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百日草の同期  作者: 兎束作哉
第3章 青春の同期
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case15 信頼、憧れ



「無事犯人確保、人質に怪我はなし!いやあ、オレ達って矢っ張り最強じゃん?」

「おーい、空。脂売ってねえで帰るぞ」

「やだあ!報告書――ッ!」



 ヘリポートに無事着陸した後、警察に手錠をかけられた犯人が連行されるのが見えた。

 颯佐は地上にいち早く降りて、人質救出に一役買った高嶺と合流し、自分たちのチームワークの良さを誇らしげに語っていた。そんな颯佐に、神津は呆れたような顔をしながら、こちらへと歩いてきた。



「神津、どうした?」

「何か、微笑ましくなっちゃった」

「微笑ましい?何を?つか、何でも持ってるお前が?」 



 神津は俺の肩に顎を乗せると「そうだよ」と俺の耳元で囁いた。ぞわりと鳥肌が立ちそうになる。神津は続けてこういった。



「何でももってるわけじゃないよ。ほら、そら君にも言われたけどさ、僕は友達いなかったし、ああやって言葉のいらない関係って言うか仲間、友達っていうのが羨ましくて。そこに、春ちゃんも入ってて、僕の知らない春ちゃんがいて、僕は蚊帳の外で……」



 そこまで言って、神津は息継ぎをする。



「凄くいいなって思っちゃったんだ。3人とも格好良くて、眩しかった」



と、最後の言葉は、俺や高嶺、颯佐に聞えるように神津はわざと大きな声で言った。


 それを聞いていた、高嶺と颯佐はお互い目を丸くして顔を見合わせた後プッと吹き出した。



「ユキユキにそう言って貰えると、何かすっごく名誉って感じがする。格好良くて、眩しいか。そんな風に見えてるんだ」

「神津には俺たちのことそう見えてんだな。以外だわ。だが、お前ももう、俺たちのダチだろ?」



 そう高嶺は、神津に言葉を投げた。


 神津はその言葉を受けて、若竹色の瞳をこれでもかというくらい輝かせて笑みを浮かべた。その笑顔は、今まで見たどんな表情よりも可愛らしく、綺麗だった。そして、とても愛おしくなった。実際の年齢よりも幼く感じたのは気のせいではないだろう。

 神津は、初めて友人が出来て嬉しいとでも言うように「そうだね」と肯定の言葉を2人に返していた。2人は、それを受けて「そうだぞ」と神津を受け入れるように微笑む。高嶺も意地を張っていたか、神津を認めていなかったのにようやく彼を名字で呼んだところを見ると、それなりに距離は縮まったのではないかと思う。



「ああ~まあ、俺たちは今から報告書書きに行かなきゃなんねーから、また予定あったら遊びに行こうぜ。ボルダリングとか、お勧めだぞ」

「オレも今回のフライト失敗しちゃったから、またヘリ乗りに来てよ。もっと遠くまで、高く一緒に飛ぼうね、ユキユキ。勿論、ハルハルも一緒で」



と、2人は、俺たちに手を振って事件の後処理をしていた警察官達の方へ走って行ってしまった。彼らは、現役の警察で忙しいなと背中を見送りつつ、一線から遠のいた俺は、もう関わる事ないんだろうなと寂しさも覚えた。


 だが、自分で決めた道。


 それに、なりたかった公安警察になったその年に、全てに打ちのめされて絶望してしまった俺は、もう警察官には戻れないと思った。あれだけ、なりたいと父親の背中を追っていたというのに、あそこにはいたくないと思ってしまったのだ。

 勿論、色々な事情が重なり、事件が重なりで心身ともにつかれていたこともある。

 それは、警察学校での日々や訓練とはまた違う、あんなものお遊戯だとも思ってしまうぐらいに、現実とは残酷で、思い通りにいかない喜劇ばかりではないと思い知らされた。


 少し、救われたことと言えば、俺が辞職した年に神津が戻ってきたことだろうか。


 俺は、遠くなっていく2人の背中を眺め、それから神津の方に視線を戻した。今は此奴がいると、でも、恋人という関係にありながら恋人のまねごとをしているようななんとも言えない状況に、胸が締め付けられるような痛みを覚えた。


 神津は、そんな俺を気にしたのかどうなのか分からないが、こちらを振り向いた。

 彼は、何かを言おうとして口を開きかけたが、何も言わずに口を閉じた。

 何だよ、と言いたい気持ちを抑えつつも、神津はゆっくりと口を開く。風で揺れる亜麻色の三つ編みはほどけかかっており、それが余計に彼の魅力を引き立てているような気がした。神津は、まるで俺の心を覗き込むかのようにじっと見つめてきた。

 その瞳は吸い込まれそうな程、綺麗で思わず見惚れてしまうが、俺の心を見透かされているようで怖かった。



「僕達も、みお君やそら君みたいに……言葉なんていらない関係になれたらいいよね。そうしたらさ――」



と神津は言った。


 最後の言葉は強風に煽られ聞えなかったが、聞き返そうとは思わなかった。



(言葉のいらない関係になれたらか……)



 それはとても魅力的に思えた。だが、今俺たちに必要なのは言葉が必要な関係になる。ということではなく、寧ろ言葉のいる関係ではないだろうか。

 その地点に到達するためには、まず歩み寄ることだと思う。素直に、言葉を伝えて。



「今俺たちに必要なのは、どっちかっつうと言葉だろ」

「春ちゃん、何か言った?」

「いーや、何にも。俺たちも帰ろうぜ」



 俺はそう言って、神津に背を向けた。俺たちの方は事情聴衆がないらしい。一緒にいた為てっきりあるものかと思ったが、集まっていた警察官が俺の顔を見るなり、何かを察したようで、俺が公安だったことを覚えているのか、俺の元上司に何か言われているのかは知らないが、拳銃の件についても今回の事件についても何か聞いてくることはなかった。

 神津は後ろから「春ちゃん待ってよ」とパタパタと靴を鳴らしながら走ってくる。



「何か、ドッと疲れたから、神津。帰ったら何か作れ」

「わ~命令口調。いいよ。甘いパンケーキ作ってあげる」



と、神津は何か吹っ切れたように、満面の笑みを俺に向けた。




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