case10 相変わらず秘密が多いことで
「マジかよ……」
「大マジ。と言っても、実際銃口を向けられたとかではないんだけど。まあ、そのマフィアが関わっている事件にね、巻き込まれて」
その事件を解決したら、有名になっちゃって。と、神津は言うと先ほどの真面目な顔は何処に行ったのかと思うぐらいしれっとした顔でそう言った。
神津は海外でも有名な探偵だと噂されている。その噂の元となったのが、その神津の言う事件なのだろう。日本で有名になったと言うよりかは、海外からその噂が流れてきて、神津は名探偵と言われるようになったのだと。
まあ、それはいいとして。
俺は、神津に大丈夫なのか? と心配の視線を送る。
「え?どうして?」
「だって、そのマフィアが関わってる事件を解決したって事は、お前狙われてんじゃねえの?」
そう考えてしまうのも仕方ないだろうと、俺は神津を見る。神津は、どうだろうね。と危機感ない様子で笑った。
もし、この事が本当なら、神津が日本に帰ってきたのはそのマフィアから逃げてきたとか?
色んな想像が頭の中を駆け巡る。神津が海外で何をしていたのか知らないが、何やら複雑な事情がありそうだな……
そんなことを考えていると、神津が「春ちゃん」と俺の名前を呼ぶので、現実に引き戻される。
「何だよ?神津……」
「春ちゃんが思っているようなことは何もなかったよ。だから、安心して?」
と、神津は俺を落ち着かせるように言うとふわりと微笑んだ。それは、先ほどの何かを隠してるような笑みではなく、本当に何もないから安心して、と言い聞かせるような優しいものだった。
神津を、恋人を疑うのはどうかと思い、俺は素直に神津の言葉を受け入れた。
「そう……なら、いいんだが」
「そうだよ。それに、悪い人達ばかりじゃなかったしね」
そう言うと神津は、立ち上がり窓辺に近づくと外を眺めた。
その姿を目で追うが、神津の表情は逆光になっていてよく見えない。神津は何を考えているのだろうか。
マフィアは危ねえ奴ばかりだろう。と言い返したくもなったが、神津が言うならと突っ込まずにいた。いったところで、過去に起ったことや感じたことが変わるわけでもないし、何よりそんな記憶忘れられるなら忘れた方がいい。
「Purgatory Apostleには、日本人もいたんだ。その人が、あまり人殺しを好んで無くて。それも幹部だって言うから見逃してもらったというか」
「は、はあ!?」
次から次へと与えられる情報に俺は目が回りそうになった。
神津はそんな奴とも知り合い……助けてもらったのかと。神津の友人にはいたらない人脈網に呆れつつも、その日本人について気になり質問する。
すると、神津は少し困った顔をしてから話し始めた。
その表情から察するに、きっと思い出したくない事なのかもしれない。
「いや、話したくないなら別に……」
「ううん、そういうことじゃないけど。あまり深入りして欲しくないって言うのが本音。まあ、聞いたところで繋がりが出来るとは言えないわけじゃないけど。まあ、その人も捌剣市出身の人だったらしくて。それだけのことなんだけど。他にも、Purgatory Apostleには何人か日本人がいるらしいよ。何で入ったとか、そういう理由は分からないし、僕も探る気は無いけど」
「そ、そうか」
聞くだけ無駄だった。とまでは行かないが、海を越えてまでの話には頭が追いつかなかった。警察官として守ってきたのはあくまでこの国だったし、部外者を排除、捕まえる役目はあったが、海外まで追いかけるというのはなかった。
俺達は、互いに顔を見合わせ苦笑し、その後その話をする事はなかった。
ちらりと神津が言うには、高嶺の母親がそのマフィアの殺し方と似ていたから気になったらしい。なら、単純に考えると、その高嶺の母親はみてはいけない、聞いてはいけない情報をたまたま知ってしまって殺されてしまったと言うことだろう。これじゃあ、どうしようもない。
それを高嶺が知ったらどう思うか。言わずにはいようとおうもし、こちらからもその話をふっかけるつもりはないが、何とも後味の悪い話だと思った。
どうしようもないから。
けどまあ、それを聞いたとして高嶺が警察を辞めるとは思わないし、今の生活を楽しんでいるようだったから、もしかすると何も問題ないのかも知れない。ただ、犯人を捕まえるという目標は永遠にかなわない気がするが。
そんな風に考えていると、俺のスマホがけたたましく鳴り響いた。誰かと確認すれば、画面には高嶺と表示されている。
「何だよ、高嶺……」
『おい、明智!マフィアだ、マフィア!』
耳にスマホを当てると、次の瞬間キーンと貫くような高嶺のハスキーボイスが聞え、危うくスマホを落としそうになった。
だがそれよりも、気になる内容で、俺は慌ててスマホを耳に当て直し、高嶺の声に耳をすませる。
「ま、マフィア?それって、もしかして Purgatory Apostleか?」
『ああ?ぱー……何だって?まあ、多分それだ』
「それだって、お前なあ……」
追跡中と思われる高嶺の声はどうも脳天気で危機感も臨場感も何もない。
だが、連絡してきたと言うことは何かしら「手を貸して欲しい」のだろう。
『なあ、今からこっちこれるか?場所は―――』
俺は、高嶺から現在地を聞くと、そのまま通話の終了ボタンを押す。
「春ちゃん?」
みお君から?とおどっとした様子で聞いてきた神津に、俺はスマホをポケットにしまい振返っていった。
「神津、力を貸してくれ」




