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運命の使徒2

「お前は一体、何を言っているんだ?」


 そう言えば、こいつが宿題中の私に声をかけて来た時もそんな事を言っていた気がする。


 私はその背後の黒い塊を見た瞬間、咄嗟に学習デスクの上にあった殺虫剤を()()に吹きかけたのである。


「……魔法少女だとぉ?」


 腰に手を当ててこちらに指(?)を指すそれに、私はもう一度質問をした。


「そうにゃアヤメ。キミは数ある少女の中から、魔法少女の才能を見出されたにゃ!」


 …………はぁ?


 見出されたにゃとか急に言われても、そんなの理解できるわけ無いだろ?


 大体、魔法少女の”才能”って何だよ?


 ……と、言いたかったが、先ほどから数々の摩訶不思議を体験してしまっているので、頭ごなしに否定することが出来ない。


 ……あっそうか!


「そうか、夢なんだ。これは全部夢だ」


「そんなベタな事言わないでいいにゃ。キミが感じた右手の痛みは確かに本物にゃ? その痛みを信じるんだにゃ!」


 なんか若干エモい感じの言い方に腹が立つが、あの痛みも殺虫剤による刺激も、かなりリアルではあったのは間違いない。


「という訳で私は目を覚ますから、邪魔をしないでもらいたい」


「現実逃避にゃ? まあ勝手にすればいいと思うにゃけど、一応話は進めさせてもらうにゃ」


 私はほっぺたを思い切りつねるが、やはりそれは現実を感じざるを得ない感覚だった。


 ふと私はメガネが自分の顔の脂でベタベタになっているの気付き、一度それを外す。


「どうぞにゃ」


 学習机の上からフワフワとメガネ拭きが飛んできて、私の手元で停止する。


「……ありがとう」


 複雑な気持ちでそれを受け取り、私はメガネを拭いてそれをかけ直した。


「ではアヤメ。キミには魔法少女になってこの世の悪い物を倒してもらうわけにゃけど――」


「ちょっと待て。悪いが先にお前が何()なのかはっきりさせてくれないか?」


 コイツが言いかけていた”悪い物”とか言うのも気になるが、私は自分が対峙している物体が何なのかを早く確定させたかった。


 超常的な力を見てしまったから受け入れざるを得なかったが、まだこれが何かのトリックである可能性は微粒子レベルで存在しているかもしれない。


 今、目の前にいるコイツが新開発のドローンかなんかで、私を盗撮していないとも限らないだろう。


「ああ、そう言えば自己紹介をしてなかったにゃ。ボクの名前は”テルミドール三世”。キミを魔法少女にするために”魔法の国”からやって来たにゃ!」


 きゃぴるん☆


「テルミドール三世? は?」


「……あれ、そっちが気になるにゃ?」


 思わず最初に聞こえたふざけた名前の方に反応してしまったが、本来気にすべきはそこではないだろう。


「名前には深い意味は無いから気にしないでほしいにゃ」


「”魔法の国”とかあまりにも漠然とし過ぎている。子ども騙しのはったりじゃないのか?」


 テルミドールってフランス革命の時の暦か何かだったような……いや、料理名前だったか?


 何か意味があるかもしれないと思い、私は机の上のスマホをチラ見する。


 ……待てよ、そう言えばスマホでの連絡を試していなかった。


「その辺りもちゃんとこれから説明するにゃ。あと、スマホは圏外だから悪しからずにゃ」


「……一応確認させて貰おうか?」


「本当に疑り深いにゃねぇ。はいどうぞにゃ」


 また謎の浮遊能力で渡されたそれをダメもとで確認して見るが、結果は相手の言った通りだった。


「気が済んだにゃ? あんまりこんな所で時間をかけたくないにゃから、今度こそこちらの話を聞いてほしいにゃ」


 言い方がいちいち人を小馬鹿にしている様で癇に障るが、私は仕方なく相手の方に向き直る。


「まずキミには魔法少女になってこの世の悪い物と戦ってもらうにゃ」


 その”悪い物”っていう普通言わないような言い回しが、すごく気になる。


 普通、魔法少女だったら悪の組織とかと戦うんじゃないのだろうか。


「そのために、キミには魔法の力が与えられて、その魔法で空をとんだりもできるにゃ」


 確かにそれが本当であれば、私としてもかなり魅力的だとは思う。


「魔法少女には専用の衣装も用意されていて、とてもカワイイにゃ」


 それはまあまあどうでもいい。


「他の魔法少女と連絡やコミュニケーションを取るための特別な魔法のスマホが支給されるにゃ」


 急に現実的な物が出て来たが、それが魔法のコンパクト的な物だろうか。


「そのスマホでは、”敵”を倒して得たポイントを消費してスキルを覚えたり、強力なアイテムを購入したり出来るにゃ」


 うーん、ソシャゲかな?


「まあ後は、お金がもらえるにゃ」


 !?!?


「マジっ!?」


「マジにゃ」


 突然立ち上がった私に、冷静に返事を返す不審物。


「それはいくらくらい貰えるんだ?」


「目の色が変わったにゃね。分かりやすいにゃ」


 それは食い気味な私にも動じず、まるで私が食いつくことを分かっていたような反応をする。


「成果によってけっこう上下するにゃ。でも大体このくらいは貰えると思っていいにゃ」


 相手がそう言ってこちらに手を伸ばすと、私の目の前に何かが急に現れた。


 思わず仰け反ってしまったが、どうやらそれは画面のようだった。


「ホログラム? こんなことも出来るのか……」


「そこにおおまかな値段が書いてあるにゃ」


 ……ええと何々、基本給……って、なんかバイトみたいだな。


 そう思いながら私は書かれている金額を確認する。


 …………。


 ……!?


 !?!?!?


「ちょ待てよぉ!? これ月額か!?」


「そうにゃ」


 ……マジか。


「こりゃぁ……とんでもねぇ……」


「お気に召したかにゃ?」


 そこに書かれていたのは、確かに私にとって魅力すぎて余りある金額だった。


「討伐数に対してボーナスが乗るし、実績によってインセンティブも出るにゃ」


 上から下まで内容を確認するが、どう考えても私のような子どもが手にしていいような金額ではない。


 しかし、ここまでの報酬が出るのであれば俄然、気になるのはその”悪い物”という謎のワードである。


「さっきからお前は”悪い物”とか”敵”とか言ってるが、具体的に私は何と戦わされるんだ?」


「この世に蔓延る悪しき者を浄化してもらうにゃ」


「悪いものが悪しき者になっただけで答えになって無いぞ? 魔法が使えます、空が飛べます、お金がもらえます。その辺の中学生なら飛びつきそうな内容だが、私はそうはいかないからな?」


 こんだけ魅力的な物を提示するだけして、この物体は今の所、リスクについての説明を一切していない。


「魔法は誰でも使える訳じゃないにゃ。才能がある一握りの子どもだけがその能力を見出されて、その報酬はその能力に対する対価にゃ」


「だから答えに成って無い。どうせその敵とやらを討伐する度に心が侵食されたり、魔法を使うたびに命が削られたりするんだろ?」


「それはちょっと深夜アニメの見過ぎだと思うにゃ?」


 本当にイラっとする言い方をするなぁ……。


「誤魔化すなよ。まずその敵の正体を私にもわかる様に説明してもらおう。それと戦う事で生じるリスクについてもな!」


 私は腕を組んで、目の前の物体に向けてそう言い放つ。


 相手は変わらない表情でじっとこっちを見つめていたが、ここに来てついにその物体は私から視線を外す。


「面倒くさいにゃぁ……あのアニメが放送されてから仕事がやり辛くてしょうがないにゃ」


 その物体がポツリと呟く。


 私は再び、背中に寒い物を感じた。


「ほら見た事か!! やっぱり何かあるんだ、さては新手の闇バイトの勧誘だな!!」


 私は相手を指さして大声で叫ぶ。


「まあ待つにゃ。どうせこうなる事は分かってたにゃ。ちゃんと説明するからほら、座ってにゃ」


「嫌だね! 今のお前の態度でロクな仕事じゃないのははっきりした!」


「ボクの態度が気に入らなかったのなら謝るにゃ。だからとりあえずもう一度、話を聞いてほしいにゃ」


「断る。私は忙しいんだ。時間が惜しいから早く私を開放してもらおうか?」


「考え直すにゃ。本当にあの金額をもう一度思い返してみるにゃ?」


 ……。


「くどいぞ」


「少し間があったにゃ?」


 相手が私の目を真っ直ぐ見つめ、私はそれを睨み返す。


 しばらく、そのまま時間が過ぎていく。


「……キミはもう少し賢いと思ってたんだけどにゃ。まあ実際、中学二年生ならこんなものかにゃ……はぁ……」


 また気に障ることを言いながらも、ようやく分かってくれたのか相手は首を傾げながらため息のようなものを吐く。


「分かったら私を開放してくれ。そして金輪際、私の前に――」


 ……待てよ?


「おい。このまま私が断ったらどうなるんだ? 何事も無く解放されるんだよな?」


 私はそう口にしながらも、ある一つの事実に気づいてしまっていた。


「あ、それ。気づいたかにゃ?」


 今まで魔法少女なんかが現実に居るなんて聞いた事が無い。


 つまる所、その事実を知って無事に解放されるわけが無いという事だ。


「教えろ。どうしたら私は解放してもらえるんだ?」


 声が震えそうになるのを堪えながら、私は相手に尋ねる。


「そんなの、キミが僕と契約して魔法少女になってくれれば何の問題もないにゃ」


 一度優位に立ったと思った私が馬鹿だった。


 私には、その物体が先ほどよりも更に恐ろしく感じられた。

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