処刑寸前の悪役令嬢、飛んできた生卵を避けたらバッドエンドをも回避してしまいました。
コロン様主催の『たまご祭り』参加作品になります。
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今日もいつもと変わらない、穏やかな朝でしたわ。
暖かい朝日に包まれながら、わたくしはスクランブルエッグを口に運んでいましたの。
「今日も美味しかったわ。ラティ」
「ありがとうございます」
この屋敷に唯一残ったメイドのラティは、大げさなぐらい深く礼をしていました。
「では、わたくしはこれから支度をしてまいります。もし来客があったら、遠慮なく伝えてちょうだい」
「ヴァリアンヌ様」
「うん?」
「わたしは今でも、ヴァリアンヌ様の処刑に納得できません。貴女様はそんな罪を被るほどの悪人では、決して……」
ほとんど感情を表に出さないラティが、眼に涙を浮かべながら、まっすぐわたくしを見つめていましたわ。
「いいのよ、ラティ。わたくしに後悔はありませんわ」
自分の感情を押し殺して、わたくしは精いっぱいの笑顔を作っていました。
城門から城下町の広場への一本道。わたくしは多数の衛兵に囲まれながら、断頭台が待つ処刑場へと、歩みを重ねておりました。
「あっ、ヴァリアンヌが見えたぞ!」
「王国を転覆させようとした魔女だっ!」
しだいに道の脇から、口汚い罵りが聞こえはじめるようになりましたわ。
馬に乗った騎兵の方々が散らばっていき、次々と集まってくる民衆の方々に釘を刺されます。
「静かにしろ! ヴァリアンヌ伯爵令嬢の処刑は、王国が執り行う神聖なものである。むやみに騒ぎ立てると処罰対象となるぞ!」
しかし町の方々の怒声は衰えるどころか、ますます火に油を注いだようでしたわ。
一方でわたくしは、誰の耳にも届かないようなか細い声で、ひとり呟いていましたの。
「まったく、この町の民度は相変わらず最悪ですわね、ゲームの印象そのままでしたわ」
何を隠そう、わたくしは異世界からの転生者なのです。
前世では何をしていたのか、何が原因で命を落としたのか、そのような記憶はもう朧になってしまいましたが、この世界に転生した時の衝撃は今でも忘れられませんわ。
あの時プレイしていたゲームの世界の中にいる! しかも、正規のルートではヒロインに敗れ、処刑される悪役令嬢の姿で!
それからわたくしは今日に至るまで、処刑される運命を覆そうと、ありあらゆる策を講じ、骨身を削って実行に移してきたのですが……それでも、神様はわたくしの願いを聞き入れてくださらないのね。
そんな物思いにふけっていると、わたくしの肩に何かがぶつかってきましたの。
「こらあ! 物を投げるんじゃない、とっ捕まえるぞ!」
民衆たちが石か何かを、私に向かって投げつけてきたのですわ。ゲームでもこんな感じでしたわね。石とか、野菜とか、卵とか――。
その時、わたくしは急に思い出しましたわ。この処刑場まで歩いていくイベント、途中でわたくしの顔に、生卵が投げつけられるシーンがあることを。
もしそれもゲームの通りだとしたら、わたくしは顔面を生卵まみれにしたまま、断頭台にかけられることになりますの?
冗談じゃありませんわ! いくら処刑される身とはいえ、悪役令嬢としての尊厳とプライドは誇示させていただきますわよ! ええと、たしか、民衆のおじさまが何かセリフを言って――。
「この魔女め! こいつを食らってとっととおっ死んじまいやがれ!」
そう、このセリフですわっ!
わたくしは素早く、首を後ろに反らしましたの。
鼻先を、白くて丸っこい物体が通り過ぎていきましたわ。
「ぐわあっ!」
生卵は、衛兵の誰かが代わりに食らってしまったようですわね。
「くそっ、誰だ、卵なんか投げやがったのは! 許さんぞ!」
衛兵の方は相当おかんむりのようで、剣を抜いて民衆に怒鳴り散らしておりましたわ。
「やめろ! 剣をしまえ!」
「民に剣をむけるなんて軍規違反だぞ!」
「うるさい!」
そして、衛兵たちの間で一悶着になってしまいましたの。
「お前たち、何をやっとるかーっ!」
見かねた騎兵の方が、衛兵たちの間へ強引に割って入ろうとしました。
その拍子に、衛兵の剣がお馬さんに刺さってしまいましたわ。
「ヒヒーン!」
「わああっ!」
お馬さんはいななき、騎兵の方は哀れにも落っこちてしまいましたの。
そしてお馬さんは、一直線に断頭台のある処刑場へ駆けていきましたわ。
「おい! 誰か止めろーっ!」
「だ、駄目だ! ぐえっ!」
処刑場の役員や執行人の方まで、慌てふためく様子がここからでもわかりましたの。
騒ぎの中、断頭台の刃を吊り上げていた綱が切れてしまい、誰も首をかけてないまま刃が落ちていきました。
その直後、民衆から大きな歓声があがりましたわ。
「ああっ、断頭台の綱が切れたぁ!」
「恩赦だ! 恩赦になったぞーっ!」
えっ、恩赦……?
まさかこんな慣習があったなんて、思いもよりませんでしたわ。
この国では処刑の途中で綱が切れたりして続けられなくなると、神の啓示として受刑者の罪がすべて赦されるというんですの。
「ヴァリアンヌ様、お食事中に申し訳ありません。公爵令息のタルロッソ様が、どうしても会いたいと」
「まあ、なんてしつこいお方なのかしら。わたくしはこれからテリウス王子とお茶会の予定ですのに」
それからわたくしは、これまで努力してきた社交界への根回しが次々と実を結び、着実にハッピーエンドへの道を邁進する日々を送れるようになりましたのよ。
人生は最後の最後まで諦めてはならないと、身をもって教えられましたわ。
「……まあいいわ。ちょっと話をつけてきます。ラティ、卵を一つもらえるかしら」
「かしこまりました」
ラティから渡された卵を手に持って、わたくしは屋敷の門前で土下座をしているタルロッソ様の前に立ちましたの。
「ヴァリアンヌ……! すまない、私が間違っていた! 君は聡明で、努力も惜しまない素晴らしい女性だ! だから今一度、このタルロッソとの婚約を取り直して――」
御生憎様、わたくしの答えはこれですのよ。
わたくしはタルロッソ様のお顔に、思いっきり卵を投げつけました。
……あら。 これ、茹で卵でしたの?
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




