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百日草の同期  作者: 兎束作哉
第1章 再会の同期
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case08 何も知らない



 ガヤガヤとする店内。眩しい照明、今人気の曲が流れる店内の個室の中で、男女向かい合って俺たちは座っていた。


 頼んだビールが来ると、幹事は高嶺だったらしく、高嶺の乾杯。の一声で皆ジョッキを持ってカチンと音を鳴らして一気飲みをする。



「……まず」

「春ちゃん、大丈夫?」



 皆のように一気に飲めない俺は、ちょびっと口に含むがその苦さや炭酸の強さに思わず顔をしかめてしまう。神津は心配そうに俺を見ていたが、その視線は直ぐに別の方へ向いた。元々甘党だし、お酒に強いタイプではなかった。すぐに酔うし、顔も赤くなるしできっと母親の遺伝なんだろうなと思っている。だが、飲めないと格好悪いのではないかというド偏見の元、飲まなければと自分に脅迫されて俺は飲むしかないと思った。取り敢えず1杯は。


 合コンの参加者は、俺達含めて計8人。


 元々、女性の方が人数が多かったのか、後から一人増やしたのかは知らないがちょうど4対4と数があっていた。

 女性陣は全員綺麗な女性で、俺達が入っていくと一斉に此方をみたものだから少し緊張した。でも、全員警察官なのだろう。雰囲気というかそう言うので何となく分かる。

 そして、男性陣は俺達4人。俺と、神津と、颯佐と高嶺。

 どういう経緯で、言い分で高嶺と颯佐がこの合コンを開いたのかは知らないが、あっちからしたら俺と神津のことは聞かされていないだろうし、警察ではない俺たちは場違いのような気もする。


 だが、全くそんなこと気にしなくてもいいぐらいに、女性陣の食いつきはよかった。



「もしかして、神津恭さんですか?」

「うん、そうだよ」

「うそぉ、あのピアニストの?」



と、神津が答えると目を輝かせながら、まるで芸能人を見るかのような目で神津を見つめていた。確かに、この容姿ならそうなるのも仕方がないと思う。



(つか、そんなに有名なのかよ……)



 俺は、神津の活躍を全く知らないから、彼がどれぐらい有名なのか見当がつかなかった。それでも、知っている人は知っているくらい有名らしく、日本人でその年でプロのピアニストといったら真っ先に神津の名前が上がるのかも知れない。

 何だか、恋人として不甲斐ない。

 神津は、いつものようにニコニコと笑っていて、とても楽しそうであった。それが、ちくっと胸を指すようでモヤモヤと痛みが残る。



「何だよ、嫉妬してんのか明智」

「………………なわけねえだろ」

「なら、その間は何だよ」



 そう隣に座っていた高嶺に脇腹をつつかれ、思わずビクッと肩を揺らしてしまう。それを見ていた颯佐は面白かったらしくケラケラと笑っていた。 

 図星をつかれた俺は、否定をしながらも高嶺を睨むように見れば彼は満足そうにしていた。本当に、ムカつく奴だと思う。

 俺の隣は神津だったが、神津は女性陣の相手で忙しいようで俺の方を見向きもしなかった。

 高嶺も颯佐もそれを恨めしそうに見ていたが、彼らは別に女性を漁りに来たという感じでもなく、ただ和気あいあいと食事にきたという感じだった。合コンとは? と言いたくなるほどだったが、高嶺と颯佐の好きな人など大体予想がついているから。



「お前の恋人ほんとモテるな。プロのピアニストだっけか?」

「ああ、実際見たことねえけど」

「ええ!?すっごく上手いんだよ。神津恭の演奏って」



と、颯佐は驚いたように言う。


 俺は、それを神津に聞かれていないのを確認しつつ、どういう意味かと、きっとそのままの意味なのだろうが問い詰めれば、颯佐はこそこそ話をするように口元を隠すように手を当てて話し出した。



「日本人で、それもあの年であれだけ弾けるってすっごい一時期有名で、数ヶ月前にいきなり姿を消したって話題になってたんだけど。ハルハル知らないの?」

「さあ。子供の頃から上手かったかし、彼奴の母親はプロのヴァイオリニストだしな。そういう血を引いてるんじゃねえ?」

「おいおい、自分の恋人のこと何も知らねえのかよ」



 そう高嶺は口を挟んだ。


 高嶺の言うとおりで、俺は言い返す事が出来ず口を閉じる。

 言われなくても、俺は神津の事を何も知らない。とくにあの空白の10年間については、あの空白の10年の神津は何も知らないのだ。知っているのは、10、11年前の神津だけ……俺たちの時はあそこから止っている。



(俺がそもそも知ろうともしなかった……からか)



 何をしていたのだとか、何を思っていたのだとか俺は神津に聞かなかった。聞くのが怖かった。

 もしかしたら、俺の事忘れていたんじゃないかとか、俺よりもいい人を見つけたけれど、何か理由があって帰国したのだとか。色々。



「何か、お前ら名前だけの恋人って感じだな」

「ちょ、ミオミオそれは不味いんじゃ……」



 頬杖をつきながら高嶺はそう零し、それを止めた颯佐は俺の顔色を伺いながら高嶺の肩を揺さぶっていた。



「そう、かもな……」



 名前だけの恋人。


 その一言が刺さって、俺は隣にいるのに遠く感じている神津を眺めつつ、虚しさを埋めるために苦いビールに口をつけて一気に飲み干した。




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