不幸せの予感1
連れてこられたのは建設中のビルでした。
ここは確か、市内で初めてのタワーマンションが建つとか何とかで話題になったビルだったはずだ。
ただ、ここ最近事故が相次いていて、思うように建設が進んでいないと言う噂を聞いた事がある。
私達がここに来たという事は、もしかしてその事故とやらが幽霊の仕業なのだろうか。
「ここは先月から私達が浄化を担当している建設現場だ。とりあえず下の方はすでに浄化がすんでいるから、今日はここの上のフロアを一緒に浄化してみようか」
オレンジ色が天井を指さしながらそう説明する。
「じゃあとりあえず”フィルター”を外す所からやって見ようか。今はまだキミ達はフィルターがかかっていて幽霊が見えないようになっているはずだけど、これを外すことで君達にも幽霊が見えるようになる」
そう言いながら彼女は、何もない空間からスマホを取り出す。
そういえば私はずっとスマホを手に持ったままになっているが、試しにそれを消すように頭の中で願ってみる。
……あ、消えたわ。
「まずスマホを開いて、歯車マークのアイコンをタップしてくれ」
今度はスマホを出現させるように願うと、願った通りスマホが現れる。
空を飛んでおいて言うのも何だが、なんかこちらの方が魔法っぽい実感を得られた。
「これでフィルターが解除されるはずだ。ちなみに、魔法少女の変身を解除したら勝手にまたフィルターがかかるから、任務前に毎回この操作をすることになる。ただ、これを毎度するのは面倒だから――」
彼女に言われた通りにスマホを操作して、私はゴーストフィルターとか言う物のチェックマークを外す。
すると、途端に視界が霞がかかったような感覚がした。
「その状態で周りを見て見ろ」
言われた通りに、私はそのビルのフロア内を見回す。
すると、いたるところに白いモヤモヤした塊があるのに気づく。
「その白いのが幽霊だ。と言うよりも、幽霊になる前の物体といった方がいいかな?」
「おおなるほど! こんなにはっきりと見えるんでゴザルか!」
青い少女がキョロキョロと周りを見ながら興味深そうにそう口にする。
「スイクン。キミはシューターと言っていたね?」
「はい! そうでゴザル!」
オレンジ先輩に対し、スイクンが元気よく返事をする。
「じゃあ手始めに、キミがあの霊を浄化してみようか。まずは武器を出す所からやってみよう」
「スイ、あなたの武器は拳銃ホエー! 手を前に出して、それが出るように思い浮かべるホエー!」
「こ、こうでゴザルか?」
パァア……。
「!? おぉお!?」
彼女の手が光ったと思うと、その手には近未来的な青いデザインをした銃が握られていた。
しかも、二丁拳銃だ。
「おおっ! アキンボでゴザル!!」
私もちょっとカッコイイと思ってしまった。
「遠距離武器にはオートエンチャントが付いているホエー! だからそのまま引き金を引くだけでエンチャント弾が発射されるホエー!」
「はいでゴザル!」
パスンッ!
彼女が狙いを定めて引き金を引くと、思ったより軽めの音がしてそこから何かが発射された。
そして、その弾は見事に幽霊に命中した様で、着弾点と思われる所にいたモヤがキレイに晴れていた。
「おおっ! 出たでゴザル!」
「そうだ、その感じだ。でも、出来れば私が撃てと言ってから撃って欲しかったな!」
「あっ! ゴメンナサイでゴザル……」
スイクンがオレンジに怒られてペコリと頭を下げる。
「じゃあ次は……」
オレンジはまず黄色い少女の方に目を向ける。
しかし、一瞬何かを考えてから今度は私の方を見た。
「次は猫猫クンにやってもらうか」
「はい。承知しました」
まあ、そうなるだろうな。
「じゃあ猫猫。キミの武器は鞭にゃ! スイと同じように、それを出す所を想像するにゃ!」
鞭……。
私は少しがっかりしたが、今までの流れ的にどうせそんな事だろうと思っていたので、私は両手を前に出して鞭を思い浮かべる。
パァア……。
来た。
私がそれを思い浮かべると、すぐに私の手元が光り出し、そして私の手にはええぇ……。
「……鞭ってそっち?」
思わず心の声が漏れてしまったが、私が握ったそれは、私の想像した鞭とは明らかに違う物だった。
「……おお……確かに鞭でゴザルな……」
「これは……鞭は鞭でも競馬で使う鞭だな……」
スイクンとオレンジが、私の手元を覗き込みながらそう言ってくる。
「……こっちの方が、素人にも扱いやすそうですね」
猫猫様とお呼びっ!
……てか?
私は皮肉を込めてそんな事を言ってみたが、実際ポジティブに考えるなら間違ってはいないように思う。
「普通、スキルを使う時はそれを宣言しなければならないにゃ。けど”エンチャント・ウェポン”は魔法少女基本スキルだから、例外的に頭で考えるだけで使えるにゃ」
「そのエンチャントってのがイマイチ良く分からないんだが……」
私が呟いたのにも関わらず、誰も教えてくれるような様子が無い。
まあ、エンチャントと言えばゲームでは武器とかに属性を付与する物と相場が決まっている。
そんなイメージでいいんだろうか。
……おっ。
私が自分の手にした鞭を見ながらそんな事を考えると、鞭がほんのりと何かを纏ったような気がする。
この状態で、あの白いモヤモヤした塊をはたけばいいのだろうか。
……あれが一番近そうだな。
私は廊下の隅でモコモコしているそれに、鞭を振り下ろす。
すると、そのモクモクがふわりと霧散して行った。
「おお、何も教えてないのに凄いじゃ無いか」
後ろではオレンジが頷きながらそんな事を言っている。
まあ、それは別にいいんだが、何というかコレ……。
「何というか、掃除をしてるみたいでゴザルね」
スイクンが私の言いたかったことを代弁してくれた。
「じゃあ最後にサンクン! 同じようにやってみようか」
そして最後に残されたのは、おそらくこのパーティーの一番の問題児と思われる黄色の少女である。
案の定彼女は、私達をチラチラみながら、尚もモジモジを続けている。
「サン!! オマエの武器は”グローブ”だガウ!! 手にグローブをはめている所を思い浮かべるガウ!!」
彼女の使い魔が叫ぶ。
こういう場面でグローブと言うと普通はボクシングのグローブを思い浮かべるものだが、この鞭のパターンがあるのでそうとは言い切れない。
ここで野球のグローブとか出て来たら笑う。
しかし、彼女はそれ以前の問題らしく、また下を向いてナヨナヨしている。
「サンクン! そんなに難しく考える必要は無い。自分が手にグローブをはめている所を思い浮かべるんだ!」
オレンジもライオンと同じことを言っているが、サンクンは全く反応していない。
これは相当時間がかかりそうだ。
この子は一体どうやって魔法少女の契約を進めたのだろうか。
……仕方ない、あんまり出しゃばりたくないが、このままじゃ一生帰れなそうなのでここは私が一肌脱ごう。
「サンさん? まず前に手を出してみよう。こんな感じで」
私は鞭を足元において、手を出しながら彼女に近付いて行く。
サンクンはその私を見て、無言で後ずさりする。
「ほらサンさん。こんな感じ」
私は彼女に微笑みかけながら立ち止まり、今度は両手で握りこぶしを作る。
そして、それを開いたり閉じたりして、彼女の様子を伺う。
彼女はじっと、私を観察している。
「ほら、こんな感じで」
私はそう言って、何もない空間にパンチを繰り出す。
「ほらっ! パンチパンチ! にゃんにゃんにゃん!」
そしてここで渾身の猫パンチ!
……のジェスチャーをする。
私の背後に、周りからの視線を感じるが、こういうのは照れたら終わりだ。
「…………」
黄色の彼女は、立ち止まって私のジェスチャーを凝視している。
「ほらっ! 両手を出して!」
私はまた微笑みながら両手を突き出し、そこでまたグーパーをする。
「…………」
するよ、ようやく彼女は両手をおずおずと差し出す。
「そうそう! やればできるじゃん!」
嬉しそうな声を作って私がそう言うと同時に、彼女の拳が発光を始める。
すると、そこに現れたのはライオンか何かネコ科の動物の手の形を模した、ふさふさの大きなグローブだった。
「わー! カワイイっ!!」
本当に、なんで私の装備だけこんなんなのだろうか。
「じゃあそれで、あの白いのを殴ってみよう!」
私は隅の白いモヤモヤを左手で指しながら、そう言って右手を頭の上に掲げる。
彼女はトコトコとそっちに歩いて行くと、意外と乱暴な動作でその白いのを殴る。
先程と同じように、白い靄がぱっと散って行った。
「すごいすごい! これで一緒に戦えるね!」
私がぴょんぴょん飛び跳ねながら喜ぶと、彼女はそんな私を上目づかいで見て来る。
「あ、ありがとう猫猫クン。しかしキミ、もう少しクールな感じかと思ってたから、そんなことも出来るのかと驚いたよ……」
こっちは顔を引きつらせながらそんな事を言ってくる。
また分かりやすく引かれてしまっているが、今はこれが正解だったと信じたい。
「にゃんにゃんにゃー……にゃ?」
お前は後で殺す。
「じゃ、じゃあ。今度は上に上がって本格的な除霊をやってみよう」
そう言うオレンジに着いて、私はビルの上階を目指す事になった。




