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百日草の同期  作者: 兎束作哉
第3章 青春の同期
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case13 言葉なんてものはいらない



「何だあれ……ここからじゃ、よく見えねえ」



 パトカーに追いかけられていた車がヘリポート近くで止め、車から誰かが出てきたのは見えたが、それ以上俺の目では情報をすくえずにいた。如何せん、地上と上空では少し距離がありすぎる。

 よくも、颯佐は見つけられたと感心する。



(ヘリの操縦者って、目がいいって聞くしな……)



 免許を取る際にも視力の良さは必須条件だった気がするし……と、思い出しつつ、今はそれどころじゃないと、颯佐の方を見る。いつもは温厚な颯佐は少し苛立ったように


「あー」、「う~ん」と頭を悩ませており、カッカッと、ハンドルに爪を立てていてた。



「ミオミオ、電話」

「マジか……いやあ~な予感がするなあ」



と、高嶺は颯佐に言われスマホを取り出せば、スピーカーにしていないのに彼のスマホ越しから後部座席にいる俺たちにも聞えるぐらい大きな怒声が聞えてきた。


 高嶺は耳を押さえつつ、スマホを落とさないように右肩と耳で押さえ、何やらメモを取り出した。その様子からするに、下で起きている事件と、高嶺の電話の相手が繋がっていると言うことが分かった。事件だ。大方、上司に呼び出されたのであろう。



「はい、はい。分かりました。今すぐ向かいます」



 そう丁寧に答え、スマホを切ると高嶺は「はあ~」と大きなため息をついた。それにつられて、隣で操縦しているため息をついた。その溜息はシンクロし、二人して肩を落とす。

 一体どうしたのかと、不思議に思っていれば隣に座っていた神津が「人質」と言葉を発した。



「人質?」

「そうだよね?みお君。電話の相手は、多分君の上司で、今下で起っているのは、人質を取った犯人が逃亡手段にヘリコプターを用いろうとしている」



と、神津はすらすらと話した。


 俺には、高嶺の携帯からは「おい、高嶺ー!今どこにいるんだ!?」という怒声しか聞えてこなかったが、神津の耳にはその後の会話も聞えていたようで下で起っている事件を把握しているらしい。多分、それだけで全てを理解したわけじゃないだろうが、洞察力と頭の回転は相変わらず速いなあと感心する。



(そういえば、絶対音感持ちで耳もすげえいいんだった)



 神津の前で小言など言えば、全て拾われてしまうなと、俺は口をつぐんだ。そんなことを思っているうちに、今度は颯佐が口を開く。



「もう、せっかく人が気持ちよく飛んでるって言うのにさ。何?逃亡手段にヘリコプターって?オレに操縦しろって?嫌だね、嫌だ。あーもう、ほんと最悪」



 颯佐は、苦労して作った作品を台無しにされて怒っている子供のようにぐちぐちと文句を言いつつ、「ミオミオ」と高嶺の名前を呼ぶ。



「どーせ、何やっても今日は報告書作成だよ。もう無理、最悪!ほんと、今日みたいなフライト日和滅多にないのに!」

「落ち着け、空。俺もきっと、同じだから、な?」



と、いつもとは逆に高嶺が颯佐を宥めて、ようやく彼は落ち着きを取り戻した。そんな様子を見て、神津と俺は顔を見合わせた。



(報告書……何か、俺たちも巻き込まれたな、これ)



「春ちゃんどうしたの?」

「いーや、何か厄日だなあと思って」



 そういう俺の言葉の意味が理解できていないような神津は首を傾げる。

 神津にも悪いし、確かに、せっかくの4人でのフライト中事件に巻き込まれるのは勘弁して欲しいし、犯人は許さねえと思った。それは、颯佐や高嶺と同じ気持ちだ。最も、颯佐の方が苛立っているのだろうが、神津がいるときにこんな訳の分からない事件に巻き込まれるのは腹が立つ。だが、起ってしまったものは仕方がないため、解決の手助けが出来るならしようとも思う。



「それで、颯佐どうなってんだよ。下は」

「何か、銀行強盗で、職員を人質にとって車で逃亡。そして、ヘリコプターを使って逃亡する予定らしくて、下ではその職員にナイフを突きつけて、警察を自分に近づけさせないようにしてるって。まあ、人質取られていたら、人質の安全優先だろうし警察も下手に手、出せないだろうね」

「今日は、銀行強盗か。ほんと、空、明智の言うとおり厄日過ぎて笑えてくるな」

「笑い事じゃないよ!」



 颯佐はそう怒鳴ると、もう一度深いため息をついた。

 先ほどよりも、ハンドルにぶつける爪の音が早くなっている気がする。



「帰ったら、報告書……」

「わーってるって。付合ってやるから、元気出せよ」



と、高嶺は颯佐を励ました。


 そして、高嶺がこちらをちらりと見てにやっと笑ったため、俺はようやく全て理解できた。だが、正気か? とも久しぶりなため、思ってしまう。やると決めたら、やる性格の高嶺なので、止めることは出来ないが。



「ハルハル、ユキユキ、ほんっとうにごめん。こんなことになっちゃって……って、謝るのはオレじゃないか。あの銀行強盗を捕まえて縛り上げて、オレ達の前で土下座させるまで許せない。土下座したって許さないけど!」



 颯佐はそう言うと、ハンドルを切って、降下を始める。いきなりぐわんと機体が揺れたため、俺は神津の方に倒れ込み、ギュッと彼に抱きしめられた。



「春ちゃん、これから一体何が始まるの?」

「あ、ああ……あー、此奴らのワンマンショー?」



 俺は、どう表現すればいいのか分からずそう口にしたが、さすがの神津でも理解できないのかクエスチョンマークを沢山浮べていた。

 これは、きっと俺も巻き込まれる。



「ミオミオ、もう少し下がったらお願いできる?」

「おうよ!任せとけ!」



 2人は、目配せしニヤリと口角を上げた。


 先ほどまで怒っていた颯佐も、何処か楽しげで、犯人を懲らしめてやるぞーと言う気が伺え、きっと作戦は成功するだろうなと俺は思った。

 そうして、地上との距離が縮まり、ようやく銀行強盗の顔が見え、犯人の男は自分の思い通りになっていると高笑いしていた。情報通り、ヘリコプターで逃げる算段だったらしい。だが、思い通りになるはずがない。



「じゃあ、ミオミオよろしく」

「おう、んじゃまあ、いってくるわ」

「え、え、み、みお君!?」



 ガッとヘリコプターの扉を開けた高嶺に神津は信じられないと立ち上がったが、颯佐に「ユキユキは座ってて」と強く言われ、訳が分からない神津は口をパクパクと動かしていた。

 距離が大分縮まったとは言え、まだ上空。そして、地面との距離はかなりある。だが、高嶺はそんなことを気にする様子もなく、勢いよくヘリコプターから飛び降りた。




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