「そしてそのお仕事には必ずチームを組んで当たってもらう事になりますので、仲間が出来ることによって霊の存在を共有できるようになります。これはかなり心強いのではないでしょうかぁ?」
考えてみれば当然だが、魔法少女は私以外にも存在するらしい。
そして、過去の問題の殆どは、私だけが霊が見えていた事で起こったものだ。
確かに彼の言う通りそれを共有できるのであれば、これほど心強い事は無いだろう。
「時にアヤメさん? 報酬の話はもう、あそこのゴミから聞きましたねぇ?」
「あ、はい」
先程からあの物体はピクリとも動かないが、もしかして死んでしまったのだろうか?
話しているときはウザいとしか思わなかったが、死んでしまったとなると何とも夢見が悪そうだ。
「そうしましたら、今度こそお待ちかねのデメリットに関してお話ししましょうかぁ?」
ここまで来るのに、どれだけの時間がかかっただろうか。
そう言えば今は何時だろう?
室内には時計のような物は見当たらないため、私はスマホで時間を確認する。
そこに表示された時刻は既に零時を回ってしまっているが、はたしてこれは正確な時間なのだろうか。
今私の部屋には誰もいないはずだが、向こうで私の部屋に誰かが様子を見にやってきたら一体どうなるのだろうか?
……あともう一つ、私はあることにじわじわと意識を持って行かれつつある。
「最初に、我々がここまでアヤメさんに魔法少女になる事を懇願するのは、第一にその力がかなり強いため、暴走する危険性がとても高いと思われるからですぅ……はい」
それに関しては、今までの話からそうなのであろう事はなんとなく察していた。
「しかし魔法少女になれば、その魔法の管理を人為的に行うことが出来、それを正しく使う術を身に着けることが出来ます」
「え? もしかして魔法少女になったら、一生そのまま幽霊退治を続けなければならないんですか?」
思わず口を挟んでしまったが、今度は相手に遮られずに最後まで聞いてくれた。
「答えはいいえですぅ。ただ、アヤメさんの場合は能力値が高いので、望むのであれば逆に、将来的に我々の組織の一員となる事も可能かもしれませんねぇ」
それは魔法少女としてでは無く、魔術師協会とかいう謎の組織の一員という事だろうか。
現時点では、そんなのは一切御免である。
「魔法少女としての任期は最低一年です。一年たてば魔法少女としての務めから解放されますが、逆に言うと一年間はほぼ確実に勤めて頂くことになりますぅ。これがこの仕事の大きなデメリットの一つと言えるかもしれませんねぇ」
一度魔法少女になってしまえば、どんなに辞めたくても一年間は辞められないという訳か。
「そして一番アヤメさんが懸念しているであろう事。この仕事の危険性についてですがぁ……」
男性はもったいぶるようにそこで一度言葉を切る。
じれったいが、ついに一番聞きたかった内容について聞けるのだ。
「……去年度のH県での死者数は、ゼロ人でしたぁ……はい」
そんな交通事故での死者数はゼロ人でしたみたいな言い方されてもなぁ……。
「つまり、普通に死ぬ可能性があるって事ですよね?」
私がそう言うと男性は、一度顔を伏せる。
「……ベーリング海のカニ漁での年間平均死者数を、アヤメさんはご存じですかぁ?」
そして、私の顔を真っ直ぐ見て、満を持してこう言った。
「天満さん……あんたもそれか……」
私は日本魔術師協会とやらに、大変失望した瞬間だった。