火のマナ獣③
10分間が1時間に感じた。
エストナ火山、死の不腐洞の地下2階を一気に駆け抜けた。たった一度、数分間だけ、マグマ溜まりの横を駆け抜けた。その瞬間、一気に気温、体温、体を包む空気、全てが高熱になった。
ここを駆け抜ける際のルールはただ一つ。「息をするな。」
全力疾走で息をしないと言う事は正直言って過酷極まる。あと少しでゴールと思われるエリアが見え始めた時、油断と余りの暑さに一瞬息を吸った……。一瞬だけなのにマグマを吸い込んだ様な感覚を覚えた。口の外から中へと徐々に熱でただれていく感覚。次第に気道が焼き付き、そのまま気管支から肺にかけて臓器を焼き尽くしていく様な感覚が身体と脳を支配する。ただただ耐え続けた。必死に走り続けた。ようやく到着地点である結界の中に入り込むやいなや倒れ込んだ。
「聖回復」
ストナの声で身体が自然と飛び起きた。
「ここは?」
「結界の中よ。ナギト、あれほどヤタガーラさんがここから息をするなって言ったのに息をしたでしょ。」
僕は喉を触った。
「もう治したわよ。あと、元気になったのなら、手伝って。」
「手伝う?」
「あなた以外に息をした重症者があと3人いるのよ。あなたが聖のマナ寄せしないと聖回復は意味がないから。」
誰が?そう思って周りを見回すと、オーウィズ王子とマルマル、炎勇旅団のブルケンが倒れていた。
二時間後。僕達はストナの聖回復とポーションで傷を回復し、休憩をゆっくりと取ってから、地下3階へと降りていった。
「全員聞いてくれ、ここからが本番だ。」
「本番前に死にかけていた人がよく言うわよ。」
オーヴィズの言葉にストナが小言で返す。王子は聞こえない振りをして話を続けた。
「先ほど、マグマ溜まりを通って感じたと思うが、ここから先はほとんどの場所がマグマ溜まりとなる。」
「たかが数分息を止めて走りきれない人にはここからは無理ね。」
ストナは更にオーヴィズの話を遮る。
「ストナ姉、聞いて、ここからが重要なんだ。」
「はい、はい。」
オーヴィズは一度咳払いをして、再び話し始めた。
「ここから火炎バリアの2重層掛けを行う。これをすれば、マグマ溜まりを通っても普通に通り抜けられる。」
「はあ?そんな事出来るなら、最初からやりなさいよ。さっき、あなた、死にかけてるのよ。分かってる?実験好きの好奇心バカって事は昔から知っているけど、本当に死んだら笑えないのよ。あなただけでは無いのよ、他のメンバーもいるんだから。」
ストナがキレ気味に王子へ言い返す。しかし、ここは僕もストナに賛成だ。あんな危険をしないで良ければしない方がいい。
「ストナ姉、落ち着いて。まずは説明させて……。」
ストナを落ち着かせて、再び話出す。
「通常の火炎バリアの保護時間は30分、2重層にすると、外バリアは15分、内バリアは20分になる。内バリアだけになると、さっき体験した状態になるので息も出来ないし走るにも苦労する。その為、外バリアが残る15分、ここで活動出来る時間だ。」
ここまで話すとオーヴィズは話すのを止めて皆を見渡した。
「ここからが本題、第四と第五の池の間まで行くのに7分掛かる。そこから戻って来るだけならバリアの耐久時間に問題は無い。しかし、それ以上調査をすると戻れる保証は無い。」
再び話を止めた。僕は息を飲み込んだ。
「だから、ここからは行きたい人だけでメンバーを編成する。有志を募りたい。行きたく無い人はそれで構わない。」
ストナがオーウィズ王子の首を絞めた。
「あなたが行くなら私達は行かないと行けないの。分かるでしょ。何が有志よ。こっちは半強制なの。わかる?」
僕はストナを止めた。
「オーヴィズにだって考えがあると思うよ。」
「無い。こいつは好奇心が死を超越してるだけ。これが何を意味しているか、全く分かって無い。死ねまで分からないのよ。」
僕達がやり合っていると、マルマルが手を挙げた。
「わしは降りる。ここで待つ。」
「私も……。多分足を引っ張る。」
ブルケンも手を挙げる。
ブルケンの状態を見てユームが炎勇旅団のメンバーに向けて話だした。
「分かった、炎勇旅団は私だけが参加する。お前達は私達が戻って来なくても、他のメンバーを無事に送り届けな。」
私達が戻って来なくても……。その言葉が結界内に響き渡っている様だった。
結局、オーウィズ王子、僕、ストナ、ライガ、ユーム、そしてヤタガーラの6名でここから先は行く事になった。
「ヤタガーラさんは怖く無いのですか?」
僕は初めてヤタガーラに声を掛けた。
「私は冒険者ではありませんが、この仕事は慣れています。それに……。」
ヤタガーラはポケットから小瓶を出した。
「これは先ほど皆さんが飲んだ。火炎系のダメージに特化して効果のあるポーションです。私の火炎バリアは2度掛けが出来ません。一度バリアを掛けると消滅するまで、再び掛ける事は出来ないのです。しかし、私は自分に掛かっているバリアだけなら自分で解く事ができます。バリアを解いてコンマ数秒無バリア状態になります。その数秒を耐えられればもう一度バリアを貼ることが出来るんですよ。口の中にポーションを入れた状態でこれを行えば、ほぼノーダメージでバリアの貼り直しは可能です。」
「すごい。」
「過去にも調査隊の中でアクシデントが発生して耐久可能時間を超えた事もあります。私だけは生き延びました。他の方々は皆さん、骨も残らない状態でしたが……。私はアクシデントを何度も、何度も体験しています。予定時刻を越える時は、大概些細なトラブルから派生します。皆さんこそ気を付けてください。」
ヤタガーラはそう言って、僕達のところを離れてオーヴィズの方に行ってしまった。その時、僕達を見た目が狼の様な冷徹な目だった。
僕は背筋が凍った。隣で聞いていたストナも同じ気持ちだろう。ヤタガーラは言い換えれば、記録係なんだろう。僕達がここで死んでも構わない、その時発見した事だけが重要。そして次へ繋げる。その繰り返しでこの死の不腐洞は解明されてきた。彼の目には僕達は記録の経緯媒体に過ぎないのかもしれない。
今まで冒険の中で死を意識した事は何度もある。最初の死狂の館。その後も色々あったけど、いつもライガさんが共にいてくれた。それだけで心強かった。しかし、今回の敵はモンスターではない。単純な熱。高温。灼熱。最初、死狂の館に足を踏み入れた瞬間に感じた恐怖感が今自分を襲っているのが分かる。でも、進むしか道はない。そう自分に言い聞かせ、自分自身を鼓舞した。
火炎バリアの2重層掛けは熱の遮断力が極めて優秀。マグマ溜まりの横を走っていても真夏の朝方のジョギング位にしか暑さを感じない。全く暑くないとまで行かないが、基本的に余裕代がある。
僕達6人は約7分掛けて四と五の池の間にたどり着いた。奥がマグマ熱気で全く見えないが、明らかに人の通れる通路になっている。
「ここまでが引き返し可能性タイムだ。ここから進んだ場合、後戻りする事は出来ない。覚悟を決めろ。」
オーウィズ王子の掛け声に全員が頷いた。そして、オーウィズに続いて歩き出した。
メリ、メリ。
地面を踏む感覚が変わってきた。何か空気の様なものを踏んでいる様だ。更に熱量が増す。体感温度も上がって来る。
息が上がる。
しかし、耐えられるレベルだ。これなら行ける。
一歩一歩、恐怖に打ち勝ちながら進んでいく。
見えてきた。予想通り、池の中央に広めの大地がある。その中央に何かが見える。
その時だった。
中央大地に何かがいる。
火の生き物。
火の狐だ。尾っぽが炎の狐。
ここでモンスターに会うとは思っていなかった。
時間が無い。瞬時に倒す必要がある。ここまで10分くらい。残り5分。3分以下で倒す。それしか無い。
『カエレ!……!カエレ。…!』
脳裏にまで届く様な唸り声がこだまする。それと同時に。
「で、出たー。やばい。」
ヤタガーラが突然叫び出し、逃げ出した。何が起こっているんだ?
「あなたは火のマナ獣ですか?」
オーヴィズが火の狐に話しかけた。
『ワガ …!アルジ二ハ …! アワセナイ …! カエレ…! カエレ…!』
王子の問いかけに答える様に火の狐の唸り声が再び脳裏にこだまする。こいつは火のマナ獣では無いようだ。しかし、ここを通るにはこのモンスターを倒さないといけない様だ。ただのモンスターでは無い。この灼熱の中を平気で動き回れるのは、かなりの強敵だ。マルマルがいれば、このモンスターのマナを覗けたが、今はいない。通常の開眼だけで戦うしかない。
僕達は武器を手に取った。
火の狐は恐ろしく不気味な遠吠えを上げた。この空間全体が何か違和感のある空気に包まれ始めた。
「う。」
オーヴィズとストナ、ユームが倒れた。
「ストナどうした?」
ストナ達は何かに悶え苦しんでいる様子だ。ストナに駆け寄りたいが、火の狐が今にもこっちに攻撃を仕掛けてくるかもしれない状態で、戦闘状態を解く事が出来ない。
「ライガさん?」
ライガは槍を構え、立った状態で無意識と意識の狭間にいる様だった。今、まともに戦えるのは僕だけだ。何が起こったか分からないが、先程の遠吠えは何かのスキルだろう。なぜか僕だけがスキル攻撃を防げた。
火の狐はゆっくりと僕の方へ歩いてくる。
こいつ、かなり強い。近づくにつれてマナの強さが伝わってくる。僕だけでは間違いなく倒せない。でも、このスキルを解けば、勝機はある。ライガさんやストナやユームが加勢してくれれば、間違いなく倒せる。狙いはスキルの解除。この一点のみだ。
火の狐が2メートル手前で止まった。
『カエレ …!オマエダケ …!ミノガス …!カエレ…!』
「ふざけるな。仲間を見捨てられるか!死んでもお前を倒す。」
僕は剣を振うと、狐は炎の尾で攻撃を受けとめた。炎の空間に鋼が重なり合う金属音がこだまする。僕は再び攻撃する。しかし、同様に防がれる。こっちの攻撃が止まると、今度は向こうが炎の尾の攻撃を来る。槍の様に尾の先端を突き刺してくる。その炎の槍を今度はこっちが避ける。数回の攻防が続いた。
鋼鉄の様な硬さの尾だ。しかし、全く歯が立たない強さではない。
でも時間がない。このまま戦えばあと数分でこちらが死ぬ。火炎バリアのリミットが刻一刻と迫る。戦って分かった事がある。相手はこちらに殺意も、悪意も無い。相手の目を見れば分かる。言うなれば、門番に近い。しかし、相手に殺意が無くてもここにいればこちらは死ぬ。味方4人が人質になっていると一緒だ。倒すしかない。
僕は再び相手を攻撃する、相手は尾で防ぐ。僕の攻撃が止むと向こうの槍攻撃が来る。
ここがチャンス。
尾と言え、炎をまとっている以上マナ攻撃だ。
「回転マナ返し」
この攻撃を回転マナ返しで返す。僕は尾の攻撃と同時にスキルを使った。尾のマナを逆に投げ返すように剣先に受け止め、剣を回転させて相手の心臓へ攻撃する。
攻撃が当たる瞬間、もうひとつのスキルを使用する。
マナ返しである。
回転マナ返しは相手のマナ攻撃をそのまま返す技、向こう攻撃が強ければ殺傷能力が上がるが、今回はそんなに期待出来ない。この回転マナ返しの良さはもうひとつある。相手の間合いに入り込める。そこにマナ返しをぶつける。
炎のマナを常に出し続けている様なモンスターなら、そのマナを一瞬打ち消して相手に反射できる。両方でも大した攻撃効果は無い。しかし、一瞬だけでもマナを無くせれれば、ライガさんが復活してくれる。今僕に出来る事はそれだけだ。相手の間合いに入ると言うことはこちらも攻撃されると言う事。そして、マナ返しの欠点、相手のマナを返せても、そのマナの衝撃はもろに食らうと言う事。言い聞かせば、返り討ちにあう可能性大だ。
でも、やるしかない。皆を守るために。
「マナ返し」
僕は火の狐の心臓に向けて刃を近づけ、相手を切る瞬間にマナ返しを使った。
マナ同時がぶつかり合う。
次の瞬間、目を疑った。
切ったの狐の身体ではなく尻尾。しかも、本体は数メートル後ろに後退していた。
やられた。
身代わり系の幻術だ。
マナ寄せ開眼なら見破れたのに。
完全な敗北。この攻撃はミスると僕に大ダメージが襲う。
予想通り、衝撃波が身体と脳裏を突き抜ける。耐えられない。意識が飛ぶ……。
ごめん。みんな……。
……。
業火に焼かれる様な感覚を覚えながら、僕の意識は闇の中へと堕ちていった。