火のマナ獣④
これは口頭伝承である。聖京都にも、ボルケーノにもその記録は残っていない。
8英雄は4匹のマナ獣を従えて魔王バンパイアロードを倒した。4匹のマナ獣は水の甲羅をまとった亀、風の翼を持つ蝶、石の爪をはやした蜥蜴、そして火の尾を持つ狐だった。
その伝承がどこまで本当が誰も分からない。
目を覚ますと、温かな洞窟で眠っていた。毛布が掛かっている。僕は?
周りには誰もいない。
ここは?記憶の糸を手繰り寄せる。
……。
……。
そうだ。火の狐と戦って負けた。そこからが思い出せない。助かったのか?誰が助けてくれたんだ。身体を眺めたが、傷らしいものは、見当たらない。
夢?
でも今でも残る頭痛は間違い無くマナ返しの反動だ。
あの戦いは夢ではない。と思う……。
「ようやく起きた?」
ストナの声が聴こえた。
ストナが岩陰から顔を出した。ストナもいつものストナだ。
「ストナ無事だったの?何があったの?ここはどこ?」
ストナは笑顔で首を横に振った。
「私にも分からない。でもナギト待ちよ。」
「僕待ち?」
「そう、とりあえず、行こう。」
そう言ってストナは僕の手を引いて歩き出した。
岩陰を2つ程進むと次第に明るい空間にたどり着く。その部屋全体は明るく輝いていた。
その中央に火の狐が立っていた。
僕は咄嗟に剣の柄に手を添えた。
「ナギト大丈夫。敵ではないよ。」
ストナは僕の手に手を置いた。敵ではない?確かに敵意は無かった。でも、あの後何があった?
少し進むと、ライガやオーウィズ王子の姿も見え始めた。マルマルもいた。しかし、炎勇旅団のメンバーやヤタガーラの姿は無い。
みんなが僕に気がついた。
「ナギト、目が覚めたか、お客さんがお待ちだそ。」
ライガも近寄って来た。僕はライガに話しかける。
「ライガさん何があったんですか?マルマルがいる?僕には何が何だか?」
「はっきり言って俺も分からない。ただ、あの狐がナギトの起きるのを待って詳細を話すと言って、あのまま黙っているんだ。」
オーウィズとマルマルも近づいてきた。
「マルマルはどうしてここに?」
「わしにも分からん。あの結界でお前さん達を待っていたら、気がついたらここにいた。」
「他のみんなは?」
オーウィズ王子が僕に話しかけた。
「分からない。とにかくあの狐の話を聞くしか無い。」
僕達は尻尾を上げて立ち尽くしている火の狐の前に向かって行った。
火の狐もゆっくりと歩いてきた。僕の前まで来ると、頭を深々と下げた。
僕はみんなの顔を見たが、皆何が起こっているのが分からない様だった。
火の狐は話出した。
「ナギト様、まずは先程の無礼を深く謝罪いたします。お許し下さい。」
「……。ちょっと何が何だか?」
「実は皆様をここに呼んだのは火のマナ獣様です。今から火のマナ獣様の所までご案内致します。どうぞ、こちらへ。」
そう言うと、火の狐は後ろを向いて歩き出した。
「ちょっと、まだ、何も……。」
火の狐は歩くのを停め、再びこっちを向いた。
「失礼致しました。自己紹介がまだでした。私は炎狐のクゥール。エイディ様の4獣魔として仕えていたものです。あなた様の戦いを見て、エイディ様に会った。そんな感覚になりました。あ、もうひとつ言い忘れてました。皆様の他のお仲間は全体無事に洞窟外に送り届けましたのでご安心下さい。」
「クゥール殿、どうして我々だけがマナ獣殿に会う事を許された。」
オーウィズが炎狐に質問をした。
「彼らは炎英王と繋がりがある者達。それ故、今回の面会対象から外させてもらいました。」
「マナ獣殿は今の炎英王が火炎の英雄の子孫を殺した事を怒っておられるのか?」
炎狐は首を横に振った。
「マナ獣様はそんな事を気にしてはおられません。しかし、自ら会いに来ない者と会う気が無いだけです。しかし、オーウィズ王子殿下、貴方は違う。さすが8勇士の1人、聖の英雄の従者ローゼル様の血を色濃く継ぐ人です。」
「私がローゼルの?しかし、私は聖の資質を受け継いでいない。」
「資質が違っても、あなたの持つ雰囲気はローゼル様そのものです。ナギト様同様に。」
炎狐は上を見上げた。
「別に資質や血ではない。マナ獣様は好奇心や挑戦心のある人が好きです。彼らにはそれが無い。純粋さがあれば彼らもいつかは招かれるでしょう。ただ、純粋さが無くてもいつかはここにたどり着けるでしょう。でも彼らがここ地下6階に降りてくるのはいつの日でしょうか……。では参りましょう。」
火炎の柱。火炎の竜と言うべきだろうか?巨大な円筒の火の塊が僕達の前に姿を現した。
炎狐はその塊に一礼をして、その後、僕達に再度一礼をすると、その場から姿を消した。
そして、僕達はその火の化身の前にただ立ち尽くしていた。
『ハジメマシテ、ワガナハ、ブレイアゾイル。』
こ、この声、あの時の炎狐の声?
『は、は、は……。よく気づいたな、マナの剣士よ。お前を脅してやろうと思ったが、あいつの声では迫力が無いから、私が声を貸してやった。わはははは。』
存在も、声も迫力がある。でも、何か温かな感じがした。
『何が知りたい。マナ失調症の治し方か?マナの剣の作り方か?』
「なぜ貴方は私達の事や、マナ失調症の事をご存知なのですか?」
『私は火のマナ獣、最古のマナの化身、古代の叡智と呼ばれる者ぞ。しかし、実際はマナの源流から離れられない呪われし身。この世の流れを知る事位しかやる事の無い暇な者だ。』
「では、古代の叡智に尋ねたい。マナ失調症を治す方法は知っているか?」
火のマナ獣の身体が大きくうねった。
『古代の叡智より汝らに問う。なぜマナの剣を100年の眠りから目覚めさせぬ。』
マナ獣の視線は僕でもオーヴィズ王子でもなく、ライガに注がれていた。
「マナ獣殿。マナの剣は強すぎる。マナの力を寄せ付けない剣など、現代の私達が容易に扱って良い代物では無いと私は考えている。」
『仲間を見捨てる事になってもか?槍撃騎士よ。其方も薄々気づいておろう。3魔女の残り二人は今なおどこかで息を潜めている事に。3魔女の心臓の核は魔王のマナが詰め込まれた闇の名器だ。唯一壊す事が出来るのはマナの剣士が使う「崩壊の一撃」だけ。マナの剣が無ければ、其方の友人の手は闇に沈むぞ。』
「その時は俺の腕を差し出す」
『わははは、無理だ。無理だ。マナの剣士だから両腕で済むのだ。其方なら全身全霊が闇に帰る。それでも出来るのか?』
「構わない。」
そのまで話すとマナ獣とライガはそのまま何を語らずにお互いを見ていた。
『了解した。良い眼だ。その目から正気が失わ無い事を願おう。まず、マナの剣の作り方を教えてやる。』
「待て、話を聞いていのか、私達はマナの剣を作りたいのではない。」
『まあ、待て、追って話す。マナの剣を作るには2つの鉱石が必要だ。硬芯鋼と柔芯鋼と言う珍しい鉱石だ。硬芯鋼にある鉱物をませて打ち込む事でマナの剣の原型が出来る。そこから柔芯鋼にある加工する事でマナを吸い取る核となる。その核を使いマナの剣の原型を仕上げるとマナを一切受けつないマナの剣が出来上がる。その詳細の書かれている秘伝の書。マナの剣士、其方の持つ「技法玉鋼」とドワーフ達が持っている「技法たたら」だ。』
マナ獣はライガとオーヴィズが質問を止めた。
『マナ失調症を治す薬は無い。しかし、柔芯鋼から作るマナを吸い取る核。それに其方のマナを全身全霊注ぎ、息子の心の臓へ押し込めば、マナを回復して次第に精気を取り戻す。』
沈黙が続いた。
僕達はライガさんに視線を注いでいた。
マナの剣の封印に反対していたライガ自身が封印を解く事を望む事が出来るのか。
その時だった。オーヴィズ王子が突然ライガの前にひざまずいた。
「ライガ殿、私に力を貸して欲しい。今、王都はバンパイアの脅威にさらされている。私達にはナギトとマナの剣が必要だ。力を貸してくれ、ライガ殿の力も必要だ。貴方の力なしでは七本槍の道化衆は本当の力を機能しない。マナの剣の封印を解く協力をしてくれ。」
「殿下……。」
『探究者なる者よ。其方は王の気質を備えているな。其方が王になった暁にはここへ来い。其方の冠に火のマナを宿してやる。』
「火のマナを宿すと何か効果があるのか?」
『無い。ただ、見栄えが良くなるだけだ。』
お、おい、それだけ?
「マナ獣殿、その言葉ありがたく頂戴する。その時が来たのなら、必ずここへ来よう。」
オーヴィズは笑顔で返した。
いる?そのマナいる?頭のいい人達の会話は時々意味が全く分からない。
ただ、マナ失調症を治すにも、マナを剣を手に入れるにも封印を解くしか無くなった。次の目的地はドワーフの村か。
『そうだ、マナの剣士よ。これを返そう。』
突然、マナ獣は僕に向かって語り出したかと思えば、顔いや、口の辺りから何かが浮かび上がった。
それは回るリングだった。リングは空中をぐるぐると回って僕の腕にまとわりつく様にはまった。
動きが止まると黄銅の様なルビーの原石の様な不思議な輝きを放っている腕輪に形を変えた。
『それが炎帝御輪だ。』
「これが炎帝御輪、火のマナ攻撃を防ぐと言う。」
『わははは。それは少し間違いだ。炎帝御輪と炎粉飾剣そしてマナの剣士がそれを装備して火のマナ攻撃を100%防ぐ事が出来る最強防具となる。』
「それではこの腕輪だけたど……。」
『火のマナを発する腕輪だ。特に効力は無い。』
「……。ただの腕輪……。」
『ただの腕輪ではない。その腕輪を持つものだけが南の洞窟の封印の中に入れる。ここへの通行証になる。それだけだ。わははははは。』
「……。はははは……。」
『ただ炎粉飾剣を取り戻せば話が変わる。炎粉飾剣を手に入れた時は持って来い。剣にマナを入れてやる。あと、炎帝御輪も2年でほとんどマナが尽きる。その時は一度顔を出せ、同じ様にマナを入れてやる。』
「マナ獣殿、炎粉飾剣は既に破壊された。また、この腕輪の持ち主はマリーナ度聞くが、なぜマナの剣士に渡されるのか理由を聞きたい。」
『オーウィズ王子よ。答えよう。まず、炎粉飾剣は破壊されておらぬ。あの戦いで盗まれただけだ。ただ、それ以上は今何も言えぬ。そして、炎粉飾剣も、炎帝御輪もエイディの持ち物だ。マリーナに託した。それだけの事だ。』
炎狐のクゥール再び頭を下げた。それは最初に会った時以上であった。
「ここから出ますと外に出られます。ご武運を。」
「ありがとう。」
僕達は炎狐に礼を言って洞窟から出ようとした時、炎狐が呼び止めた。
「ナギト様、マナ獣様も申し上げておりましたが、2つの鉱石を手に入れるのは今しかありません。お急ぎ下さい。」
「ありがとう、この後直ぐに出発するよ。」
そう言って僕達が再び出ようとするとまた呼び止められた。
「ナギト様、私は歳を取りすぎました。マナの源流から外には出られません。でも、もし、出られる方法を見つけられれば、貴方様にお使えしてもよろしいでしょうか。」
僕はストナと顔を見合わせた。
「私はエイディ様を守りきれませんでした。本来なら、エイディ様より先に私達が……。そんな若輩者です。でも、貴方様のお役に立ちたいのです。」
僕は炎狐の手(前足)に触れた。温かな手だった。
「ありがとう。その時は仲間になって欲しい。」
炎狐は涙を流して僕達を見送ってくれた。
「あのまま涙で火が消えてなくなるでしょ。」
「ストナ失礼だよ。」
「でも、よかったわね。仲間が増えて。」
「な、仲間か……。」
「ゴン太以来かな、犬の次はキツネね。」
「い、犬じゃないから、ドラゴンだから。」
その後、僕達は炎勇旅団、ヤタガーラと合流した。炎勇旅団のユームは僕達が無事だった事に喜んでくれたが、ヤタガーラは自分がマナ獣と会えなかった事にとても悔しがっていた。今一度自分をマナ獣の元へ連れて行けと僕達に要求したが、オーヴィズ王子が断固として断った。
そもそも、最初に逃げたのはあなたでしょ。自分も言いたがったが、敢えて黙っておいた。
僕達と炎勇旅団はその日うちに、中央エントレイルスへ向けて出発した。