オーウィズ王子と火山島②
僕達は炎英離都の港に降り立った。
「ようやく着いたか。待ちくたびれた。」
ライガが背伸びをしてた。僕はそれを横目で見ながら言った。
「ライガさんは飲んでただけですよね。」
「しかも、後半は熟睡だ。」
マルマルも付け加える。
「良いだろ。少しくらいは、最近は闇に篭って仕事をしていだんだ。たまには飲ませろ。」
「何がたまにはだ。休みの日はいつも飲んで寝てただろが。」
パンパン
ストナが手を鳴らした。
「そこの炭坑夫3名。そこで言い合いをすると周りに迷惑です。一旦、前へ進みなさい。」
た、炭坑夫?自分だって同じだろ。毎日顔を真っ黒にして怒りに燃えて仕事してただろうが。とストナを見て言おうとすると、ストナガ僕の頬をつねった。
「何か言った?」
「まだ、何も言ってません。」
僕はストナに腕を掴まれて、引っ張られる様に前に進まされた。船から降りた人々の行列は港の倉庫街を超えて、噴水の見える通りに続いていた。
通りに出ると、僕もストナもその雰囲気、世界に飲まれてしまった。様々な屋台が道の両端に並び、それが遥か彼方にまで続いていた。
「ここが帆色縄索露店街よ。」
「ほ、ほ、何?」
「ロープに連なる色とりどりの帆がなびく様に連なる露店街。このまま観光ビーチまで続いているのよ。」
「すごい。」
「ちなみに……。」
そう言うと、ストナは近くの露店の前まで歩いていった。露店では香ばしい香りが漂い、数人が列をなしていた。
「これがこの地方の名物の一つ、魚類鍋と言われるものよ。」
露店の中央にある巨大な鍋、中身が分からないほど煮込まれている。それを巨大なオタマで中身ごとすくい上げて、木の器に乗せる。鍋がかき混ぜられるごとに鍋から湯気溢れ出し、一面を白く包む。その香りがたまらなく食欲を誘う。
「お昼にしませんか。」
「いいね。」
「ね、ライガさん。?」
僕が後ろを振り向くとライガの姿は無かった。
「あいつは用事があって、さっき出かけた。」
「よ、用事?」
こんな見知らぬ地でどこに行くのだろう。
「僕達はここで待ったほうが……。」
「多分大丈夫だ。あいつにとってここは第二の故郷だからな。」
第二の故郷?
白い湯気が僕の目の前を通り過ぎた。
「お待たせ。」
ストナが魚類鍋の器を3つ持ってきた。
「食べよう。あそこにテーブルがあるから。」
そう言って、ストナは器を持ってテーブルの方へ歩いて行った。僕達は餌に釣られる魚の様にその後を追い掛けた。
「美味い。」
魚の肉がとろける。
久方ぶりの湯気のある食事。思えば、王下聖騎隊から呼び出されて、その時食べた宮中料理依頼の温かい食べ物。あの時の料理の方が品のある様だけど、僕にはこっちの料理の方が合っている。
食が進む。
その時、見知らぬ人と目が合った。
お互いに会釈をする。
「七本槍の道化衆の皆様ですね。お迎えに上がりました。私はリピートと申します。」
リピートに連れられて僕達はあの輝かしく、芳醇なにおい漂う大通りから外れて、細い坂道を歩いていた。
「気持ち悪い。食ったばかりだ、少しは休ませろ。」
マルマルが隣でひとりごとの様に呟く。隣を無言で歩きながら、同じ思いではあるが、口には出せず、心の中で頷く。
リピートは炎英魔宝学院の職員。歳は49歳。聞いた話では、彼は学者を目指していたが、限界を感じて学者の道を断念。そのまま学院の職員として働いているらしい。身なりや姿勢や言葉使いから、職員と言うよりオーウィズ王子の執事かと思ってしまった。その勘違いから意外に話が弾み、オーウィズ王子の事を含めて色々な事を聞く事ができた。
王子はここから少し北にある旧邸宅を借りて一人で暮らしているらしい。一人と言っても王子なので身の回りの世話をする人くらいはいると思われる。
炎英魔宝学院での学位は全て取り、今は研究過程にあるらしく、毎日学位に通っている訳ではない。資料漁りと会議等がなければ、ほとんどその邸宅で過ごしている。
「皆様、あと少しです。こちらは少し細い路地になりますので気をつけてください。」
そう言って、リピートは細い路地へと入って行った。その後に僕達も続く。細い路地は東西に伸びている、その上建物と建物の間にあるので、太陽の光があまり入らない。昼間でも薄暗くなっていた。
「マルマル。ストナ。」
僕は剣に手をかけた。何か悪い予感がした。
「鉱石サーチ、使ったぞ。」
「マナ寄せ開眼」
僕の最強のチートスキル。僕自身が勝手にそう呼んでいるだけだけど。マナ寄せ開眼。僕には生まれながらに備わっている(と思われうる)スキルがある。(一般的なスキルとは違うので、特技の類らしい。)それが、「開眼」と呼ぶスキル。集中する事で、1秒先の動きが読める。この開眼にサーチ系のマナの力をマナ寄せするとマナの動きが見える様になる。これが僕の力である。
僕は開眼の眼で周りを見渡した。ところどころにマナを感じる。その中で、こちらに向けられているマナがある。僕達を狙っている?
「マルマル、ストナ、気をつけて何か仕掛けてくる可能性がある。」
ストナも大剣を取り出した。僕達はゆっくりと前進していく。その僕達を気にせず、リピートはそのまま進んでいた。
「どんな感じ?敵?モンスター?」
ストナが僕の方へと近づいてきた。
「多分、人間。闇のマナ系でもない。でも何か悪意を持って、こっちを狙っている。」
「ふーん、それだと、例の暗殺者の仲間?いきなりビンゴね。これなら、仕事も早く終われそうね。」
「暗殺者かどうかは分らないけど。一人強いマナをもっている。そいつは要注意。」
ん?
「冷たい。」
いきなり、僕達に水が飛んできた。
「やったー。ばーか。」
この辺りの子供だった。しかも、十数名もいた。やけに勝ち誇った顔をしてこちらに笑みを飛ばしている。
「あのね。あなた達。」
ストナが子供に気を取られ始めた。
「ストナ、まだ敵は近くにいる。この子達も含めて、気を緩めないで。」
ストナが構え直す。「ごめん。」
僕はマナのする方向へと目を視線を注ぐ。
パチパチパチパチ
「お見事、さすがはマナを見る眼を持つマナの剣士。」
物影から現れたのは僕と同じくらいの背丈の男性だった。
「オーウィズ、やっぱりあなたのイタズラね。」
彼がオーウィズ王子?
細身の身体に魔法を着て、どう見ても魔法使いにしか見えない格好。眼は綺麗な青色で、王家の血筋を引いている様に見える。そして、僕を見て笑みを浮かべた。その笑みはストナが良からぬ事を考える時の笑みにそっくりだった。
王子は僕達の前に歩み出ると、深々と頭を下げた。
「ちょっ、ちょっと待ってください。」
「良いのよ。ほって置いて、パフォーマンだから。彼の。」
王子は頭を上げると、ストナを見た。
「相変わらず性格は良くないな。ストナ姉は。」
「お互い様でしょ。」
再び王子は笑みを浮かべて、僕に手を差し出し、握手を求めた。
「まず、無礼をお詫びします。私はオーウィズ。私の為にわざわざ炎英離都まで来てくれた事に感謝する。私の事はオーヴィズと呼んでくれ、敬称も敬語不要だ。」
そう言って、僕とマルマルに握手をし終えると、両手を叩いた。
「もう良いですよ。出てきて下さい。」
すると、先程からこちらに悪意の満ちたマナの感覚が収まった。そして、通路の至るところからぞろぞろと人が出てきた。
「ボールス?」
僕は王下冒険者学院の同期の顔を見て思わず声を出してしまった。
「同期の積もる話は後にして、まずは移動しましょう。」
そう言って、僕達を住居に招待してくれた。
王子、いやオーヴィズの敬称も敬語も不要?これは逆に命令?
ストナに相談すると、王族直系の中でもかなりの変わり者らしいので、そのまま言葉通りに受け取れば良いと言われた。
その屋敷は2階建ての小さな宮殿をイメージさせる造りになっていた。
門を通ると、噴水が目の前に飛び込んでくる。屋敷の中央に描かれる様に鎮座しており、豊富な水を常に出し続けている。その噴水のあるロータリーを左回りに進む。噴水を3分の1ほど過ぎると、今度は屋敷の大きな入り口の扉が姿を表す。
「……。」
開いた口が塞がらない。
「どこの宮殿?」
「元々は炎英王の別荘らしい。」
「そんなところに住めるの?」
「いわくつきよ。」
いわくつき?
炎英離都は新炎英王がマナの研究とマナ獣との関係の構築のために建てた街である。旧首都の炎英王都から10キロ程離れた場所に存在する。この炎英離都は元々港街だった。
帝国側と聖京都側の海運の要所として発展しており、当時からリゾート都市とし有名であった。
火炎の英雄はこの地に別荘を建てて、余暇を取っていた。その別荘こそがオーウィズ王子が購入した屋敷である。
2代目炎英王がこの別荘でクーデターの知らせを聞き、そのまま炎英王都で戦死した。その事を受けて、離都に残っていた一族はこの別荘で殺された……。
聞きたくなかった。
僕達は今、食堂に案内されて、オーヴィズが戻ってくるのを待っていた。
「この食堂でかなりの人が惨殺されたらしいよ。」
ストナが面白半分、僕につぶやく。
「その情報いらないよ。」
その話を聞いた後は、きらびらかな屋敷がなんだかどんよりと霧がかかっている様に見えてきた。部屋の至るところにある小さな汚れは血飛沫の跡?
「まさか、ここに寝泊まりする事にはならなければ良いけど。」
「あちらさんとの交渉次第よ。」
その一言で、僕は対面に座っている6名を見渡した。
炎勇旅団。聖京都にまでその名が轟く、冒険者部隊。
リーダーのユーム。女性。Aランク冒険者。資質はアーチャーであるのに、弓を使わずに体術を使う変わったスタイルで有名である。炎勇旅団の別名は格闘家集団。資質に捉われず、肉弾戦でどこまで戦えるかを検証する研究家とも言われている。
スキルは資質とそれに合った行動によって「ひらめく」。資質と行動が伴わなければ、スキルは手に入らない。もっと言うなら、資質に合わない戦い方をする事は、冒険者として致命的な不利を招いていると言っても過言ではない。その不利なスタイルを敢えて取りながら、Aランク冒険者まで成り上がるこの人は、並大抵の努力家ではない。
さっき、マナ寄せ開眼で彼女のマナを見たが、彼女を取り巻くマナの流れが異常だった。彼女は強い。もしかすると、ライガと匹敵する実力の持ち主かもしれない。時々、彼女と目が合うが、怖くて目を逸せてしまう。
一番末端に座っているのが、王下冒険者学院の同期、ボールス。彼は僕と同じで特殊資質の持ち主だ。その為、通常3年で卒業を彼は4年を要した。同期で3年卒業出来なかった留年は僕を含めて4名。僕達は同期留年組として、今でも交流を持っている。そんな彼が、今年の春に地元に戻ると言って、聖京都を去って行った。その際に僕達同期留年組で盛大な送迎会を行った。僕はもうボールスに会えない気がして、ハグまでして抱き合った。でも、こんなに早く再開するとは、お互いにちょっと気まずい。会った時のあいつの苦笑いからもその事は伺える。
なぜ炎勇旅団がここにいるのか。彼女達も王子の護衛にあたっている。
炎勇旅団は炎英魔宝学院から依頼を受けてここにいる。僕達とは依頼主は異なるが、目的は同じ。王子の警護。
この後で、今後の警護計画の打ち合わせを行い、警護方針を決める。王子には暫くこの屋敷で過ごしてもらい、この屋敷を中心に警護していく。となると誰もが思っていただろう。この後、王子のとんでもない計画を聞くまでは……。
僕が案内された部屋を眺めていると、王子が大量の紙束を抱えて部屋に戻ってきた。
そして、その紙束を僕達の前に開いた。
一番上に短剣と腕輪の絵が描かれていた。
「マナ獣に会う為、火山島に行く。一緒に来るか?」
その一言に誰もが言葉を失った。
「はー!?」
ストナの金切り声だけが食堂にこだました。