悪役令嬢は本を読んでいるので邪魔しないでください。
「本当です! 私、ライザさんに虐められたんです! 今まで怖くて誰にも言えませんでした……。でもっ! あなたの優しさに触れて、あなたに打ち明けてみようって思ったんですっ!」
王宮の夜会の一角が騒がしくなった。
近くに居る者たちが大きな声の方に注目すると、この国の第2王子に、ピンクブロンドの巻き毛にこれまた同系色のカチューシャをした夜会にそぐわない服装の女が何かを必死に訴えている。
「君は誰かな? ライザに話しかけられた? 本当に?」
溶けるような金髪に金色の瞳をしたこの国の第2王子コリンは僅かに首を傾げた。
「はいっ! 信じてくださいっ! ライザさんに『お前みたいな下の身分の者が目に入るなんて汚らわしい。消えてくださらない?』って! 貴族学園は学園に居る間は身分は平等のはずですっ! そんな下の身分の者を虐めるなんて事許せませんっ!」
ピンクブロンドの巻き毛の少女が言う事に周りがひそひそと囁き始める。
「そんな」「まさか」「ライザ様が?」「いじめ?」「本当に?」「本当に?」
そんな声が王宮の夜会に渦巻く。
第2王子コリンは戸惑ったように王宮の夜会会場の隅を振り返った。
そこには、夜会にそぐわない豪奢な机と椅子が壁に向かって置かれており、見事な銀の髪をして美しい金色のドレスをきた女性が机に向かっていた。
夜会会場で机に向かって座っている者など異様だが、もちろん彼女がライザなのだろう。
「……僕の婚約者のライザが…………? 君に話しかけた……?」
そして、ピンクブロンドの少女をはっきりと嫉妬の目で見た。
「それは…………………………羨ましい」
第2王子コリンはそれが本当だったら、ピンクブロンドの少女を許しておけないとでもいうような圧力で見つめてくる。
ピンクブロンドの少女は、第2王子に嫉妬の目で見られてひるんだものの、机に向かっている女性に向かって果敢にも突進していった。
「ねえ、ちょっと! あんた、ライザっ! 全知全能で完全無欠の悪役令嬢でしょ? ちゃんとゲームシナリオ通りに進めなさいよっ!」
机に向かって座っている女性の肩を掴んで揺すりながら叫ぶ。
すると、パァン! と大きな音を立ててピンクブロンドの少女が振り払われる。
どうやらライザは机に向かって本を読んでいるようだ。
「コリン様、この前の物質転移魔法の開発の褒美に、夜会中は本を読ませてくださる約束ですわ。何ですの? プレゼント? また魔法の習得か文書の解読か何かですか? そこら辺に置いておいてくださる?」
ライザはその美しい顔を目の前の本に一心不乱に向けていた。
本のページをものすごい早さでめくっている。
王宮の夜会の中で、一人、机に向かって本を読むさまは異様だが王族も貴族も特に異論はないようだった。
むしろ、本を読むライザに話しかけて振り払われたピンクブロンドの少女を、会場に居る者は非難する目で見ている。
「本を読んでいるのを邪魔するのは契約違反ですわ。それとも、この異世界人が書いた話の続きをコリン様が見つけ……………?!」
ライザは途中で何かに気づいたように振り返った。
美しい銀色のライザの澄んだ目が、ピンクブロンドの少女を射抜く。
「悪役令嬢? ゲームシナリオ? 詳しく聞かせてくださる? あなたもしかして前世が異世界だったのではなくて? 前世の本やゲームの内容はどのくらい覚えていらっしゃるの? この本の続きを知っていたりします?」
「な、なによ。そんなこと言って話をごまかして! 悪役令嬢の役をやりなさいって!」
「ふふっ、悪役令嬢、良い響きだわ。……ああ、あなたの頭の中にどのくらい異世界のお話が詰まっているのかしら………神よ、感謝しますっ………」
ライザは天に向かって目を閉じて祈った後、ピンクブロンドの少女の腕を掴んで外に向かい始める。
「な、何よ。引っ張らないで! 放しなさいよ! 私は王子様と夜会でラブイベントが!」
ピンクブロンドの少女がライザの手を振りほどこうとするが、ズルズルとライザに引きずられていく。
「ラブイベント。良い響きですわね。異世界のゲームで意中の相手との好感度を上げるイベントの事ですわね。初めて聞いた時にはその意味不明さと幻想的な響きに感動しましたわ。まだ私には知らないことがあるのだと、自分の知識の矮小さに頭が垂れる思いでした」
貴族らしくなくライザは満面の笑顔で、ピンクブロンドの少女を引きずりながら会場を出ようとする。
「ライザっ! 今日は僕の色のドレスを着て夜会に居てくれる約束ではっ!」
そこで、コリンが慌ててライザを呼び止めるが、ライザの足は止まらない。
「また魔法の開発でも文書の解読でも、制度の改善でもなんでもやりますからそっとしておいてくださいませ。異世界の物語の魅力の前では私は無力なのですわ」
「誰か助けてっ!!」
歌うようなライザの言葉に、引きずられているピンクブロンドの少女の言葉が被るが、誰も少女の事を心配している目を向けない。
「ああ、何もしないでずっと本を読んでいられたらいいのに。生活のためにそうはいかないのがつらいですわね。ねえ、異世界から来たあなたもそう思いませんか? 物語が溢れる夢のような世界からいらっしゃったのでしょう?」
「放してよっ!この悪役令嬢っ!」
「ああ、もうあなたのお顔が本に見えてきましたわ」
ライザの恍惚とした言葉を最後に夜会広間の扉は閉められた。
後には呆然とした表情で扉に向かって手を伸ばすコリンと、いつもの夜会のお喋りに戻る貴族たちがいた。
「ライザ様がこの国に居る限り、我が国は更なる発展を遂げるだろう」
「王妃は本を読む時間が無くなるから嫌だと言って、第2王子の婚約者となったのは都合が良かった」
「ああ見えてライザ様はギリギリのところでやらなくてはいけないことを見極めていらっしゃる」
「この前、ちょうどよくライザ様が開発された物質転移魔法で地方の防衛力も上がったと……」
「ライザ様がこの前解読した古代文書で錬金術師が安い金属からオリハルコンの精製に微量ながらも成功したと……」
「コリン様は意外とあれでライザ様とうまく付き合えている」
「コリン様は幼少の頃、ライザ様に異世界の物語の本をプレゼントした時の笑顔に一目ぼれしたとか何とかでしたっけ。なんと哀れな」
「そこからライザ様の読書熱が始まったのですから自業自得では」
「ははっ、違いありませんな」
貴族の波がさざめくようなお喋りを背景として、コリンは長い間ライザが消えたドアを眺めていたが、しばらくして気を取り直したように夜会の社交に戻っていった。
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