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運命の使徒4

 私はどうしていいか分からず、その間抜けな格好のまま固まっていた。


「何をしに来たにゃ? ”支部長”はお呼びではないにゃ?」


 ……支部長?


「あ、(わたくし)、H県支部で支部長をしております、天満(てんま)と申しますぅ……」


 ドアから顔だけを覗かせて、男性がそう自己紹介をする。


「すみませぇん……入っても?」


 天満と名乗った男性が申し訳なさそうに微笑んでそう質問する。


 自分が言うのも何だが、珍しい苗字だ。


「……あ、ああ……はい……」


 私は一瞬考えたが、考えたところでどうにもならないと悟って、彼を部屋の中に招き入れる。


 男性はまた「失礼しまぁす」と言って、ペコペコしながら私の部屋へと入って来る。


 扉の外は廊下のはずだが、その先は見知らぬ漆黒の闇が広がっていて思わずゾっとしてしまう。


「いやはや、本当に申し訳ございませんでした……ウチの”ホムンクルス”が……」


 男性は扉を閉めながらそう言うが……”ホムンクルス”?


「……どうぞ」


 男性がポケットから何かを私に差し出す。


 ……どうやらそれはハンカチのようだ。


 ……!?


「あ……す、すみません! 大丈夫です!」


 私はそれを丁重に断って、机の上のティッシュを手に取る。


 そこから素早く数枚を抜き取り、雑に自分の顔を拭う。


 焦っていたせいでメガネを掛けている事を忘れており、引っかけたメガネが床へと落ちた。


「ああすみません……オッサンのハンカチ何か気持ち悪いですよねぇ? ……気が回らなくてぇ……」


 男性が落ちたメガネに手を伸ばしながら口にする。


「い、いいえそういう意味では無く。大丈夫なので……」


 私は男性がそれを拾うよりも早く、自分でメガネを拾い上げる。


 うわぁ、ブサイクな泣き顔を男の人に見られた……。


 鼻水とか出てなかったよね……。


 私はまたティッシュを何枚か抜いて顔を拭い、ついでにメガネも拭う。


「女子中学生の部屋に中年のおっさんが入ってきて何を考えてるにゃ?」


 私がゴミ箱にティッシュを捨てている後ろで、あいつの声が聞こえた。


「そうですね……ここではあれなので、場所をかえましょうかぁ」


 パチンッ!


 !?


 指を鳴らすような音が聞こえたと思ったら、次の瞬間には周囲の景色が一変していた。


「ああっすみません。急にこんな事をしたらびっくりしますよねぇ」


 そこはどこかの会社の応接室のようだった。


 社長椅子にデスク、その前には大き目のテーブルを挟んで両サイドにソファーがある。


 一見すると何の変哲もない校長室のような部屋だが、何かものすごい違和感を感じる。


「どうぞ、おかけください」


 男性が向かって左側のソファーに手を差し出しながら、私に向かって声をかける。


 私は何も分からず、言われるがままそこに腰を掛けた。


 ソワソワとした気持ちを隠せず、私は周囲をキョロキョロと見回してしまう。


 落ち着かない……。


 それと……いや、まだ大丈夫。


「いやぁ……本当にウチのバカ猫がすみません」


 そう言いながら、男性は私の対面に腰を下ろす。


 よく謝る人だ。


「バカバカって、失礼な奴だにゃ」


 周囲を観察して分かった事は、ここにはソファーとテーブル一式以外に、全く無駄なものが存在しなかった。


 ……それは出口に関してもだ。


「出来るだけ人間的な自我を持たせるというのがこのホムンクルスを作った人間の拘りでして全く……周囲からはクレームが上がっているのですが、これがなんとも頑固者でぇ……」


「……あの、そのホムンクルスっていうのは、その猫っぽい物の事ですか?」


 私は中途半端な位置で浮遊しているそれを指しながら、男性に質問をした。


「ああすみません。それの事で間違いありません。いきなりホムンクルスとか言っても分かりませんよねぇ?」


 ……本当に、よく謝る人だ。


「話の中であまり馴染みのないワードが出て来ると思いますが、あまり深く気にしないで下さい。そうですねぇ……言い換えるなら、こういうキャラの事は魔法少女では何と言うんでしたっけぇ……」


「……マスコットとかですか?」


「そう! それですぅ!」


 男性はビシッとこちらを指さして言う。


 しかし、気にするなと言われても気になってしまうのが私という女である。


「一体どういう原理で動いているんですか?」


「やっぱり気になりますよね? しかし、それは企業秘密なんですよぉ……。そして、それを全部説明していては恐らく夜が明けるだけでは済まないので、今は辛抱して頂いてもよろしいですかぁ?」


「……まあ、分かりました」


 色々と腑に落ちないが、ここで意地になるのも何か違う気がするので、私はそう返事をした。


「ボクの時とは違って、えらい素直だにゃ?」


「まず、先ほどこのバカ猫が言った事について弁解させていただくとぉ、基本的に私たちがあたなに対して危害を加えることはまずありません」


 ()()()に、()()、と言う逃げ道を用意している当たり、やっぱり絶対とは言い切れないのではないだろうか。


 しかしどうやら、相手は私に対して嘘は付けないと思われる。


「聡いあなたなら察している事と思いますが、実際これには例外と言う物が存在するのですよぉ」


 男性はまるで私の思考を読んでいるように、そんな事を言う。


「ただ、これには多大な語弊があると言うか、それはどちらかというとあなた方を守るという意味合いが強いのですよぉ……はい」


「ボクはちゃんと説明しようとしたにゃ? でもその前にアヤメが話を遮って来たにゃ」


 コイツ……さっき私が泣いた時に散々謝ってたのは何だったんだ?


「あれの言う事はお気になさらず。ええと、まずなぜ我々が少女に対して魔法少女になる事を呼び掛けているかと言いますと、それは第一に皆様の保護のためなんですよぉ」


「それも言おうとしたにゃ。でも――」


 バァンッ!!


「おぉおどれはちょっと黙っとれぇええ!!!!」


 !?!?


 急に男性が机を叩いて大声を出したので、私は驚いて体が飛び跳ねる。


「……失礼しましたぁ。保護するためと言うのは、皆様の”魔力”の”覚醒”を”制御”するという目的がありまして。つまり、魔法の才能がある人間を放置しておくと何かの拍子に暴走してしまう可能性があるので、完全に魔法が発現する前に、前もってそれをコントロールする必要があるんですよぉ」


 まるで何事も無かったように、男性は平然と話を続ける。


「まあ、簡単に言いますと、そのついでに魔法少女として働いてもらおうと言う事ですねぇ……はい」


 その話の内容は簡単に飲み込めるような物では無かったが、一定の理解が出来るものだった。


 というか、なんであのクソ猫は最初にこれを話さなかったんだ?


「言いたいことは分かりました。しかし、その魔法少女の仕事には命の危険があるんですよね?」


「包み隠さずに申し上げると、確かに命の危険が伴う物ですぅ……はいぃ……」


 私が一番懸念しているのはその部分である。


 ただ魔法が使えるようになるだけであれば、私だって大歓迎である。


 しかし、うまい話にはその裏があるのが世の常と言う物だ。


 私は今の所、そのリスクを含めて仕事内容すらもロクに知ることが出来ていないのだ。


「仕事内容を聞いてもいいですか?」


「ええ、それはですねぇ……何と言いますかぁ……」


 いやいや、なぜそこで言い淀むんだ?


 あの猫もそうだったが、”悪い物”とか”敵”とか、そこに関することは徹底的にはぐらかされている。


 私はそこに何かの意図を感じずにはいられ――。


「幽霊退治にゃ」


 ……は?


 ガタンッ!


 !?


「……ちょっと失礼しますねぇ?」


 男性が急に立ち上がり、また私は驚いて、大きく後ろに仰け反ってしまう。


 立ち上がった男性は例の猫型物体の方を向くと、無言でそちらにツカツカと歩いて行く。


「……何にゃ?」


「動くな」


 ピキーン!


 !?


 男性が「動くな」と口にした瞬間、頭の中を鋭いものが駆け抜けたような不思議な感覚があった。


 彼はそのまま宙に浮いたそれの元に歩いて行く。


 そして……。


 ガッ!


 猫型物体の首をおもむろに鷲掴みにして、それを掴んだまま前進する。


 ドンッ!


 ついに、男性は壁にそれを押し付けて停止した。


 ゴスッ!!


 !?


「こぉおのクソ猫がああああぁぁああ!! 誰のせいでわざわざこのワシが出てこにゃあならんくなったと思ぉとるんじゃこのボケぇええええええ!!!!」


 ゴスッ!!


 ゴスッ!!


 男性はその猫型物体を壁に押し付けたまま、腹パンをして怒声を浴びせる。


「おどれさえちゃんと仕事をしとればこんな事にゃあならんのじゃこの役立たずがああぁぁああ!! おかげでこっちは今日も残業確定じゃあカスぅうううう!!!!」


 ゴスッ!!


 ゴスッ!!


 ゴスッ!!


 執拗な腹パンを続ける中年男性。


 男性が殴るたびに、部屋が振動しているような、していないような感覚があった。


「……ふぅ」


 ひとしきり殴り終えると、男性はそれから手を放す。


 それが、ぽとりと地面に落ちる。


「失礼しましたぁ。うるさい奴を黙らせたので、これでようやく落ち着いて話が出来ますねぇ?」


 男性がニコリとこちらに微笑む。


 私は、自分の口が半開きになっているのに気づいて、急いで口を閉じた。

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