境界なき魔境③
そこは魔境と言うより、桃源郷と言う言葉が最適と思われる程の綺麗な森林だった。
陽の光が適度に上空から差し、その明るさが森の中をより緑色に輝かした。
木漏れ日の下には可愛らしい小さな花が光を恋い慕うようにいたる所で咲いていた。その小さな花は紫色の……。
「それ以上近づくと死ぬよ。その花猛毒だから、花粉に粘液をただれさせる成分が含まれているから、匂いを嗅いだら最後だよ。」
前言撤回。やっばり魔境は魔境だった。
魔境の奥へ進む事、3日目。
光の翼が奴らのアジトだと割り出した場所へとたどり着いた。森の中に少しだけ木が倒されて、何やら集落にも見える場所がぼんやりと見え始めた。
「あそこだ。」
ハズキはそう言うと立ち止まった。
ライガとユームも覗き込む。
「分からないな。」
「人がいた気配はあるが……。問題は本当にマナ一族かどうか?パプリカがいるかどうかだ。」
僕も遠くに見えるアジトを目を凝らしてみるが、全く分からない。何がいるんだ?誰がいるんだ?
遠目では何も分からなかった。
2チームに分かれて、アジトを探る事になった。
僕とストナ、ユームの3人で前方右側の集落らしき小屋?から探って行く。
ライガチームはハズキ、キャロリーの3人で後方に回り込んで左側から調べる。
目的はあくまでパプリカの救出。戦闘は極力避けたいがやむなき時は全員で戦う。と言う曖昧な作戦で向かうのであった。そもそも、ここにパプリカがいる保証も、ここが闇のマナ一族のアジトと言う保証もない。
ただ、やるしかない。それだけである。ユーム、ライガの両コンビならあり得る作戦である。全くもってでたらめコンビではある。しなしながら、仮に強行突破する作戦を立てても、不可能ではない実力を持っているから、誰ひとり文句を言わない。
僕達チームは集落にゆっくりと近づいた。
ストナが僕の脇を突付いてきた。
「ねぇ、ライガって、ここの所、少し変だと思わない?」
「変?」
「分からない?デレデレしてるのよ。あのキャロリーに。」
「まさか。」
「そのまさかよ。あの人、ああ言うのがタイプなのかな?」
「ああ言うタイプって?」
「ちょっと暗いって言うか、闇をもっていると言うか。」
「確か……、でも、ライガさんの奥さんは明るい人だったよ。」
「きっと反動よ。」
僕達の無駄話を叱る様にユームが人差し指を口元に持って言った。
何も語らず、ゆっくりと進み始めた。僕達と一度距離を取って安全を確認する。そして、僕達を近くに呼び寄せる。それを繰り返していくうちに集落とな距離が縮まってくる。緊張感が次第に増してくる。
僕はユームの指示に集中した。闇のマナ族とは……。恐怖の中になぜか小さな期待があった。僕と同じ一族がいるのかと思うと得も言えない緊張感に支配されていた。
そこは不思議な空間だった。
山間の村、と言うより森の中の小屋の集まり。少し大き目の木の幹に小屋が建てられていた。建てられていると言うより、くくりつけられていると言った方が合っている。森の中の隠れ家の集まり。しかも、子供の……。
子供の頃、林に作ろうとした秘密基地が少しまともになった感じだ。ここに誰が住むんだろう。
何とか言うか違和感しかない。人なき人の里、無機質な里だった。
一通りの家具や道具は入っているが、使っている形跡がない。隠れ里と言う所はこんな場所なのか?
3件目の小屋に入った。
マナの力を感じた。
「何かいる。」
ユームの動きからも緊張感がうかがえる。脳裏にユームの言葉が過る。「五感を研ぎ澄ませ」五感って?少し匂いを嗅ぐ、音に集中する。……。
何も分からなかった。でも、どこかにいる。心拍が危険を知らせている様に全身が熱い。
「ストナ。」
「分かっている。でもどこ?」
小屋の外にライガ達がいるのを視界に捉える事が出来る。ライガも気を緩めていない。彼もこの不思議な気配に気づいている。
「あんまり動くなよ。かなり危険な状況だ。」
ユームの忠告があったその瞬間。
小屋が弾けた。
弾けた?そう言う表現しか出来なかった。多分、幻術で作られた小屋が消えたのだろうが、一瞬何かが吹き飛んだ様に錯覚した。言葉で言うなら小屋が弾けたのだった。
弾けた勢いがそのまま背中から押し寄せてきた。僕は前屈みに倒れ込んだ。顔が土にめり込む。息が出来ない。右半分が完全に土に埋もれ、左半分でかろうじて息が出来る状況だ。何が起きたのか全く分からず、そのまま倒れていたが、少しづづ状況が整理できてきた。
僕とストナは捕まっていた。
吹き飛ばされたと思っていたのは、背中から右腕を押さえられ、地面に押し込まれていたのだ。右腕に違和感を覚えたのは背中で押さえつけられていたからだ。ストナも同じ様に押されつけられている。
こいつらが闇のマナ族?でも声が出ない。背中を強く押されているので声を上げる事が出来ない。油断?いや、完全にはめられたと言うべきか。向こうの手の内で踊らされていた。
「お前達、動くな。動くと、こいつらの首が飛ぶぞ。」
そう言って僕を押さえつけている男は僕の首元に剣の様な者を当てた。
ひんやりとした気持ち悪い感覚が全身を襲う。
「お前達は何者だ。」
ライガの姿は見えないが、僕の上にいる人物とのやり取りが聞こえてくる。
「分かっているんだろうが!光の翼の仲間だろが!生きて帰れると思うなよ。」
「ま、まて、俺達はパプリカを探している。彼女さえ返してくれれば、」
「誰だパプリカって。そもそも、ここへ来た奴は誰であろうと全員殺す!」
少し剣先が僕の後頸部を押し込む感覚が伝わる。痛みはない。切れてないのか?それとも気が動転していて感じないのか?ただ、もう少し力を入れられれば、確実に首が飛ぶ事は感覚でわかる。
ライガさん、あまりこの男を刺激しないで下さい。
「お前達は誰なんだ?」
「うるせー、つべこべ言うとこいつの首をはねるぞ。」
「わ、分かった落ち着け。何が要求だ。」
「うるせー、黙れ、俺様に指示するんじゃない。とりあえず、こいつは今殺す。」
え?僕はここで……。殺される。ちょっと待って。
「動くな。こいつを殺すぞ。」
今度はライガの声がして、全身の押さえが弱くなった。僕に覆いかぶさる男の身体が動揺している。男の力が弱くなり、押さえつけられていた顔が前に向き直す事が出来た。ライガ達の様子が見えた。え?
ライガがキャロリーの背を押さえて短刀を首に当てていた。どういう状況?理解が出来ない。キャロリーを人質に取るライガをただ眺める僕だった。なんで?その疑問だけが頭を過る。この状況で僕の脳がおかしな光景を作り出しているのか?実はもう僕は死んでいて夢か何か?死んだら夢って見るの?
混乱(僕だけ?)の中でライガが再びこちらに向けて恫喝する。
「動くな。お前達の親分を殺すぞ。」
お、親分?
どういう事?
「わ、分かった。」
分かった?何が?どういう事?
その時、ユームが僕とストナを押さえつけている男を蹴り飛ばした。僕とストナを起こしてライガの方へと跳ね飛ばした。
「ナギト、首が……。聖回復。」
身体に温かな力が流れ込む。ストナの聖回復で身体は回復した。でも、脳が処理しきれない。
「良かった。」
ストナが僕の肩に触れた。混乱のさなかにあった僕の心拍がストナに触れた事で落ち着きを取り戻し始めた。
「ナギトなら死んで無ければ大丈夫だ。」
ユームが数十人いる闇のマナ族を牽制して戻って来た。ってそれどういう意味?褒め言葉?
「ふ、ふふふふ。」
突然、ライガに取り押さえられているキャロリーが笑った。
「どうして私が頭だと分かった。」
「勘だ。」
「勘?いつからだ。」
「お前だけが生き残った時からかな。」
「分かった。まず、戦いは止めよう。」
そう言うとキャロリーは他のメンバーに合図を出した。その合図を見て、臨戦態勢を解いた。
「お前達は何者だ。」
依然としてライガは力を緩めず、キャロリーを取り押さえている。
「わ、分かった。全て話す。まず、我々は闇のマナ族ではない。そもそも、闇のマナ族などここにはいない。ここにいるのは国を追われた流れ者の集団。「旅券団」という名前くらい聞いたことがあるでしょ。」
「お、お前達が?」
「ストナ、旅券団って?」
「旅券団って言うのは、暗殺者集団で有名な組織。帝国御用達とも言われていた影の冒険者団。ここ数年で全滅したって噂だったけど……。」
「そう、旅券団はただの仕事の請負人よ。それ以外は何もしない。パプリカ、彼女の誘拐も頼まれた。それだけよ。」
「誰に?」
「分かっているはず。3魔女。あの化け物達よ。彼女を無傷で引き渡す。それが契約よ。それだけ。既に引き渡し済み。ここにはいないわ。」
「それなら、なぜ、カプサイシン達を殺した。」
「我々にもルールがあるわ。ひとつ。対象は悪人しか狙わない。もうひとつ。裏切りは絶対に許さない。」
「裏切り?」
「ああ、そう。初めに3魔女の仲介人から連絡を受けた。奴らの目的は3聖女。その残り2人のうちひとりを誘拐して来いと言う依頼内容よ。」
「仲介者だと、誰だ。」
「そんな事言うと思う?そもそも今回の依頼は我々が請ける内容ではない。悪人だけを狙うのが我々の指針よ。しかし、光の翼は別よ。対象がパプリカだったから、我々も今回の依頼を受けたのよ。いい?あいつらは以前、我々に仕事を依頼するという体で我々を罠に掛けて旅券団を全滅させようとした。その首謀者がカプサイシン。その手引きをしたのがブッキー二だ。だからこの手で軽く首を落としてやった。後は簡単だ。恐怖で動けなくなったパプリカを連れ去っただけだ。」
「もう1人の女は?」
「あれが本物のキャロリーだ。まさか、キャロリー死んでるとは思わずに近づいて気づいた時には2人共同じさ。仲良く首無しさんだね。ただ、敢えて傷を負ったのが災いしたかな。あんたに読まれるとは。」
突然、キャロリー?が笑い出した。
「あんた達は悪人とは言えないから、殺さないでやる。」
「お前、自分の立場が分かっているのか?」
再びキャロリー?が笑う。
「お前達こそ、この立っている場所がどこなのか分かっているのか?ここは魔境と呼ばれる魔物の棲家。お前達ここに来て何分経つ?そろそろ目覚める頃だ。」
そう言うと、彼女はライガの腹を蹴ってライガから離れた。
「ようこそ、魔境へ歓迎するよ。ここは命を漁る植物獣の聖地。今あるかの薄い霧に気が付かなかった?この霧には催眠と麻痺毒が含まれいるのよ。本当に薄くだけどね。でも、数時間も吸っていると徐々に動きを鈍くさせ身体が止まった頃に奴らは現れる。植物獣という生き物は生きたままその血肉を滴り喰らう。防御魔法はしていたかな?その様子だと気付いてないね。再び会える事を楽しみにしているよ。会えたらね。」
そう言って、彼女はライガに投げキスをして消えていった。
ストナがゆっくりと倒れ込む。
「大丈夫?」
意識がない。
「ライガさん!」
「分かっている。早めにここから出る。ただ、もう囲まれている。俺が道を開くからナギトはストナ嬢を担いで走れ。良いな。」
「はい。」
ところが、その直後、再び倒れる音が響く。
見るとユームとハズキがその場に倒れ込んでいた。




