序章
人は戦う。その命を掛けて。生きる為、大切な仲間の為。
勝てば官軍とまでは言わないけれど、勝たなければ意味がない事を心のどこかで悟っている。なぜなら、負ければ死。それが戦場あり、死闘と言うものである。
人は選ぶ。時に勝敗に関係なく死と言う未来を。
魔晶石化と言われる力もその一つに数えられるだろう。肉体全体をマナ鉱石化して、自分自身をマナの塊と変化さる。己の限界を超えて、スキルを使い続ける。その代償がどんなに計り知れない完全な消失であっても。
魔晶石化した肉体はもはや戻る事無く、肉体に残る全てのマナを使い尽くして、文字通り朽ち果てていく。
その魂の行先は誰も知らない。
しかし、その時の彼女はとても気高く、気品に満ちていた。魔晶石化を始めた時のマナは紅色に光輝く。目の前に迫る死でさえも、彼女の目の輝きを止めることはできなかった。その輝きは何よりも優しった。
聖京歴101年、春。
この春、僕、ナギト・オウミは王下冒険者学院を卒業した。入学から5年という年月が過ぎていた。
この世で冒険者の能力を決める指標は2つと言われている。か「資質」と「スキル」。この2つが揃って初めて冒険者として認められる。
ひとつは「資質」はその人が生まれながらにして持つもの。僕の場合はか「魔法剣士」。特殊資質とされる。実際には魔法剣士と言うよりかは「マナの剣士」資質と皆からは言われたが、実際には分からない。生まれながらの資質を調べる方法は現在、帝国が作り上げた資質検査装置と呼ばれる機械。使用者の体内に備わる資質をデータとして取り出し、過去のデータと照らし合わせて資質を調べるもの。特殊資質であればあるほど、近い資質に振分けられるらしい。
もうひとつが「スキル」。冒険者にとって最も重要な要素。このスキルが無いと、冒険者になれない。スキルは資質とそれに伴う行動によって得る事が出来る。どうやって得るのが、「ひらめく」のである。突如、身体の奥底から力が溢れ出し、全身を駆け巡り、スキルを発動している。スキルを覚えないと言うことは、資質と行動が合っていないということになる。
冒険者にはスキルという力が無くては強くなれない。しかし、そのスキルを得る為に、自分の資質を知る必要がある。
僕はスキルを覚える事が出来ず、学院での5年目の春を過ごしていた。ある行事に参加した際、か「マナ寄せ」と言うスキルをひらめいた。マナの力を右から左に移動させるスキルである。
僕には生まれついてマナを持っていない。だから、マナ寄せは何かのマナが無ければ使えない。しかし、逆を言えば、マナを発生しているものであれば、人であれ物であれモンスターであれ、使う事が出来るのだ。
僕はこのスキルを覚えた事で元々教育過程を全てこなしていた事もあり、仮冒険者として、同郷の仲間の冒険者部隊「七本槍の道化衆」に入り冒険へと足を踏み出した。
その最初の冒険で僕達は30年前に起こった魔災害「死狂の館の戦い」で倒したとされていたバンパイア3姉妹の一人バーブルに出会ってしまう。七本槍の仲間は僕以外壊滅となった。
バーブル達、バンパイア軍団は100年前に封印された魔王バンパイアロードの復活させようとしていた。
新しい仲間と多くの人達の協力でバーブルを退治し、魔王の復活を阻止する事が出来た。
それが今から約1年前の事になる。
そして、この春、卒業式から数ヶ月後、魔災害に認定されたアタゴ山の戦い(バーブルと魔王との戦い)での戦死者の国葬が行われた。
多くの死者を出した戦いも、完全な終止符が打たれた。聖京都にも静穏な空気が流れ始め、この戦いで延期されていた聖京都生誕100年歳の再開も検討され始めた……らしい。
僕達、七本槍の道化衆はと言うと、アタゴ山の戦い以後、ほとんど陽の光を浴びる事なく、光る坑道に籠っていた。
ほとんど陽の光を浴びないとは少し言い過ぎではあるが、長い時には2ヶ月近く坑道暮らしの日々が続いた。事の発端は僕達が坑道を破損させた事に始まる。坑道の修復は本来鉱山鉱員の仕事になるのだか、光る坑道は機密性が高く、内部事情を知らない者に従事させる事が出来ない為、僕達に白羽の矢が立った。この仕事、マルマルだけが生き生きと輝いていた。
春から夏へ季節が変わり始める頃、長い長い鉱山暮らしもようやく終わりを告げた。国王から呼び出され、次の任務へと移ることとなった。
新しい任務は簡単に言うと要人の警護である。1年間、その要人を警護して欲しいと依頼受けた。
僕は少し心が踊っていた。
その要人が住むのは、ボルケーノ地方、第二の都市、炎英離都。生まれて始めて、聖京都地方、テイルエンドを出ることになる。初めての異国の地。
しかも、炎英離都はボルケーノ地方最大の学術都市でもあり、リゾート都市としても有名である。
生まれて初めての異国が、あの炎英離都。これが心弾まない理由はない。僕だけではない。
ボルケーノの地方は炎英雄が治める国。炎英王と名乗る国王がトップの国家体制を取っている。
しかし、現炎英王と魔王討伐をした火炎の英雄との血の繋がりはない。約60年前クーデターが起こり、火炎の英雄一族はほとんどが殺された。
その戦いで当時首都だった。炎英王都は廃墟となり、ボルケーノ地方の北西、帝国寄りに新しく炎英新都を建設し首都とした。
ボルケーノの地方の旧炎英王都から南東10キロの位置に火山島がある。巨大な火山を中心に島が形成されており、島の名前そのものが火山島と命名されている。
この火山島には火のマナ獣が住んでいる。魔王大戦の時、マナの英雄エイディに力を貸したと言われている。
旧炎英王時代までは、マナ獣式典なるものが定期的に行われていた様だが、新炎英王になってその式典も無くなった。
噂だが、「炎英王を殺して私が新炎英王です。」と挨拶に行っても、焼き尽くされるのが怖くて誰も行けない。と言う事らしいが、詳細は分からない。
こちらも噂だが、マナ獣との関係を回復する方法を探るべく、新炎英王が建てた街。炎英離都。ここに炎英魔宝学院を作った。現在もマナ獣との関係回復はない様だか、学術都市としての知名度は大陸全土に及んでいる。
それが今、大陸有数の学術都市、またリゾート都市へと発展した。
炎英離都への道のりは聖京都からセタ村へと抜け、南西に向う街道を南下する。街道の名称はそのまま南西街道。街道はテイルエンド最南端の街、オツの港街に続いている。
オツの港街から炎英離都へ行く方法は歩いて数十キロ先の検問所を越え、更に南下する方法と船で離都まで行く方法がある。
船での場合は、天候に左右される上、出港のタイミング次第では徒歩の数倍時間が掛かる為、多くの冒険者には敬遠される。
今回、僕達七本槍の道化衆は船という選択肢を取った。ライガ以外のメンバーは船が初めてという事と、船の出港がたまたま港街に着くタイミングと合っていた為だった。
離都とオツの港街を繋ぐ海路で使用されている船は4隻。今回僕達が乗り込む往来船は巨大なマストが3柱並ぶ帆船、その名もレッドマリーナ号。火炎の英雄マリーナから取られたその船は全体が朱色で施されている。中でも中央マストの朱色が際立っており、風になびく帆はまるで炎が燃え盛る様だった。
レッドマリーナ号は風に帆をなびかせてオツの港街を出港した。僕達、七本槍の道化衆の新しい冒険のはじまりだった。
そして、それは再び大きな世界の渦の流れに足を踏み入れる事だと誰が知ることが出来ただろか。