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はたらくこども1

 最近、目を覚ますたびに思う。


 今までのはやっぱり、悪い夢だったんじゃないかと。


 あれが夢であったなら、とっても怖かったけど魔法が使えて楽しかったなぁ、で全てが完結するのだ。


 だから、どうか目を開けたら――。


「お早うにゃアヤメ。よく眠れたかにゃ?」


「……今この場面も夢の中なら、さぞ私はぐっすり眠っているんだろうな」


 私が目を開けた先に、テルみんの黒い顔がぬっとフェードインする。


 魔法少女となってからというもの、私は毎日のように悪夢を見ている。


 それも、大抵は魔法少女として戦っている夢である。


 そのせいで最近、私は現実と夢との境が曖昧になっている節があり、このままでは離人症にでもなってしまうのではないかと危機感を持っていた。


「やっぱり魔法少女なんてなるんじゃなかった……」


「まーた言ってるにゃ。吹っ切れたんじゃなかったのにゃ?」


 これ以上、魔法少女について深堀をしないと決めた部分に関しては、一応ある一定の踏ん切りがついたともいえるだろう。


 しかし、それと魔法少女の仕事をやらされている事についてはイコールではない。


「……体の違和感がまだ消えない。これ、本当に大丈夫なんだよな?」


 一昨日の夜……いや、昨日の未明と言うべきだろうか。


 どうやら私は結構な大けがをしてしまったらしい。


 テルみんの話では、私はお腹が裂けて腸が飛び出していたという事だ。


 それ以外にも色々な部分を損傷していたという事だが、何となくその部分が分かるような感じで体の至る所に違和感を感じるのだ。


「次第に馴染んでいくはずにゃ。こうなるのが嫌だったら、今度は無茶はしない事だにゃ?」


「……次第にって、早くしてもらわないと、生活に色々と支障が出てるんだが?」


 私はそう言いながら起き上がると、パジャマをはぐって自分のお腹を見る。


 傷跡が全く残っていないので、見た目では絶対に分からないが、さすってみるとなんか痺れたような、感覚が鈍い感じの部分がある。


「またお前の忠告が遅いから、昨日は本当にえらい目に会った」


「それは本当に申し訳なかったにゃ」


 昨日は昼食を食べた辺りからとんでもない腹痛に襲われ、激しい下痢のせいで一日中、トイレにこもる羽目になってしまった。


 そしてあろうことか、私がまさにトイレで呻いている最中、内臓を損傷した直後は病人食を取る様にと、このアホから事後報告を受けたのだ。


 日曜日だったからいいものの、あれが学校のある日だったら大変な事になっていただろう。


「彩芽ちゃん起きてる? お腹の調子はどう?」


「うん起きてるよ! 今降りる!」


 ノックと同時に聞こえて来た母の声に、私は出来るだけ明るい声で答える。


「はぁ……昨日はまた、家族に気を使わせちゃったな」


「キミが体調を崩すのは珍しいから仕方ないにゃ」


 一体誰のせいでこうなっていると思っているのか。


 私はパジャマを制服に着替えると、急いで一階の食堂に向かった。


――――――――


――――――――


 やはり、明らかに頭のパフォーマンスが落ちている。


 今日一日、普通に学校の授業を受けてみたが、いつもなら聞き流しながら他の作業をしていても内容が入って来るのに、今日に関しては授業の内容が半分くらい抜け落ちてしまっている。


「おい……日常生活に支障は出ないようにするとか言ってなかったか?」


「そう務めるって話で、絶対に出ないって確約ではないにゃ?」


「いいや、そんな言い方じゃなかった。お前は出ないって言ってた」


「言った言わない論争をしていてもしょうがないにゃ。何か対策は無いか上に掛け合ってみるにゃ」


 昨日もこんなやりとりをテルみんとしたのだが、やはりこんな感じではぐらかされてしまう。


 こんなんだったら結局、強引にでも魔法少女にならない選択肢を選んだ方がマシだったのではないかと思うわけだが、そんなタラレバを考えても後の祭りである。


「ああもう、結局、今日も一日中お腹の具合が悪かったし、今後の予定が完全に狂ったわ……」


 嘆いていても締め切りは延びない。


 こんな気分で仕事をしても良い様にはならないが、背に腹は代えられないだろう。


「……やるかぁ」


「? 何をやるんだにゃ?」


 私はその言葉には答えず、腰掛けていたベッドからゆっくりと立ち上がる。


 そして、無言でそのまま廊下に出て、二階の一番奥の部屋を目指す。


「ああ、お仕事かにゃ?」


 私は一番奥の扉の前に立ち、他とは明らかにデザインの違う扉のノブに手をかける。


 ガチャリ。


 重厚な音がして、その扉を力を込めて押し開ける。


 私は部屋に入り、部屋の電気と私が中に居ることを知らせるためのランプを付けた。


「……おお、情報では知ってたけど、実際に見ると凄いにゃ」


「ここなら外に声が漏れないから、お前とも気兼ねなく喋れるな」


 これはもちろん、皮肉である。


 私は奥のワークチェアに腰を下ろし、パソコンの電源を入れる。


 スリープにしていたため、すぐにパソコンが立ち上がった。


「こんにちはぁ!! 魔法少女 高速☆猫猫だにゃぁ!!」


 …………。


「何やってんだ? お前」


「防音室内でパソコンとマイクがあったら、やる事は決まってるにゃ」


「そうだな、じゃあお前に美少女のガワを被せて、配信で小銭稼ぎでもしてもらうか」


「そう来たかにゃ……」


 私はソフトを立ち上げて、作りかけのファイルを開く。


「さて、どうするか。コードは決まってるんだが」


「これが作曲ソフトかにゃ? なんかゴチャゴチャしてて訳が分からないにゃ」


 私は鍵盤に手を伸ばし、コードに合わせて適当なメロディーを弾いてみる。


「いい感じにゃ?」


「どこが? 今のは手癖で弾いただけだ。ただの手の運動だよ」


「意外とそう言うのが売れたりするって、誰かが言ってたにゃ」


 前から思っていたが、こいつらは情報をどうやって引っ張っているんだろうか。


 リアルタイムで本部とか言うのと連携を取っている感じでも無いし、まさか完全にスタンドアローンなのか?


「……なあ、試しに聞いてみるが、お前って作曲とか出来たりしないの?」


「残念。過去にボクらを便利ロボットとして使おうとした少女がいて、それから対策として最低限の機能しか内蔵されなくなったにゃ」


 何時の話か分からないが、余計な事をした奴のせいで、未来の人間が割を食うのは今も昔も一緒か。


「この箱はエフェクターってやつかにゃ?」


「それはSP-8850っていうハード音源だ。シンセサイザーって言った方がいいか? いろんな音が出せるから、私はそれをスケッチで使ってるんだ」


「スケッチって、音楽じゃなくて絵で使うのかにゃ?」


「音楽のスケッチっていうのは、大まかな曲の雰囲気を把握するために……あれだ、デモ音源を作る感じだな。絵で言うラフスケッチみたいだからそう言うんじゃないか?」


「ふーん。この上のもハード音源ってやつかにゃ?」


「そっちはSP-88proだな。Sound Palletシリーズの8850より古い機種で、MIDI再生用に買ったけどほとんど使ってない。まあ、今はソフト音源の時代だから、今時ハード音源で作曲してる奴は稀だよ」


「猫猫はソフト音源とかいうのは使わないのにゃ?」


「マスターを作る時はもちろん使う。でも、最近はデモを作って録音はお任せって事も増えて来たな。ネットの依頼だと、今でも大体は完パケまでやるけどさ」


「じゃあ、あっち変なモニターは何にゃ? なんでこれだけ前にあるにゃ?」


「あれは液タブ。液晶タブレットって言って、イラストとか3Dの仕事を模索してた時に……おい、お前は邪魔しにここにいるのか? お前とおしゃべりしてる暇はないんだが?」


「その割にはノリノリで語ってたにゃ?」


 クソ……普段こういう話を出来る人間が周りに居ないから、つい調子に乗って喋ってしまった……。


「とりあえず、私は魔法少女だけやってればいいってわけじゃないんだ。この通りな!」


「いろんな仕事があるんだにゃ。でも、こんなに必死に働いているのに足らないのかにゃ?」


「知ってるくせに。足りてたら魔法少女の仕事なんて絶対に受けてないよ」


「そういえば、その報酬なんだけどにゃ。猫猫は他の魔法少女よりも多く貰う契約になってるから、金額は絶対に秘密にしておいてくれにゃ」


 また後出して言いやがって……。


 まあ、お金の話なんて、言われなくてもしないがな。


「じゃあそう言う事だから、晩飯まで静かにしておいてくれ。この曲は今週いっぱいが締め切りなんだよ」


「分かったにゃ。新曲、楽しみにしてるにゃ」


 楽しみにって、使い魔にも音楽を聴いて楽しむという感覚があるのだろうか?

・連絡・

本日より、一日一話投稿になっています。

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