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百日草の同期  作者: 兎束作哉
第3章 青春の同期
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case11 遅めの青春を




 カラオケと温泉に行ってから数日が経過し、俺たちはまたいつも通りの生活に戻っていた。


 といっても、颯佐から週末に「今度こそ、ヘリ!」というメッセージが来たため、予定は埋まっていないようで埋まっている。その間は、何とか依頼で食いつなごうと思っていたが、如何せん俺のところには依頼が来ない。今月はまだ猫探し2件だ。それに比べて、神津はフリーで依頼を受けているようで、時々というか、1日の半分ほど事務所にいない。しかし、依頼が終わればいつものようにフラッと帰ってきて、「春ちゃん」なんて、愛おしそうに俺の名前を呼ぶもんだから心臓が跳ね上がる。



(あれ、やめてほしいんだけど……マジでドキドキするんだよ!) 



 そんなことを思いつつ、俺は神津と顔を合わせる度に平静を装って過ごしていた。別に名前を呼ばれただけ。小さい頃から俺の事を「春ちゃん」と呼んでいる神津は、大人になってもその呼び方で呼び続けていた。大人にちゃん付けはいかがなものかと思ったが、その呼び方が慣れてしまっているせいか違和感はなかった。寧ろ呼び捨てにされる方が何かあったのではないかと不安になってしまう。

 それに神津が傍にいるだけで幸せを感じるのに、その表情を向けられりゃあ、何も思わないわけがないので、俺は必死にポーカーフェイスを貫いていた。神津には劣るが。

 嬉しそうにこの事務所に帰ってくる神津を見ていると、同棲ってこんな感じなのかと感慨深いものがある。



(いや、同棲じゃねえし、同居だし)



と、心の中で突っ込みつつ俺は首を横に振った。


 確かに、辞書では一般に結婚していない人が共に生活することを指すらしいが、俺たちに結婚というゴールはないわけで、同棲といってしまったら終わりなき気がした。個人的な感想だが。あっちは、同棲だと思っているのかも知れない。


 因みに高嶺と颯佐は同居中だが。



「春ちゃんお疲れー」

「おーお疲れ、っていっても俺は何もしてねえけどな」



 そして、今日もいつも通りに過ごしている。



(あー……暇すぎる)



 依頼もないし、颯佐との約束にはまだ2日もあった。その間に依頼は入らないだろうし、基本的には土日は仕事をしていない。依頼が急に入った場合はやむをえず受けることもあるが、休日労働は避けたい主義なのだ。警察時代、呪いかというくらい捌剣市の事件の嵐に巻き込まれたせいで、ろくに睡眠が取れなかった週が何度もあったからだ。そう思えば、今はすごく楽である。

 俺の所には、猫探しや人探し、ごくたまに浮気調査など来るが、これは平和な方で、警察や消防などはひっきりなしにかり出されている。事件が後を耐えない。



「あれ?春ちゃんおねむ?」

「いや、別に。考え事をだな」



 ソファに座っていた俺の顔をのぞき込んできた神津はこてんと、首を傾げた。

 うとうとしていたわけではないが、神津には俺が眠たいのだろう、と言う風に見えたらしい。ご丁寧にタオルケットを両手に持ってこちらにやってきた。



「もう寝る?」

「まだいい。つか、疲れてんのはお前の方じゃねえの?」

「春ちゃんが心配してくれるなんて、珍しい」

「お前、俺を何だと思ってんだ」



 感動! と言うように口元をおさえて、わざと目を潤ませた神津は俺を見つめていた。絶対そんなこと思っていないだろうなと思いつつも、幾ら体力がある神津でも毎日のように外に出て依頼を受けてその日のうちに解決して戻ってきていれば、疲れているんじゃないかと思った。

 俺が癒やしてあげれればと思ったが、そんな恥ずかしいことは出来ない。



(いや、するべきなのか……)



 結局、高嶺と颯佐と別れた後も、音沙汰なしで、そういうお誘いも、そういう目で見られることも無かった。遠慮しているのか、ただたんに俺の魅力がないのか。後者だったら辛いが、そうだったとしたら俺と一緒のベッドで寝たりしないだろうとそこはポジティブに考えることにした。

 何事も前向きに捉えなければと、自分の性格の長所と短所を交互に思い出しながら自分に言い聞かせた。



「う~ん、でも矢っ張り疲れちゃったかも。だから、春ちゃん癒やして?」



と、珍しく言ってくるものだからどうしてやろうかと思っていると、神津は俺の目の前まで来るとその場に座り込み、頭だけを俺の膝の上に乗せた。膝枕にしては、神津の負担がでかい気がする。


 神津の亜麻色の髪が足に刺さりチクチクしたが、彼が頭をこすりつけるたびにふわりと良い匂いが漂ってきた。風呂上がりには、同じ石けんを使っているのだと自分の匂いが分かるものだが、神津はずっといいにおいがしている気がする。体温が高いからか、その匂いがふわっと舞うのか。

 俺は無意識に、神津の頭を撫でていた。



「ふふ、春ちゃん気持ちーい」

「俺の膝の上なんて臭えだろ。お前と違って、タバコ吸うし……スーツって洗えねえし」

「そんなことないよ?僕は春ちゃんの匂い大好き」

「変態臭えな。つか、普段同じ洗剤使っているだろうが。変わんねえよ」

「屁理屈ぅ」



 神津は俺の膝に顔を埋めながらそう言った。だが、その声色は楽しそうで、嬉しそうだった。



「でも、本当だよ?春ちゃんの匂い大好き。時々、僕と同じ匂いがするから、何だか嬉しくなっちゃって」



と、神津が言うものだから俺は思わず自分のスーツの匂いをかいだ。


 ヤニ臭い。とてもじゃないが、神津と同じ匂いを感じれない。

 神津は鼻が良いのだろうということで片付け、俺は汚れほつれたスーツを見た。これは、お下がりであり、父親の遺した遺品でもある。本来なら、新たにスーツを新調すべきなのだが、目標である父親に守られているというか、理想を纏っているという感じがして、どうしても捨てることができなかった。


 それを着続けるのは俺のエゴだが、それでも、俺の大切なものなのだ。

 そう思うと、このボロ切れのような服にも愛着が湧く。


 すると、神津は俺の足をぽんぽんと叩いた。



「んだよ」

「僕ね、結構楽しみにしてるんだ。週末の約束」

「珍しいな。お前、彼奴らの事目の敵にしてたじゃねえか」



 そういえば、「そうなんだけど」と神津は言いにくそうに返した。



「……青春とかそういうの味わったことなくて、そら君のいう『遅めの青春』って感じがして、ちょっと浮かれてるところもあるんだ。だから、楽しみって言うか……同い年でこうやって盛り上がれるの、凄く新鮮で…………」



 そう言いかけた神津は、そこで力尽きたのかすーすーと小さな寝息を立てて俺の膝の上で寝てしまった。神津こそ風邪引くだろうと、俺は彼が持ってきたタオルケットを彼の肩にかけてやる。俺は少しの間、神津が起きるまで動けそうになかったが、無防備な神津を見れているという優越感に浸っていた。



「そうか、神津もまだまだ子供って事か……」



 俺も、この年になっても彼奴らと馬鹿する事が楽しかった。だからこそ、神津もその楽しさに気づいてくれて嬉しかった。

 神津はずっと苦労してきただろうから。



「おう、一杯楽しめよ」



 俺はそう言って、神津の髪を再び撫でた。




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