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百日草の同期  作者: 兎束作哉
第4章 百日草の同期
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case08 神津なりの気遣い



「我が家―――!」

「おい、まず手洗いしろよ」



 バスに乗って4、50分。ようやく事務所まで戻ってき、俺は上着を脱いでハンガーに掛けると、ソファで寝転ぶ神津に声を掛けた。

 因みに、神津はバスに乗るなり、俺の肩にもたれかかって眠ってしまい、起きる気配が全くなかったのだ。もしかして、眠れなかったのかと心配になったがバスが止ればすぐに目を覚まし、降りようと、俺の分の代金も払ってエスコートしてくれた。そこまでする必要ねえのにと思いつつも善意はしっかり受け取って事務所まで戻ってきた。


 事務所の中は以外と冷えており、暖房をつけようかと迷ったが、つけるまでもないかと思いとどまりそのままにしておいた。身体を動かしていれば温かくなるだろうと、俺は自分のデスクにつき、パソコンを立ち上げた。やはり依頼は1件もきていない。一応、スマホでもパソコンでもメールを確認できるようにしているが、如何せんデジタルには弱いため、神津に何度笑われたか分からない。

 もしかしたら、迷惑メールという所に入っているのかも知れないと思ったが、それもなかった。



「春ちゃん、また依頼なし?」

「うっせ、ほっとけ。どーせ、お前はあるんだろ?」



 そう先ほどまで、ソファで転がっていた神津が隣まで来ていたので驚きつつも返事をした。彼は、まあねーと言いながら、何故か嬉しそうにしている。一体何が嬉しいんだか。

 俺も難事件を解決してえな……と子供見たいな事を思いつつ、別に探偵になりたかったわけじゃ無かったことを思いだした。ただ、警察を辞めても、その正義感が捨てられなくて、人の役に立ちたいと思った時、協調性も集団で動くことも嫌いな俺が選んだのが探偵だったという話だ。別に、悪くは無いと思っている。

 ただ、ドラマに出てくるような殺人事件を解決! というものではなくて、猫や人探し浮気調査が殆どだ。夢も何もない。

 依頼が無くて食いつなげていけているのは、神津のすねをかじっているのと、俺の警察時代の貯金でだ。それでもかつかつなため、生活が苦しい。かといって、他にバイトを探す気にもなれず、ずるずる来ている。まだ、初めて1年だからこんなものだと自分には言い聞かせている。



「あーでもね、断っちゃった」

「は、はあ!?依頼をか?」



 そうだよ。とあっけらかんと言う神津に俺は頭を抱えた。

 そんな勿体ないことをどうしてするのか。探偵は依頼人との信頼が命だというのに、私的な理由で断りでもしたら……そう考えたが、そもそも神津が人気の探偵であることは依頼人側も承知の上だろうし、依頼が殺到しているから無理だと断ればそれまでな気がした。俺には一生考えられないことだが。



「うん、それでね、みお君のお母さんを殺した犯人について調べようかなあって思って」

「どうしてお前が?」

「大切な、友達……だからかな」



と、神津は少し眉を下げながらいった。


 神津の口からそんな言葉が飛び出してきたのも驚きだったが、それ以上に彼の中でもう高嶺や颯佐が友人であるということにも驚いた。前に颯佐に友達が少ないと言うことを指摘されたばかりだったが、そんな彼らを友人と明言した神津をみていると、変わったなあという風に思う。

 それにしても、何故急に?  俺が怪しげに見つめていたせいか、神津は慌てて弁解を始めた。


 曰く、どうしても引っかかることがあるそうだ。



「だが、どうやって調べるんだよ。そもそも、顔も分からなきゃ男か女かも……」

「それは……数年前の記事を見つけて、男性だっていうことは分かったんだ。怪しい車に慌てて乗り込む男性の姿が近くで目撃されているとか」

「だったら、もう捕まってないか?そんな情報あって、捕まっていない方が可笑しい」



 そういえば、神津は「確かにそうなんだけど」と、言うととある記事を見せてきた。それは、高嶺の母親が殺されたであろう事件の内容で、そこには確かに「高嶺」という苗字がかかれていた。同姓同名の誰か、とも思ったが案外高嶺の苗字は少なく、双馬市もそこまで広いわけではないためそう何人も同じ苗字の人はいないだろう。それに、高嶺のいっていた年とも合致する。

 そもそも、そんな事件があったことも驚きで、新聞に取り上げられるほどの事件だったことがまず驚きだった。高嶺は軽くいったが、もしかすると大きな事件なのかも知れないと。



「それで?どうすんだよ。犯人探して捕まえんのか?」

「出来たらそうしたいけど、僕達には残念ながらその権限はないしね。春ちゃんが……いや、何でもない」



と、神津は言葉を飲み込んだ。


 きっと俺が警察だったら。と言いたかったのだろう。だが、彼はそれを言わなかった。俺を気遣ってのことなのか、それともたんに警察ではない俺に何を言ったとしても変わらないと思ったのか。どちらにせよ、その単語は俺も好きではないため、聞いてこなかった神津に感謝をしている。

 しかし、今更数年前の犯人を見つけるなど不可能では無いかと思った。

 双馬市か捌剣市にいるとは限らないし。困難どころか、不可能ではないかと。



「けど、お前がそこまでするって珍しいな。何かあったのか?」

「うーん、ちょっと引っかかることがあってね。それに、いったじゃん、大切な友達だからって」



 そういう神津は、何かを隠すように笑った。

 引っかかることとは何か。俺は気になったが深入りはしなかった。それが正しい選択だと思ったから。



「あっ、でもこのことはみお君には内緒ね?彼も酔っててついいっちゃっただけかも知れないし、気にしてたらあれだから」



 神津はそう言って、か細く微笑んだ。



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