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百日草の同期  作者: 兎束作哉
第1章 再会の同期
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case03 再会の同期



「依頼が来ねえ!」

「春ちゃん今日機嫌悪いね~」



 俺は事務所のソファーの上で寝転がりながら、机に向かって仕事をしている神津を睨みつけた。

 だが、神津はそんなこと気にする様子もなく、書類にペンを走らせている。

 くそっ! と、俺は毒づいた。そして、勢いよく立ち上がると、そのまま神津の所まで行き、バンっと彼の目の前のテーブルに手を叩きつけてやる。



「つか、お前は何してんだよ」

「僕?僕は僕の仕事。春ちゃんと違って、依頼は山ほど来るからね~」

「嫌味か?」



 むっと口を尖らせて、俺は再びどかっとソファに座ってやった。


 数ヶ月前に立ち上げた探偵事務所。勿論所長は俺で、社員も俺と一応神津、社名はそのまま明智探偵事務所。

 仕事がないならまだしも、こうやって事務所を構えてから依頼は指で数えるほど。それに比べ、神津の所には次々に依頼が舞い込んでくるのだからそりゃあ、イラつくだろう。

 といっても、神津は世界的に有名な「元」プロのピアニストだったし、それでもって神津の母親はプロのヴァイオリニスト。海外での神津の活躍は何も知らないが、依頼が舞い込んでくると言う点から見て、あっちでも事件を解決しその頭脳や洞察力その他諸々全てを評価されているのだろう。


 俺とは大違いだ。

 これでも、神津に自分がそこまで劣っているとは思いたくないのだが。



(まあ、それもあるが一番は……)



 俺はちらりと神津を見た。亜麻色の髪はたらんと三つ編みに結われ垂れ下がっており、若竹色の瞳は垂れ目で、きりっと眉は上がっている。端正な顔立ちで、その横顔も美しい。

そう、神津は容姿も良いのだ。


 それはもう女が放っておかないだろうと思うくらいには綺麗な顔をしていて、背も高い。俺なんかよりよっぽど男らしいし、性格だって紳士的だ。それに、何と言ってもあのピアノの腕前。あれだけ上手ければ、引く手数多であろう。

 そんな神津は俺の恋人な訳で。一体、あの空白の10年の間に何を食べてそんなにイケメンに育ってしまったのか。俺はそこまで身長が伸びなかったのにもかかわらず、彼奴は180近くはあるだろう。

 俺はふぅとため息をつくと、神津が不思議そうに首を傾げた。



「何?春ちゃん」

「いや、何でもねえよ……仕事してろよ。山ほどあるんだろ?」

「そうだね」



 つい見惚れていたとかそういうのは決して言わないし、悟られないためにも誤魔化したが、俺はその後もちらりと神津を見ていた。彼は、依頼書に目を通しつつ、真剣に考えているようで、俺の視線など気にならないようだった。



(澄ました顔してんのがむかつく……)



 俺は、相当あの神津との初夜を引きずっているというのに、神津は何事もなかったように振る舞っていて、それが余計俺の神経を逆撫でしていた。

 神津にとって、俺との一夜なんて取るに足らないものだったのだろうか。と不安になる。

 互いに盛り上がっていたのだからそれはないだろうとは思うが、どうしても初夜のことが頭を過る。

 でも確かに、誰が好き好んで男なんて抱くんだという話にもなる。柔らかさもなければ、低い喘ぎ声なんて耳が痛くなるだろう。それでも、悪くはなかったはずだと自分に言い聞かせる。少なくとも俺は。

 だとすると、やはりあの俺の事後の言葉が神津を傷つけてしまったのではないかと、いや傷つけたのだと思う。



(もしかして、本気で俺が嫌だったとか思ってんのか?)



 神津なりの配慮か、本気で俺に拒まれたんだと真に受けたのかは知らない。だが、あれから何も言ってこないところを見ると、神津の中では無かったことにしたいのかもしれない。まあ、互いにそれでいいのなら、この関係が壊れないのなら良いかもしれない……そう思いつつも、どこか胸が苦しくなった。

 あんなにも好き合っていたはずなのに、どうしてこんな風になってしまったんだろう。神津が分からない。俺がいけないのは分かっていても、あの空白の10年は大きすぎるのだ。



(歩み寄る努力か……)



 頭では考えていてもそれを実際に行動に移せていない時点で、俺は臆病者なのだろう。だが、まだ神津が帰ってきて2ヶ月経っているか、経っていないかぐらいだ。それに、これから先ずっと一緒にいるだろうし、そんな焦ることはないだろうとも思っているところもある。時間はたっぷりあると。

 だから、今はこのままでもいいんじゃないかと思っている自分もいて。



「春ちゃん」

「え?あぁ?」 



 上の空だったせいか、突然神津に声をかけられて、思わず間抜けな返事をした。



「何か悩んでるの?」

「……別に」

「うっそだぁ、絶対何かあるでしょ」



と、手を止めた神津がこちらを見た。若竹色の瞳に見つめられては俺は固唾をグッと飲み込むことしか出来ない。



「僕に言えないこと?」

「……いや、言えない事じゃねえけど」



 じゃあ何? と神津は優しく微笑みながら首を傾げる。

 そんな彼に俺は観念したかのように口を開いた。

 正直に言えば、神津との距離感が分からなくなった。だからどうすればいいのか迷っていると言うことを告げようと口を開く。



「俺は……神津、俺はな――――」



 そう言いかけたとき、ピンポーンと無機質なチャイムの音が事務所内に響いた。

 その後も鳴り響くチャイムに、俺と神津は顔を合わせる。タイミングが悪すぎると、俺はイライラしつつも、依頼であればいいなと期待もし、事務所の玄関へ向かう。



「はーい、どちら様ですか?」

「よお、久しぶりだな。明智」

「……た、高嶺か!?」

「オレもいるよ~久しぶり、ハルハル」

「颯佐まで……」



と、扉を開けるとそこに立っていたのは、赤黒い髪の男と、青黒い髪の少し背の低い男……俺の警察学校時代の同期、高嶺澪(たかねみお)颯佐空(さつさそら)だった。



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