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運命の使徒3

 落ち着け。


 今はまだ焦る時間じゃない。


「私はこの事を周りに言いふらしたりしない。約束する」


「それは根本的な問題じゃないにゃ。ボクはキミにどうしても魔法少女になってほしいんだにゃ」


 一体何を考えているのか、表情が変わらないせいで相手から何も読み取れない。


 それどころかその無表情さが不気味で、そのせいで私は相手に対して妙なバイアスをかけてしまっている。


「何で私に拘るんだ? 子どもなんてその辺にいっぱいいるだろ?」


「その理由はさっき話したはずにゃ? 子どもなら誰でもいいという訳じゃないにゃ。キミには特別な才能があるのにゃ」


「だったら他の才能のある奴を探してくれ。私は金だけのために命を張りたくないんだよ」


「お金だけじゃないにゃ? 生身のままお空の散歩が出来るにゃよ? 愛がコンビニで買える現代でも、こんな体験は世界の大富豪がいくらお金を積んだからと言って絶対に無理な事だと思うにゃ?」


「お前今、私が命を張るって言った事を否定しなかったな?」


「…………しまったにゃぁ……」


 さてはコイツ、ポンコツだなぁ?


「フッ……」


 そうと分かれば今度こそ、こちらが押す番だ。


「私に特別な才能があると言うのなら、お前も私を無下には扱えないという事だろ?」


「だから最初からそう言ってるにゃ。キミのためにも世界のためにも、ぜひ魔法少女になってその能力をいかんなく発揮してほしいにゃ」


 何を言うかと思えば、世界とは大きく出たものだ。


 しかしこの反応ではっきりした。


 コイツは私を簡単にどうこう出来るというわけでは無いだろう。


 そもそも、もしそんなことが出来るなら最初からこんな回りくどい方法何て取らずに私を強制的に魔法少女にさせるような手段を取ってくるはずだ。


 それをしないという事は、私に選択権があるという事である。


 ……ふふふ。


 つまり、優位に立っているのは相手では無く、やはり私の方でなのだ!


「私はな、自分で言うのも何だが、かなり優秀な人間なんだよ」


「存じているにゃ」


「お前がどれほど私について調べているかは分からないが、将来私はこの()()に対して多大な貢献をする予定になっている。だから、魔法少女とか訳の分からん事にうつつを抜かしている暇はないんだよ」


 本当に自分でも何て驕った事を言っているんだと思うが、実際死んでしまう可能性がある以上、未来のある私にはこれくらい言う資格があるはずだ。


「キミと話していると、まるで中年のサラリーマンと会話しているような気分になるにゃ」


 それは当てつけのつもりかもしれないが、子ども扱いされたくない私としてはむしろウェルカムである。


「分かったら私をとっとと解放しろ! 出来るんだろ? もう全部割れてるんだよ!」


 今度は私が、相手に人差し指を突き付ける。


「…………」


 その指差された物体は、顎に手を当てて首を傾げるような動作をする。


 何かを悩んているようだが、今更何を言われようが私は断固として意思を変えるつもりは無い。


「どうするんだ? 私の記憶を消すのか? まさか知られたからには始末しなければならないとか言い出さないよな?」


「うーん。確かにそうなる事は避けたいにゃ」


 …………えっ?


「待て、それは……」


 私は言いかけた言葉をギリギリで飲み込む。


 これを口にしてしまったら、何か良くない気がしたからだ。


「キミの勘違いを少し修正させてもらうとにゃ。ボクがこうやって交渉しているのは、出来るだけ穏便に事を運びたいからにゃ」


 その相手の言葉の先を想像して、私は手に変な汗をかく。


 幸福の絶頂から、一気に谷底に落とされたような気分だった。


「さっきの超常的な力を見たにゃ? キミが魔法を信じているかは置いておいて、こちらがキミの常識では測れない様な力を有しているのは明白な事実にゃ。それが分からないキミでは無いにゃ?」


 何でこの物体はこんなに回りくどい言い方をするのか。


 それをあえて言わない事に理由があるのか?


 言えないのか言いたく無いのか……言うと終わりなのか。


 これを聞いたら後戻りが出来ない気がする。


 しかし、ずっとこんなまどろっこしい会話を続けるのはもう嫌だ。


「……はっきり言えよ。あんたは私を殺したり出来るのか?」


 私は意を決して、相手にそう回答を要求した。


「それはボクが判断できることではないにゃ」


 自分の背後には何かしらの力が存在するとでも言いたげな言い方だ。


「だから最終的に誰かに殺される可能性があるか聞いているんだよ!!」


 私はあまりの苛立ちから、つい大声で叫んでしまう。


 冷静を装いたいが、心臓の鼓動がうるさくて平常心を保てない。


「……あるにゃ」


 もともと引いていた血の気が、更に引いて行くのを感じる。


「でもさっきも言った通り、それは最悪のパターンにゃ。そうならないためにも、キミには魔法少女になる事をオススメしているんだにゃ」


 何だ、やっぱり最初から選択肢は無かったんじゃないか。


「これはキミのためを思っての事だにゃ。決して脅しとかで言っているわけじゃないにゃ」


 何が脅しじゃないだ。


 わざわざ遠回しな言い方をしないで、最初からはっきりと言えば良かっただろ。


「納得できないのは分かるにゃ。でもそれは、キミがボクの話を順を追って聞いてくれなかったからにゃ?」


 はいはい、私のせいですか。


 すみませんね、私がその辺の子どもみたいに純粋じゃなくて。


「……いや、悪かったにゃ。ボクもちょっと売り言葉に買い言葉で少しいじわるな言い方をしちゃったにゃ」


 どこまでも私が悪いって言いたいような言い方だな。


 何でこんな交渉に向いていない様な奴を私によこしたんだよ。


 でもこれである意味さっぱりした。


 逃げ道がない事が分かって、逆に冷静になれたような気がする。


 しかし、冷静になると今度はもやもやした感情が――。


「ほんとにゴメンにゃ! だから泣かないでほしいにゃ!」


 は?


 誰が泣いて……。


 自分の頬に、何かが伝うのを感じる。


「え? は? 私何で……」


 それを自覚したからか、視界が一気に滲んで、止めどなく涙が伝い落ちる。


「ゴメンにゃ! 殺すなんて物騒な事言ったけど、それは言葉の()や《・》にゃ! ちゃんと説明するからとりあえず泣き止んでほしいにゃ!」


「な……うぅ……ひぐっ……」


 泣いている事を否定したいが、私の体はそれに反して声を出す事を拒否している。


 ああダサい……この程度の事で泣いちゃうなんて、本当にダサい。


「怖がらせてゴメンにゃ! どうすれば泣き止んでくれるにゃ!」


 これは怖くて泣いているんじゃない。


 自分の力ではどうしようもない事に直面して、それをどうにもできない自分の無力さが悔しくて泣いているんだ。


「ああ……困ったにゃ……怒られるにゃ……」


 クッソぉ、何なんだコイツ!


 自分で散々煽るような事言っといて、私がいざ泣いたら狼狽えるのかよ!


 こんなん私がまるで女の涙に頼ってるみたいじゃないか!


 ダサいダサいダサい!!


 ムカつくムカつくムカつくっ!!


「うぅうう……えぇっえっえぇええええ……」


 自分の感情が制御できない。


 屈辱だ……!!


 ……コンコン。


 ……。


 ?


 何だ?


 今ノックのような音が――。


 ……コンコン。


 !?!?


 ……ノックの音!?


「ああぁ……だれかぁ……お父さ……」


 ……いや待て。


 ここでノックの音が聞こえるなんてタイミングが良すぎないか?


「誰にゃ? ここは今、閉鎖空間だから、普通の人間には干渉できないはずにゃ?」


 この物体が言っている事が真実なら、扉の向こうでノックしているのは普通の人間ではないという事になる。


「……あのぉ……すみません……」


 コンコン。


 ドアの向こうから男性の声が聞こえ、三度(みたび)ノックの音が聞こえる。


「あ……マズイにゃ……」


 そのマズイとはどういう意味だ?


「怪しいものでは無いです。今から入りますから、驚かないで下さいねぇ?」


 とりあえず声から敵意の様なものは感じない。


 声色的に若い男性ではない気がする。


 私は警戒心マックスでドアノブを注視する。


 ……ガチャリ。


 古いドアノブが、音を立てて回る。


「失礼しまぁーす……」


 ねっとりとした声と共に、ゆっくりとドアが開いていく。


 私は自分が変な体勢で身構えていることに気づく。


「すみませぇーんウチのバカ猫が。入っても大丈夫ですかぁ?」


 ドアの隙間から、中年男性が顔を覗かせてきた。


 いつの間にか涙は止まっていた。

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