紫伝説1
何が起こったの?
猫猫が助けに来て、銃声が聞こえて……。
頭がぼんやりする。
その後は……思い出せない。
でも、なんか温かいような……言葉に出来ないけど、なんだか懐かしいような気持ちだったような気がする。
ずっと、このままで居たいと思うような……そんな……。
「…………の」
?
何か聞こえる。
目の前に、ぼんやりと何かが動いているような気がする。
「…………どの」
?
声?
……聞いた事がある声だ。
「ツインテール殿っ!!」
!?
意識が覚醒した。
「……スイ?」
「おおっ!! よかった。気が付いたでゴザルかっ!!」
ウチの目の前には、心配そうなスイの顔があった。
「……ウチ? 生きてる?」
「生きてるでゴザルよ!!」
独り言のつもりだったのだけど、スイが頭に響く大声で私の言葉に答える。
「……そうだっ!! 足!?」
ウチは慌てて起き上がろうとするが、体が驚くほど重くて、起き上がれずに再び地面に背中をつける。
「今は安静だホエー! 足は心配しなくても直ってるホエー!」
早くそれを確認したいのだけど、ウチが今動かせるのは首くらいだった。
「目が覚めたの? 大丈夫?」
……は?
「……誰?」
明らかに聞き覚えの無い、大人っぽい声が聞こえてウチは声が聞こえて来た方に首を向ける。
「気分はどう?」
そうやって歩いて来たのは、何か怪しい宗教の……いや、魔導士のローブのようなものを羽織ったキレイな女性だった。
「あ……大丈夫……です」
誰、この人?
何で大人がここにいるの?
「おい、なぜ逃げるように言わなかった?」
「そんな事言われてもボクらに魔法少女の行動を制限することはできないにゃ?」
今度は男性と猫猫の使い魔の声?
……そうだ!?
猫猫は!?
「”原則”、止めることは出来ない。な?」
「もちろん止めたにゃ? でも行くことを選んだのは、他の誰でもない、猫猫にゃ?」
「あの子は初心者だろ? そこを正しく導いてやるのが使い魔の役目じゃ無いのか?」
今度はその方向を見ると、何やら男性と猫猫の使い魔が揉めているようだった。
傍らには、猫猫が横たわっている。
「やめときなさい? 使い魔と口論なんて不毛な事は」
その猫猫の脇にはもう一人、女性がしゃがみ込んで猫猫の体に触れていた。
猫猫は無事……なんだよね?
「これで内臓の損傷は大丈夫なはず」
な……内臓の損傷!?
女性がそう言って、彼女は今度は猫猫の額に手を当てる。
その様子を、傍らの男性がニヤニヤしながら眺めていた。
「しかし、最近の子は発育がいいな。てか、マジでべっぴんさんだわ」
「こっち見るなって言ったでしょ? 次見たら二度と女性の体を見れないようにその目を潰してやるから」
男性の方はかなりのしゃがれ声だが、見た目は二十代後半から三十代前半くらいに見える。
女性の方は、男性と同じくらいか少し年上だろうか?
「おーくわばらくわばら。だったらその子を早く治して、服を着せてやれよ?」
「だから見るなって言ってるでしょ、このクソロリコン男が……」
どうやらあの女性が猫猫の事を治療しているみたいだった。
「猫猫ちゃんは心配ないよ。あの人は”治癒魔法”のスペシャリストだから」
そんなウチの気持ちを察してか、ウチの隣の女性がそう言ってくる。
……魔法。
「どうやら、魔法少女をサポートしてくれている方々らしいでゴザル!」
…………サポート?
「あの幽霊はどうなったの?」
「猫猫殿が倒したでゴザル!」
倒した!?
あれを??
「本当に驚いた。彼女の能力の事は知っていたが、まさかあそこまでとは」
彼女?
猫猫の能力?
「とりあえず今日は私があなたを送って行くから、あとで使い魔から指示を聞くといい」
そう言って私の横の女性は、私の方に手を伸ばす。
「ま、待って下さい? あなた達は一体、何なんですか?」
「スイちゃんが言ったように、我々はあたな達をサポートする役目を担っている」
「いやそうじゃなくて! ……えっと」
この気持ちを言葉にしたいけど、寝起きのせいかどう言っていいかが浮かばない。
「何であなた方が直接、幽霊と戦わないのかを聞きたいのではゴザらぬか?」
「!? そう、そう言う事!!」
ウチの聞きたかった事とは少し違う気がするけど、最終的にウチが聞きたいのはそれだと思う。
「そうね。実は私達も幽霊とは戦っているのよ? 特に今回みたいな強い”悪霊”は、本来だったら私達が処理しなければならない相手なの」
女性は微笑みながら、優しい口調でそう説明をする。
「つまり、弱い霊を魔法少女が担当して、強い霊は大人が対応するという事でゴザルか?」
「うん、その通り」
だったらなおの事、ウチには一つの疑問が浮かぎあがって来る。
「何で――」
「何でこんな事が毎回起きるんですか? 私、死にかけたんですよね?」
!?
「猫猫殿っ!? 気が付いたんでゴザルか!」
「えっ!? ……嘘でしょ? あなた、いつから意識があったの?」
猫猫を治療していた女性が驚いている。
「おいおい。ちゃんと意識の管理してないとダメじゃないか?」
「ごめん、治療中痛くなかった?」
「大丈夫です。それより、服を着させていただけると助かります」
女性が慌てて猫猫の服のボタンをかける。
どうやら猫猫はパジャマ姿のようで、お腹の辺りは血か何かで赤黒く変色していた。
「……テルみん。私、どうなってた?」
「腸が飛び出してたにゃ」
……えぇ。
「えぇ……」
聞いた本人も予想外だったのか、流石に困惑している猫猫。
「今の魔力残量は?」
「十分の一くらいにゃ」
「……『既に勝利はここに有り、全てを滅して今こそ我が力を示さん』」
「あっ! ちょっと!」
ピカーーーー!!
猫猫の体が光って体のシルエットが浮かび上がる。
「やっぱナイスバディだな」
女性が男性を睨む。
そして、すぐに魔法少女の衣装を着た猫猫が現れる。
「駄目よ猫猫ちゃん! まだ安静にしてないと!」
猫猫はそれを無視して、ふわりと浮かび上がる。
「……何だ? 体の違和感がすごい」
「だから言ったでしょ? すぐに横になって!」
「でも、いい機会だからあなた達に聞いておきたい事があるんですよ。使い魔は何か漠然としたことしか言わないから」
「この人たちも似たようなものだと思うにゃよ?」
猫猫はトンネルの壁に背中をもたれて腰を下ろす。
「まずあなた達は”日本魔術師協会”の”魔法少女管理課”の方々で間違いありませんか?」
「!?」
それを聞いた大人たちが、一斉に顔を見合わせる。
突然、何かの団体の名前が出て来て、ウチも驚いた。
「なぜそれを知っているの!?」
「支部長がしゃべったにゃ」
「あのクソオヤジ……」
猫猫を治療していた女性は一見大人しそうに見えるけど、けっこう口が悪い。
「じゃあまず最初に、何で前もって危険な霊を察知できるようにしていないんですか?」
「ちょっと待って!」
「いいじゃん? 答えられるのには答えてやれば?」
男性がそう言って猫猫ちゃんの方に歩いて行って、彼女の前に胡座をかく。
「それは俺らが何故、霊を把握しきれてないかっていう意味で言ってる? それとも”索敵魔法”の性能の問題?」
「両方です」
猫猫は男性を真っ直ぐ見ながら返事をする。
「それは――」
「私が話すわ。あなたが話すと余計な事を言いそうだから」
そう言った猫猫を治療した女性が、男性の隣にしゃがみ込む。
「まず前者……最初の疑問だけど、それは我々も霊を完全に把握していないからよ?」
「こんな高度な魔法や道具を作れるのに、それが出来ないのはおかしくないですか?」
「あなたの疑問は最もだけど、こっちにも色々と事情があるのよ」
「ほらにゃ? どうせ何を聞いても、こんな感じで猫猫が納得できるような回答は帰ってこないにゃ?」
口を挟んだ猫猫の使い魔を、女性がじろりと睨む。
「構いませんよ。嘘さえ言わなければ」
「ええ。それは約束するわ」
女性が猫猫に微笑みかける。
「では次の疑問だけど、そもそも魔法の性能を絞っているのは、魔法少女が最初から強い魔法を使うのはそもそも不可能だから。つまり、しっかり経験を積んでレベルを上げないと暴走の危険があるからよ?」
「私はこの通り、すでにかなり高度な魔法を使うことが出来ます。だったらもう少し融通を聞かせてもらってもいいのでは?」
「いい猫猫ちゃん? あなたが強力な魔法が使えるのは魔法少女の力を我々が貸してあげているからなの。調子に乗っちゃだめよ?」
「そもそも、私の強すぎる魔力を制御するために魔法少女のシステムでそれを押さえつけてるって話でしたよね? このまま仕事を続けろっていうのであれば、ガチャとかじゃなくて一回スキルを私に最適化してもらえませんか?」
「……あなた、一体どこまで支部長に聞いているの?」
どう言う事だろう。
ウチは今まで、魔法少女の力は特別に与えられたものだと思っていた。
しかし、猫猫ちゃんの話を聞くと、ウチらが元々持っている魔力を、魔法少女の力で無理やり押さえつけていると言っているように聞こえる。
「ははっ! いいね君。こりゃ天満のオヤジ、相当交渉に手こずったと見える」
「本当は魔法少女なんてやりたくありませんでしたからね。最終的には脅されて、魔法少女を強要されたようなものです」
それを聞いた女性が、大きなため息を吐く。
「まあ、あなたに魔法少女になってもなわなければ困っていたのは間違いないの。ただ、あのオッサン……支部長に何を言われたのかはわからないけど、私達ははあなた方魔法少女の味方です。それだけは間違いないのよ?」
「……正直、天満さんにもそう言われましたが、前回と今回で私はあなた達に大いに疑問を抱いています」
「まるで大人みたいにじゃべるじゃねえか? まるで上司とでも話してるみたいだわ」
実際、ウチも頭は良い方だけど、彼らの話の大半がかなりあいまいな感じで頭に入ってきている。。
理解が出来ないと言うよりは、大人が喋っている事を蚊帳の外で聞いているような感覚だった。
「いいか嬢ちゃん? 君の疑問の回答は、一つのとてもシンプルなものに帰結する」
「ちょっと……何を言う気?」
男性が話始めたので、女性が彼に訝しげな眼を向ける。
「魔法ってのは存在しない方がいい。ただそれだけだ」
何を言うのだろうと思ったけど、とても普通の事をそれっぽく言っただけだった。
「……解説が必要なんですが」
「そのまんまだよ。君は今まで生きていて魔法の存在を知らなかっただろ?」
「それは、もちろん」
「そう言う事。だから魔法の存在を世間に知られない事が最優先なんだよ。例えば霊の探知力を上げすぎると、何かの拍子にその辺の機械に干渉してちまったりするかもしれないからな」
そうか……。
ここ一年、ウチは普通に魔法を使って来たから麻痺してたけど、よく考えればそれはかなり危険な事なんだと思う。
だってそうじゃん。
ウチたちみたいなガキに任せるんじゃなくて、自分達で幽霊を倒した方が全然効率いいし、秘密も守れる。
という事は、ウチらみたいなのに魔法の存在をバラしてまでそうするという事は、他に何か特別な理由があるんだ。
そんな簡単な事に、なぜウチは今まで気づかなかったの?
「でも、あなた達が使っている本当の魔法があれば、それくらいバレないようにできるのでは?」
「それはね、実は私たちも自由に魔法が使える訳じゃ無いの。それこそあなた達に毛が生えた程度だから」
「使える魔法にはティアがあってな。この地球で使えるのは本当に下下下の下。俺達と言うよりは、世界がそれ以外は使えない仕組みになってんだ」
「ちょっとっ! 私に任せてって言ってるのに!」
「地球? 世界? まさかこの地球以外にも世界が存在するんですか?」
それを聞いた女性が、「ほらぁ……」と言って頭を抱える。
「もういいだろ? そうだよ。深夜アニメ見たいな魔法が普通に存在する世界だってあるらしいぜ? ま、俺もこの目で見たわけじゃねぇから知らんけど」
「ねえ本当に止めて……。あのね、どうやらそう言う魔法が存在する世界って言うのが良くないって話なの。だからそうならないようにこの世界を守るのが、私達の主な役目って訳」
「ぶっちゃけ俺らもそんなに詳しく知らんのよ。支部長ですらもマクロでみれば超下っ端らしいからな」
何か、凄い話を聞いてしまった気がする。
「それを聞いてしまって、我々は大丈夫でゴザルか?」
「マズいわね」
「いいんじゃね?」
多分、マズいんだと思う。
「とりあえず、ここで聞いた事は他言無用で頼むわ。特に、他の魔法少女には」
「そんな口約束で大丈夫なんでゴザルか?」
「まあ、そもそも絶対に言っちゃまずい事は言ってないからな」
「もう! だからさぁ……」
つまり、絶対に言ってはいけない事が存在するって意味だ。
それを聞いてしまったら、ウチらはどうなってしまうんだろう?
「じゃあ、そろそろあなた達を送って行くから、猫猫ちゃんは私。スイちゃんは一人で帰れるわね?」
「はい! もちろんでゴザル!」
猫猫はまだ何か聞きたそうにしていたけど、ウチはもう疲れた。
色々あり過ぎて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「……あっ、猫猫……あのっ……」
ウチはふと思い出して、どうしようと思った時には既に声に出していた。
「ん? 何ですか?」
「えっと……その……」
口に出してしまった手前もう逃げられないけど、考えてしまうと途端に言うのが怖くなる。
「……ご、ごめんなさい。ウチがちゃんと猫猫の言う事を聞いてたら、こんな事には……」
言えた……。
「それは仕方ないですよ。先週の地域リーダー? の先輩もそんな感じでしたから」
地域リーダーという事は、もしかして死んだのはかがみん先輩なの?
「スイもごめんなさい……」
「のーぷろぶれむでゴザル!」
スイは親指をぐっと立てて、下手くそなウィンクをした。
そしてウチは隣の女性にお姫様抱っこで抱き上げられる。
他に何か聞きたいことがあった気がするけど、突然急激な眠気に襲われた。
「じゃあサンちゃんは俺が送って行くから」
「……こっち来んなオッサン」
「オッサン……」
女性が何か魔法を使ったのか、単に疲れただけなのか分からない。
私の意識は、すぐに深い闇に飲まれた。




